第93話 杏里のハニートラップ

 慧と麻衣子が同棲するマンションに杏里が転がりこんで、すでに五日目に突入していた。


「おい、おまえ、いつ帰んだよ」


 慧は不機嫌そのものな表情で杏里を睨み付けた。

 杏里は全くこたえる様子もなく、

 平然と化粧をしながら慧に目も向けずに答える。


「えー? 決めてないし。」

「親父は心配しないのかよ? 」

「するわけないじゃん、お姉ちゃんとこだもん。第一、友達んとこに一週間とかザラだし、五日くらいじゃ気がつかないかもよ」


 娘が五日間いなくて気がつかない親ってまずいだろ?と思いながら、そういう生活が普通だという十六歳の少女を、不憫に思わなくもなかった。


「おまえ、もう少し規則正しく生活したら? 」


 杏里は、夜中遅くまで麻衣子と喋り、朝は麻衣子達が大学に行く時にはまだ寝ていて、下手したら慧が帰る頃に起き出すような生活をしていた。それから、どこに行っているのかわからないが出かけ、終電間際に帰ってくる。


「大きなお世話」

「肌荒れるぞ」

「まだピッチピチですから。なんなら触っとく? 」


 杏里は、女の表情を作って、慧の首に手を回した。


「いいよ、お兄さんなら特別。ただで触らせてあげる」


 麻衣子の前では見せないような、妖艶な微笑みを浮かべ、わざと身体を押し付けるようにする。

 杏里のせいで、五日間SEXできてないが、だからといってガキに発情するほどじゃない。しかも、麻衣子の妹だ。


 慧は、動揺することなく杏里を引き離す。

 女性経験が浅い男なら、かなりドキドキするシチュエーションだろうし、以前の慧みたいに来る者拒まずヤれる時にヤる肉食系男子なら、四の五も言わず乗っかっていることだろう。


 杏里は見た目だけなら真性の美少女だし、胸は麻衣子には及ばないがないわけではない。魅力的な女子といって間違いないのだ。実際、杏里がちょっと視線を向けただけで、男達が骨無しになり、何でも言うことを聞いてくれる。

 身体なんか使わなくても、欲しい物は手に入ったし、ちょっとお茶をするだけで、お小遣いだって貰える。


 そんな自信があったからか、くだらなそうに冷めた視線を向けてくる慧に、むきになってしまう。


「お兄さん、杏里のこと嫌い? 」


 わざと瞳をうるませ、胸の谷間を強調させるようにして慧に詰め寄る。


「別に、普通」

「お姉ちゃんには絶対内緒にするから、し・よ・う・よ」

「はあ? 」


 杏里的には、慧がもし自分に手を出してくるようなら、しっかり証拠をとって、麻衣子に言いつける気満々だった。

 無理に襲われたとか、適当なことを言って。


 慧に迫っていたのは、慧の浮気心を試すためという大義名分を掲げていたのだが、その影には、自分の魅力に無頓着な慧を落としたいという、女のエゴもあった。


「ね、しようよ」


 杏里は上着を脱ぎ、ブラジャー姿になる。ブラジャーの肩紐をずらす。

 ここまでして落ちない男はいない。

 絶対的な自信を込めて、慧の上に股がる。


「やなこった」

「え? 」

「うざいから、服着ろ」

「は? 」

「だから、その貧弱な胸を晒すな」

「な……!」


 密着している慧の下半身は、半裸の杏里が密着しているというのに、全くの無反応だった。


「インポなの? 」

「そんなわけあるか! 」


 杏里は、グリグリと股関を刺激するように腰を動かす。

 それでも反応はない。


 杏里はムウッと不機嫌な表情になると、慧の上から降りて上着を着た。


「絶対インポだ! 」

「アホ! おまえのせいで五日間ヤってないんだから、欲求不満全開だよ」

「ならなんで勃たないのよ? 」


 慧は心底イヤそうに杏里を見る。


「おまえは姉ちゃんを泣かせたいのか? 」

「なわけないじゃん! お兄さんに浮気心がないかチェックしたのよ! 」

「なら勃たなくて万々歳じゃねえか」

「……そうね、そうだわ。でも、なんかムカつく! 」


 やっぱりトラップだったかと、慧は内心ホッとする。

 それにしても、妹のハニートラップなんてタチが悪すぎる。


「もうバカなことすんなよ」

「さあてね。絶対、お兄さんお姉ちゃんを泣かせると思うし、早くばらした方がいいじゃん? 」

「まじ、勘弁……」


 杏里は、これからもジャンジャン仕掛けて行こう! と決意する。

 けれどその前に、萎れてしまったプライドを復活させないといけない。


 杏里は化粧の続きを始め、念入りにアイメイクを施す。


「どう? キレイ? 」

「ああ、キレイ、キレイ」


 横になってスマホゲームを始めた慧は、マトモに杏里を見ることなく、適当に返事をした。

 杏里は、そんな慧の背中にドスンと座る。


「ホント、失礼! 」

「内臓飛び出す」

「そんな重くないし! 」


 杏里は、慧の頭をしばらくグリグリかきまわすと、グチャグチャになった頭に満足したのか、慧の背中を踏みつけぬがら立ち上がり、小さなバッグを片手に玄関へ向かった。


「何、帰るのか? 」


 靴をはいている杏里に声をかける。後ろ姿、特に細く長い足から形の良いヒップラインにかけてが麻衣子にそっくりで、つい下半身も反応しそうになる。


「まさか! ちょっとチヤホヤされに行ってくる」

「はあ? 」

「バイトよバイト。忠直の仕事のオーナーがデートクラブもやってるの」

「デートクラブって、売春か? 」


 杏里は、はあっ? と振り返る。


「バッカじゃない? そんな安売りしないわよ。もったいない」

「危ないことはないのか? 」


 杏里は、鼻でわらいながら、少し自慢気に胸を張る。


「全然。あたし、一番人気なのよ。客だってあたしが選ぶの。みんな紳士ばっかよ」

「麻衣子には言わない方が良さそうだな」

「なんで? 」

「バカか? 心配するからだろ」


 身体を売っているわけではなさそうだが、女は売っているようだ。そんな仕事に足を突っ込んでいたら、いづれは身体まで売ることになりかねない。

 その危うさになぜ気がつかないのか?


「お姉ちゃんには、友達に会いに行ったって言っといて。今日は帰らないだろうから、どうぞごゆっくり」


 杏里は、ニッと笑いながら玄関から出ていく。

 慧の鬼畜ぶりは、理沙から聞いていたから、慧が毎日ヤりたいタイプだというのはわかっていた。この五日間、麻衣子とベッドを共にしていたのは杏里だし、ワンルームで何ができるはずもなく、慧の欲求不満は爆発寸前だろう。


 そんな状態で杏里に手を出さなかった慧への、ちょっとしたご褒美になるかもしれない。



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