第75話 直接対決

「すみません」


 拓実は席に戻ると、さてどうしたものかと慧を見る。全く会話するつもりがなさそうだから、とりあえず拓実が清華の説得に乗り出した。


「松田にあなたとの子供を作る気はないみたいなんですが」

「だから、認知してとか言ってないわ」

「責任の有無じゃないと思いますけど。子供は、あなただけの問題じゃないでしょう? 仮に、男は種だけで関係ないなら、もしバレたら責任とってはおかしいじゃないですか?」


 清華は、ギリッと爪を噛む。


「以前松田には彼女がいなかったかもしれませんけど、今は彼女がいるわけですし、これから先結婚だってするし、松田にも子供ができると思うんですよね。その時、あなたが旦那さんにばれたから面倒みてって言われても、どうにもならないって言うか、トラブルにしかならないでしょ? 」

「じゃあ、面倒はみなくていいわ。それならいいんでしょ? 」


 他人のくせに口を出すなと言わんばかりに、今までのにこやかな表情は一転する。清華は、険しい目付きで拓実を睨んだ。


 話しは平行線で、いくら拓実が常識を語っても、清華が受け入れることはなく、まるで慧と子作りすることは自分の当然の権利であるかのように引かなかった。


「あ、ここ! 」


 行き詰まり、双方喋ることがなくなったとき、拓実が入り口の方に向かって手を上げた。


「麻衣子? 」


 入り口でキョロキョロしていたのは、麻衣子と理沙だった。

 店員に案内され、隣りの席をくっつけ、麻衣子は慧の隣りに、理沙は早苗と一つ席を開けて座る。


「こっちが松田の彼女。で、こっちは僕の彼女です。りいちゃん、しばらく静かにしててね。君が喋るとややこしくなるからね」


 理沙はブーッと頬を膨らませ、そっぽを向く。


「木梨清華です。慧君とは、彼が中学三年生の時からのお友達なの」

「なに、松田君の初体験って、中三? 早っ! 」

「りいちゃん! 」


 拓実に睨まれて、理沙はペロッと舌を出す。


「だいたいの内容はメールで送った通りなんだけど……」


 さっきトイレに立った時、拓実は麻衣子にメールで状況説明をしていた。二次会に合流していた麻衣子は、そのメールを読んでやってきたというわけだ。理沙は、心配して……というか、面白半分ついてきたのであった。


