第94話 みんなでクリスマス
どこを歩いてもクリスマスソングが流れ、街は赤と緑に彩られていた。
キリストの生まれた日を祝うはずのクリスマスだが、神聖な一夜を過ごす人は稀で、友達とパーティーをして騒いだり、恋人としっとり甘い時間を過ごしたり、健全に家族で過ごしたりと、キリストの存在はほとんど無視である。
そして一週間たたないうちに年末がきて、正月は神社へ初詣だ。
節操ないな……とは思うが、やはりイベントはきっちり押さえておきたい。
慧がディナーの予約をとって、ホテルを予約して……なんてするはずがないので、家でパーティーをすることにした。二人だと、普通に食事して……と、ただ少しリッチな食事をした日常になってしまうと思ったので、理沙と拓実、佑と杏里を招いてクリスマスホームパーティーを企画してみた。
杏里と理沙は早めにマンションにきて、料理を作るのを手伝ってくれた。
今日のメインは鶏の丸焼きだ。料理などいっさいしなかった慧であるが、器具だけはきっちり揃っており、その中で無用の長物の最たる物であったのがオーブンだろう。
オーブンレンジではなく、オーブン単体だ。
独り暮らしをする際に、家の物は全て母親の紗栄子とお手伝いの八重が購入したらしいのだが、二人は慧にいったい何を求めたんだろう?
油さえ置いてなかった部屋にオーブンって、豚に真珠レベルのもったいなさだ。
麻衣子も料理は得意だったが、実家にもオーブンはなかったため、オーブン料理はどうにも敬遠しがちだった。
なので、今回が初オーブン始動で、鶏の丸焼きに挑戦となった。
理沙の家ではお祝い事の際、よく鶏の丸焼きを作るらしく、レシピは理沙宅のものになる。
鶏の内臓は鶏肉屋で処理してもらい、パンと玉葱、人参を牛乳で混ぜたものを鳥のお尻から入れて縫い合わせ、オーブンに入れてしばらく焼く。たまに鶏から出た油を背中からかけて、コンガリ焼けたら出来上がりだ。
他にサラダやスープを作り、テーブルを盛り付ける。
ケーキは駅前のケーキ屋に予約してあり、男子達が取りに行った。
杏里が部屋の飾り付けをし、クリスマスの雰囲気を出す。
「忠直が、自分も合流したいって愚図ってたよ」
「いや、まあ、来てもらってもかまわないんだけど、さすがに部屋がね……」
広めのワンルームとはいえ、大人が六人入るとキュウキュウだ。
「クリスマスは稼ぎ時だからね、きっちり稼いでもらわないと。だから、こなくていいの」
「お父さんって、ホストなんだよね? うちらの父親の年齢でホストって凄くない? 」
「若作りなんだよ。仕事場では三十で通してるみたいだし」
「実際は? 」
「四十五……六になったかな? 」
理沙は、杏里に写メないの? と聞き、二人が写っている写メを見てヒエッと叫んだ。
「二十代でも通りそうだね。なんか、少し年の離れたカップルみたい」
「忠直喜ぶよ。第一、昔からあたしに名前で呼ばせてたのだって、子持ちってバレないようにするためだし、客の前では親戚の子供扱いだったもん」
「お客さん、連れてきたりしたの? 」
麻衣子の表情が険しくなる。
生活のため水商売は仕方がないとしても、もし枕営業のようなことをしていて、家に連れ込んだりしてたら……。それを杏里に見せていたら、立派な虐待である。
「いや、ストーカーみたいなのがついてきちゃったりさ。客だから無下にもできないでしょ」
「ずっとホストやってんの? 」
「母親と離婚してからかな。ほら、昼間は家にいれるし、夜は仕事中あたしは寝てるしさ。仕事場の託児所があって、そこで寝れるんだ」
「託児所なんかあるんだ」
「うちのグループ、ホストクラブやキャバクラ、イメクラ、デートクラブ……まあ色々あるんだよね。で、ホステスさんの子供とかただで預かるとこがあんの。夕御飯が出て、シャワーして寝るだけだけど。」
「へえ」
「小学校にあがると、小さい子の面倒とか見させられっから、愚図ったガキの世話とか得意だよ」
「ふーん、じゃあ保母さんとかむいてんじゃない? 」
杏里は、うーんと首を傾げた。
「まあ、ガキは好きだけど中卒じゃね」
「通信制高校とか色々あるよ」
いきなり後ろから声をかけられ、麻衣子達は飛び上がるほど驚いた。
ケーキを買ってきた慧達が帰ってきて、佑が真後ろに立っていたのだ。
「通信制? 」
「うん、友達が行ってたんだけど、毎日学校に行くわけじゃないみたいだし、学費も安めなんじゃないかな? 」
