第95話 佑と杏里
「あれ? 」
「どうした? 」
大学の同級生と三人で、新宿に飲みにきたのだが、目の端に見知った顔が映った気がして、佑は歩みを止めた。
「悪い、急用思い出した」
佑は、友達二人に挨拶も程々に、気になった人物の後を追い始めた。
二週間前会ったばかりだから、顔を間違えるはずもない。
つい先日、雪が降ったばかりだというのに、ミニスカートから伸びた足は生足で、黒のフェイクファーを着ているが、見るからに寒々しい。その腕は、隣りを歩く親父にからみついていた。
その親父は見た目五十過ぎぐらいだろうか?後頭部が少し頼りない感じではあるが、着ている物は高級そうなスーツで、さりげなくつけている時計はロレックスだった。
たしか父親はホストと言っていたから、父親と歩いているのではないだろう。ホストというよりは、社長や会社の重役のような雰囲気の男だったから。
そう、佑が偶然見かけ、後をつけだしたのは、麻衣子の妹の杏里である。
化粧をばっちりして、少し大人っぽく仕上げているが、人違いではなさそうだ。
時間は夕飯を食べるには少し遅いくらい。ただ、深夜というわけでもないし、今時の若者ならこの時間出歩いていても、まあギリギリセーフなのかもしれないが、連れがちょっと……。百人中百人が援交を疑いそうなシチュエーションに見えた。
もしこの二人がラブホなどに入っても、何もできやしないのだから、後をつけるのも意味がないのかもしれないが、万が一無理やり連れ込まれそうになったらと思うと、知らない仲でもないからスルーはできない。かといって、この二人がどんな関係かもわからないのに、目の前に立ち塞がり、無理やり引き離す暴挙にもでれなかった。
佑に出来たのは、こうやって二人の後をつけ、どんな関係か推測しつつ、危ないシチュエーションにならないように見守るくらいだった。
二人は楽しそうに笑いながら、バーに入って行く。
杏里の酒の強さはこの間わかったが、十六という年齢上、店で飲酒はアウトだろう。
佑も同じくバーに入り、カウンターに座る二人が見える位置に座った。
一応酒を頼み、どうしたものかと考える。
麻衣子に連絡しようかとも思ったが、下手に心配かけるのも……と思った。
しばらく二人は楽しそうに話していたが、杏里がトイレに行こうとしたのか席を立った。
ヤバイ! こっちに歩いてくる!
佑は、慌てて顔を伏せようとしたが、歩いてきた杏里とバッチリ視線が合ってしまう。
杏里は、驚いたように佑を見て一瞬立ち止まったが、特に話しかけるでもなくトイレへ行き、そのまま連れの男の元に戻った。
一時間ばかりいただろうか?
男は杏里に何か手渡すと、杏里の肩を叩いて席を立った。杏里も笑顔で手を振る。
男が店を出るまで手を振っていたが、男が消えた途端、席を立って佑の席にやってきた。
「偶然? 一人でバーに来るタイプには見えないけど」
「……偶然ではないな。見かけたのは偶然だけど」
「だよね。で、何で?」
「なんか、ヤバそうに見えたから。」
「ヤバそう? やだ、仕事してただけだし」
「仕事? 」
「デートクラブ。って言っても、ヤバい仕事じゃないよ。本当にデートするだけ。あたしは個室不可だし。ご飯一緒したり、買い物したりするくらいかな。うちの父親の勤めてるホストクラブと同系列の店なんだよ。親公認みたいな?」
「それ、やりたい仕事なわけ? 」
杏里の笑顔が、一瞬貼り付いたようになる。
「意味わかんない。やりたい仕事だけして生活なんかできなくない? 水商売だからそういうこと言うわけ? 」
営業スマイルから、明らかに不機嫌そうな表情に変わった杏里は、見た目は何も変わっていないのに、年相応に見える。
「ごめん、別に水商売が悪いなんて思ってないから。需要があって供給があるわけだし。ただ、まだ若いんだから、やりたい仕事をした方がいいし、そのための時間は沢山あるじゃん」
「時間はあってもお金がないもん」
「奨学金制度もあるよ」
「そんな、頭良くない」
「貸付けのとかなら、平均くらいとれてればいいんじゃないかな。それとも、破滅的は成績だった?」
「平均はありました! 」
杏里は、失礼ね! と、佑の足を軽く蹴る。
「通信制の高校と一緒に、奨学金制度のことも調べとくよ。」
「あんた、いい奴だね? あたしのこともだけど、ほらあの変な話しにのろうとしたりさ」
「変な話し? 」
「子供欲しいって女の話しだよ」
「ああ、あれね。だってさ、不妊治療って、本当に辛いみたいなんだよ。身体もだけど、精神的にね。美和姉……僕の従姉妹の姉ちゃんなんだけど、それで精神的に病んじゃって、離婚までさせられてさ。ああいうの身近で見てたから、なんか他人事じゃなくて。まあ、いくら遺伝子だけでも、自分の子供になるから、悩まなくはなかったけどね」
今まで杏里の回りにいた男子は、性欲の塊みたいなのばかりで、誰と付き合っても、猿みたいにヤりたがるだけだった。まあ、中学・高校生の男子なんてそんなもんだろうけど。
それに飽きた杏里は、恋愛は休憩し、仕事に精を出すことにした。
仕事ならイチャイチャすることはあっても、キス以上しなくていいし、何よりお金が入る。
マージンが半分取られるが、それで安心が買えるのだから、高くはない。
そんな杏里だからか、佑が身体目的でもなく色々やってくれようとしているのが不思議だった。
いや、これから要求するつもりなんだろうか?と、佑の表情を盗み見る。
「何かついてる? 」
「いや、別に」
「来週にでも会える? それまでに調べとくから」
「うん、まあ、いつでも暇だし」
会う日にちを約束し、それから数杯飲んだ。
店を出た時には、佑はかなりベロベロになり、足元がおぼつかなくなっていた。ギリギリ自力で歩けるレベルで、前に後ろにヨロヨロして、危なっかし過ぎる。
「佑君、電車乗って帰れる? 」
「大丈夫……大丈夫! 」
杏里が支えながら駅に向かうが、どう見ても大丈夫じゃない。歩くのすらやっとだから、支えている杏里がヘトヘトになってしまう。
麻衣子に連絡しようとも考えたが、なんで佑と会ったか説明するのもちょっと……。
慧には話してあったが、麻衣子に話したら心配しそうだったため、とりあえず話すつもりはなかった。第一、麻衣子だけ大学に行き、杏里が高校に行っていないことだって、それこそ大学辞める! という 勢いで気にしまくっていた。その上水商売をしているなんてバレたら、本当に大学を辞めてしまうかもしれない。
麻衣子は頼れない。
かといって、こんな状態の佑を一人で帰らせることもできないし……。
杏里は、とりあえず自分の家に連れて帰ることにした。
新宿からだったら一番それが近そうだ。
杏里は方向をかえ、西武新宿線へ向かった。
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