「話しが通っているなら話しは早いわね。私は赤ちゃんが欲しいの。慧君を一ヶ月で三日間貸して欲しいのよ」

「無理です」

「何で? たった三日間よ? 」

「一日でも嫌です。第一、彼氏の貸し借りとか、意味がわかりません」


 どう考えても麻衣子が正論なんだが、清華はあたかも麻衣子がおかしいと言うように大袈裟にため息をついてみせた。


「あなたも女性なら、子供のできない辛さはわからない? 夫じゃ無理だから、慧君に協力して欲しいって言っているの。」

「旦那さんの子供として産むってことは、旦那さんは無精子症とかじゃないんですよね? 」


 拓実が口を挟むと、清華はさあ?と両手を広げた。


「調べてくれないからわからないわ。でも、結婚して七年間子供ができないから、正常な数はいないかもしれないわ。私は調べて問題なかったんですもの」

「まず、旦那さんにアプローチするべきじゃ? 体外受精とかあるじゃないですか」

「無理よ。あの人はそんなことしてくれないわ。だから、慧君に頼んでるのよ。あなたなら、喜んで協力してくれるはずだと思っていたのよ」


 まあ、以前の慧ならそうかもしれない。


 それにしても、こんなに非常識なことを平然と言ってのける清華は、究極な自分勝手なのか、それほど切羽詰まっているのか、どちらにしても迷惑この上ない。


「もし子供が生まれた後に、旦那さんが無精子症だってわかったら問題だよね。それに……、松田君はB型? 」

「ああ、何でわかった? 」


 理沙に血液型を当てられ、ビックリしたように理沙を見る。


「っぽいから。木梨さんは? 」

「っぽいって何だよ。」

「私はO型よ。夫は慧君と同じBだから問題ないでしょ」

「松田がBBならね。もしくは、旦那さんがBOなら」


 清華は、意味がわからないと理沙を見た。


「俺はBOだよ。父親Bで母親Oだから」


 慧はなるほどとうなづいた。

 わかっているのは理沙と慧だけらしく、他は ? な表情をしている。


「だからね、松田君がBOで木梨さんがOなら、生まれてくる子供はBかOなの。でも、もし旦那さんがBBなら、B型しか生まれない。Oが生まれた時点でアウトなんだ」


 理沙は、紙に分かりやすく書いて説明した。


「つまり、夫がBOじゃないといけないのね? 」

「そう。バレたくなければね。」

「どうすればわかるの? 」

「旦那さんの両親の血液型がわかれば、推測はできるけど……。わからない場合もあるよ」


 理沙は例えば……と、色んな例を話し始めたが、ややこしくて清華にはわからなかった。


「夫の母親はAB型って聞いてるけど、父親はわからないわ」

「じゃあ、松田君じゃダメじゃない? 確実に浮気がバレないためには、BBの相手を見つけないと」

「慧君じゃダメ……」


 清華は、同じB型だから問題ないと思っていたが、どうやらもっと細かいことを考えないといけないということを理解した。


「あの……BBって、どうしたらわかるの? 」

「確実なのは、AB同士の親から生まれたB型ね。それ以外はB型同士でもBOの可能性あるから確実じゃない」

「AB同士ね……」

「AB型って一番少ないから、AB同士での結婚も少ないし、AB同士の子供はAかBかABが生まれるから、AB同士の夫婦から生まれたB型の男性って、確率で言えば凄く低いと思う。ちなみに、旦那さんのお母さんがAB型なら、旦那さんはBBの確率は高そうだよね」


 理沙の話しを聞いていて、清華はほとんど理解はできなかったものの、慧でも浮気がバレる可能性があること、頭の良い夫だから、きっとO型の子供が生まれたら疑うかもしれないと思った。


 そうなると、一気に慧への執着が薄れていく清華だった。

 結局、子供は何がなんでも欲しいが、今の生活を手離すつもりなどないから。


「わかった。じゃあ、とりあえず夫の詳しい血液型を聞いてみるわ」

「じゃあ、わかったら私に連絡して」


 理沙は、スマホのメールアドレスを清華に教えた。

 清華はアドレスを登録すると、テーブルにお金を置き、フラフラと立ち上がった。


「今日は帰るわ」


 とりあえず、今日は諦めてくれたらしく、清華はファミレスから出ていった。


「理沙、凄い! あんな詳しいこと、よく知ってたね? 」

「高校で習ったよ。私がAOだから、何型と結婚したら浮気し放題かなとか興味あったし」

「何型なの? 」

「BO。そしたら、全部生まれる。まあAAが生まれたら浮気がばれるけど、その子が自分がAAってわかるのは、私に孫ができた時くらいでしょ? まあ、時効よ」


 時効ってないような……。


「拓実先輩は? 」

「たあ君はBだよ。ウフフ、BOなの。お母さんO型だから」

「林は浮気し放題ってことか」


 拓実は、エッ?! と理沙を見る。理沙は不敵に笑っていた。


「りいちゃん、浮気しないよね?」

「さあね? 今まで浮気されまくってるから、復讐にはちょうどいいかも……って、冗談はいいとして、とりあえず木梨さんの窓口には私がなるから。彼女、松田君の連絡先は知らないわけでしょ? 」

「いいの? 」

「任せて! 」

「すげー、珍しく林が役立ってる」


 麻衣子は慧の太腿をつねり、慧はイテッとつぶやいた。


「りいちゃんは、いざっていう時に頼りになるんだよ」


 拓実はちょい自慢気な表情になる。いざという時、二つ下の女の子を頼りにする男子というのも、どんなもんなんだろうとは思うが、確かに怖いもの知らずな気の強さと、実際に怖いものはないだろう腕っぷしの強さは、頼りになることこの上ない。


「とりあえず、二次会に合流しようよ。麻衣子もちょい顔出しただけだし、一年坊主を釣るためには、麻衣子を投入しとかないと。」

「なんじゃそりゃ? 」

「麻衣子狙いの一年坊主が多いってことだよ。部費の獲得のためにも、部員集めないと! 」


 慧は、不機嫌そうに喉を鳴らして席を立った。


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