第92話 佑にバイトのお誘い

「お待たせ」


 理沙と杏里はすっかり仲良くなっており、慧を無視してかなり盛り上がっていた。

 もちろん、杏里は未成年過ぎるからオレンジジュースだが、飲んでいる理沙と同じテンションで騒いでいた。


「お疲れ~!佑君もお疲れ」

「お姉ちゃん、お疲れ~!」


 拓実と二人で賄いを持って合流すると、五人になってしまうため、テーブルをもう一つつけて広くする。


「その子は、まいちゃんの親戚かなんか? 」


 佑が見慣れない杏里に視線を向け、麻衣子の顔と見比べる。


「妹です」

「妹? まいちゃん、一人っ子だよね? 」

「妹なんだよ」


 麻衣子も肯定し、佑はきょとんとした顔になる。

 小六の段階までは一人っ子だったはずで、もし麻衣子の母親が再婚して、連れ子同士で姉妹になったのだとしたら、顔が似すぎている。


「半分だけ血が繋がってるの。父親が一緒なんだ」

「そう……なんだ」


 麻衣子が一人親だというのは知っていたから、父親が再婚してできた妹なのかと納得する。


「へえ、僕、まいちゃんの中高時代知らないから、きっとこんな感じだったんだろうな」


 佑は、見たことない麻衣子と杏里を重ねて、麻衣子の高校時代を想像して、頬をほころばせる。


「いや、たぶん……全然違うと思うぞ」

「慧君! 」


 杏里以外、唯一地味な麻衣子の写真を見たことのある慧がチャチャを入れた。


「杏里って言います、よろしく」

「相田佑です。まいちゃんとは、小学校の時によく遊んでもらったんだ。姉とまいちゃんが仲良かったから」

「十六だってよ、ピュアだね。佑少年的にはどうよ? 」


 理沙が佑を突っつき、どう?どう?と、意味不明なことを言う。


「あら、若いからピュアってわけじゃないと思うな」

「杏里、可愛いもんね。男がほっとかないか」

「今は彼氏いないけどね」


 杏里はケラケラ笑いながら、「しばらく男はいいや」と、十六歳とは思えないことを言う。


 しばらく雑談をしながら、五人で飲食していたのだが、理沙がなんの前触れなく、話しを切り出した。


「佑君さ、バイトしない? 」

「バイト、今してますよ」

「それ以外に、月三回くらいで一回二時間くらいかな。いや、頑張れば三十分でもできるか。成功報酬五万円」

「成功報酬って、成功しないこともあるんですか? 」

「あるかもね。うまくいけば三十分×三回で五万か。かなり割りのいいバイトだよね。ただし、成功するまでだから、回数かかれば時給も下がるけど」


 どんなバイトかもわからず、佑は返答に困った。


「もうちょい、細かい内容お願いします。ヤバめな仕事ですか? 難しかったり? 」

「いんや、難しくはない。ヤバイかどうかは、受け取り方によるかも」

「興味はあります。でも、何するかわからないから、答えようがないですよ」

「まあ、ナニするんだよね」

「はあ? 」


 理沙は、清華の状況と子供が欲しいけどできないことを伝え、旦那の代わりに種を探していると告げた。

 最初はいきなり知らない人の不妊治療の話しを聞かされ、バイトとの話しの繋がりが見えなかった佑も、最後の方にはやっと理解したようだ。


「うーん、それは今すぐ返事しないとダメですか? 」


 即答で断るだろうと思っていた佑が、悩む素振りを見せたので、逆に麻衣子達が驚いてしまった。


「佑君いいの? だって、よく知らない人とそんな……」


 麻衣子がオロオロと言うと、佑が真っ赤になって手を振った。


「違うよ! もし提供するとしても、直にじゃないでしょ? ほら、体内受精とか体外受精とかあるわけだし。その人、不妊治療受けてるなら、最悪僕の……を旦那さんのって言って、お医者さんに渡せばいいわけでしょ? 」


 ああ、なるほど!


 麻衣子は子供が欲しいという清華の願いを、慧と清華のSEXによる結果としか考えなかったが、医者を介してという方法もあったのかと気がついた。


「合法かって言われたら違法だろうし、将来的に面倒なことにならないとも限らないから、すぐには答えられないけど……。僕の従姉妹の姉ちゃんが、不妊治療がうまくいかなくて、精神的に病んじゃってさ。結局離婚したりしてるから、なんか他人事じゃなくて」

「おまえ、いい奴だったんだな……」


 麻衣子を狙っている小賢しい奴だという認識から、ちょっとだけだが佑の印象がよくなる。かといって、気を抜ける相手ではないが。


「やだな、慧先輩、どんな印象持ってたんですか? 」

「でも、子供だよ?! ちゃんと考えた方がいいよ! 」


 麻衣子が身を乗り出して言うと、佑はもちろんですとうなづく。


「ですね。だから、よく考えて、こっちの条件ものんでもらえるなら……ですかね? 」

「条件って例えば? 」

「旦那さんの了解を得ること……は大前提ですね。じゃないと、後々自分の子供じゃないとか、責任取れとか言われたら困りますから。」

「それは難しいかもな……」


 佑は、きょとんとしと慧を見る。


「何で慧先輩が難しいって思うんですか? 」

「いや、だって、旦那が不妊治療に協力的じゃないって言ってたじゃないか! 旦那が全くの不妊ってわかってれば、代理精子も考えるだろうが、自分に問題ないって思ってる奴が、おまえの使って妊娠なんて、普通受け付けねえだろ」

「だね。たぶん、その人は旦那に内緒で、旦那と同じ血液型の子供を生みたいんでしょ? じゃなきゃ、血液型にはこだわらないよね? 」


 杏里の後押しに、慧はそうだそうだとうなづく。


「……ですね。でも、もし提供するなら、それは譲れないです。まず、そのことをその人に伝えて下さい。その上で、可能なら話しを詰めましょう」


 可能……ではないだろう。

 きっと、この話しはここで立ち消えになるんだろうなと思いながら、麻衣子達は終電の時間まで政で飲んだ。


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