「そうなん? 」
「友達に聞いて調べとこっか?」
「いいの? 」
杏里と佑は連絡先の交換をする。
頭を寄せてラインのID交換している姿は、なんとなく微笑ましく、お似合いに見えた。
この二人、うまくいけばいいのに……と思ったが、口には出さずに見守るだけにする。
男子達も帰って来たし、鶏もいい具合に焼き上がったので、クリスマスパーティーを開始することにした。
拓実が持ってきたシャンパンで乾杯し、理沙が鶏を切り分ける。鶏一羽、あっという間に骨だけになり、みなあまりの旨さに大絶賛だった。
お酒も、シャンパン、ワイン三本とすぐに空になり、拓実と慧が追加のお酒を買いに酒屋へ向かった。
麻衣子と杏里で食べ終わった皿を洗っていた時、理沙がスマホを手にし、「まじか?! 」と叫んだ。
「どうしたの? 」
買い物に出た慧達からの連絡かと思い、何かトラブルでもあったのかと、麻衣子が手を拭きながらキッチンから顔を出した。
「メールが届いたんだけど、旦那に話したらしいよ」
「旦那? 誰? 」
「ほら、木梨清華。佑君のことだよ」
「えっ? もしかして、あれ? 」
「そう! 精子提供の話し」
佑が旦那の許可があれば考えると言っていたが、理沙はそのまま清華に先週メールを送っていたらしい。まさか、本当に旦那に話すとは思っていなかったが、旦那に昨日話しをしたとメールが届いたのだ。
「そ、それで? 」
理沙は、メールを熟読しているようで、うーんと唸る。どうやら、メールの内容が凄く長いみたいで、読むだけでも大変そうだ。
「旦那に話したら……、旦那が白状したらしいよ。自分は非閉塞性無精子症とか言うのだって。今までは検査なんかしないって突っぱねていたらしいんだけど、実は結婚前からわかってたんだって」
「それって酷くない? わかってて、言わないで結婚したん? 」
杏里もキッチンから出てきて、理沙のスマホを覗き込む。
「だね。しかも、親にも話してなかったらしいから、清華さんが親戚から子供できないこと責められてたみたいだし」
「うわっ! 最低! 」
まだ、妊娠出産を間近に考えられる年齢ではないが、それがどれだけ辛いかは想像できた。
「子供ができなかったら、清華さんも回りもいつか諦めるだろうって思ってたんだって」
「本当、最低! 」
「清華さんも、最初はそんなに子供にこだわってなかったみたいだよ」
「そうなの? 」
「うん、子供は好きじゃないって書いてある」
「「じゃあ何で? 」」
麻衣子と杏里の声がハモった。
黙って聞いていた佑も、それなら何故他人の精子を使ってまで妊娠したがるのか不思議に思ったらしく、理沙に注目した。
「一番は、相手親や親戚からの圧力みたいだね。子供も作れないのは、嫁として無能だって言われたりしたみたいだ。で、不妊治療始めたら、それでもできないのがプレッシャーになったみたい。旦那が協力してくれなかったから、自分でできることは何でも試したらしいんだけど、旦那に原因あるんだから無理じゃん? どんどん追い詰められたみたいだね」
可哀想……かもしれない。
だからと言って、慧と関係を持ったことは許せるものではないが、彼女なりにいっぱいいっぱいになって、子供を作る代案として、慧とのセフレ関係にしがみつきたかったのかもしれないと思った。
「で、旦那が精子ないってわかって、どうするんですか? 」
佑にしたら、自分の精子の行く末が一番気になるところなんだろう。旦那が代理精子を受け入れたのか気になったらしかった。
「なんか、旦那が親や親戚に自分が原因で子供ができないって話すって。それで、旦那が手術受けて体外受精してみるって。それでダメなら、夫婦二人で生きていこうって話しになったらしい」
「じゃあ僕は……」
「うん、佑君の出番はなさそうだよ。清華さんが他人の精子を使ってまで……って話したら、旦那が猛省したらしい。そこまで悩ましていたのかって。まあ、気付くの遅いよね」
理沙は了解しました……とだけメールを送ると、スマホを閉じた。
「とりあえず、一件落着かな」
慧達が帰ってきて、ケーキを食べてワインを開けた。
最初につぶれたのは佑だった。それから麻衣子、慧と続き、最後まで飲み続けたのは意外にも理沙と杏里。拓実は帰る手前、途中からジュースに変更していたため、泥酔することはなかった。
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