第91話 杏里、突然の訪問

 父親と再開してから二ヶ月、季節は十二月、街はクリスマス一色になりつつあった。

 クリスマスといっても、慧が特別に何かするとも思えなかったが、一応バイトのシフトは入れていない。冷蔵庫にシフト表が貼ってあるので、慧もクリスマスに麻衣子が暇なことはわかっているだろう……チェックしてるとは思えないが。


「お姉ちゃ~ん! 」


 大学の門の所に人だかり(男子学生ばかり)があり、その中心にいた人物が麻衣子に手を振り、駆け寄ってきた。


「杏里ちゃん? 」


 麻衣子は、今日の講義も終わり、理沙とお茶に行こうとしていた。

 抱きついてきた杏里によろけながらも、麻衣子は杏里を抱き止める。


「会いにきてくれないから来ちゃった! 」

「何? 麻衣子、妹いたっけ? 」


 理沙が夏休みに麻衣子の実家に行った時も妹はいなかったし、話しもなかった。けれど、どう見てもこの二人は似ているし、血の繋がりがありそうに見えた。


「いるんだよね。母親は違うけど」


 杏里は、通常なら言いよどむこともサラッと言い、理沙も悪いことを聞いたとも思わずに普通に受けとる。


「似てるもんね。にしても美少女だね、いくつ? 」

「十六」

「うわっ、若っ! お姉さんがお茶おごったげる。一緒しよ」

「やったあ! 」


 麻衣子を真ん中に、大学の裏手にある喫茶店に向かう。


「お父さんは元気? 」


 杏里とは毎日メールのやりとりをしていたが、忠直とはあれ以来連絡を取っていなかった。


「元気だよ。お姉ちゃんのアドレス教えてってウザイけど、毎回無視してる。教えたら大変だよ。忠直マメだから、一日百件とかメールしてくるよ」

「それ、マメって言うの? ストーカーじゃん」

「なりそう! お姉ちゃん愛半端ないから」


 父親がストーカーって、嫌なんですけど……。


 喫茶店に入り、理沙はアメリカンを、麻衣子はロイヤルミルクティーを頼んだ。杏里は、かなり悩んだが、麻衣子と同じロイヤルミルクティーにした。


「杏里は本当に麻衣子のこと好きなんだね」

「そりゃ、覚えてないくらい小さい時から、忠直にお姉ちゃんがどんだけ可愛かったか言われてきたもん。たぶん、お姉ちゃんが覚えてないエピソードも言えるよ」


 お茶をしながら、三人で話していたのだが、三人共通の話題と言えば麻衣子のことなので、どうしても会話が麻衣子のことや、麻衣子の彼氏の慧のことになってしまう。

 杏里は大学での麻衣子のことを聞きたがり、理沙は話さなくてもいい麻衣子と慧の馴れ初めのことまで話してしまう。


「お兄さんって、見た目は真面目なのに、忠直の同類なんだね」

「忠直って、お父さんだよね? 」

「うん、忠直ってば来る者拒まずだから、女がきれないの。お姉ちゃんのお母さんと別れたのだって、うちの母親に迫られて、なんとなく関係もったらあたしができちゃったからだし」

「杏里ちゃん、お母さんのこと悪く言ったらダメよ」


 麻衣子にたしなめられ、杏里はペロリと舌を出す。

 が、反省はないようで、さらに続ける。


「うちの母親はさ、凄く計画的にあたしを孕んだらしいんだ。忠直と付き合ってた頃の手帳がでてきて、こと細かく書いてあったし。自分の母親ながら、凄い腹黒いの。ひっかかる忠直も忠直だけどね」


 計画的に妊娠したと聞いて、麻衣子は木梨清華のことを思い出す。理沙も同様だったらしく、清華のことを話題に上げた。


「木梨清華だけどさ、最近またテンパってるみたいだよ」


 理沙は木梨清華とメール交換していて、たまに愚痴のような相談のようなメールがくると言っていた。清華にしても、誰の子でもいいから旦那と同じ血液型の子供が欲しい……なんてことを相談できる友達もいないらしく、理沙にメールしてストレス発散しているようだった。


「木梨清華って? 」


 麻衣子は、慧が浮気したことはふせて、どんな人かというのをざっくり説明する。


「つまり、お兄さんと浮気して、お兄さんの子供を旦那の子供好きとして育てたいってこと? 」

「まあ、そうね」

「お兄さんは断ったの? 」

「まあ、子供はね……」


 なんとも歯切れの悪い言い方になる。それを嗅ぎ取った杏里は、わずかに眉を寄せる。


「浮気はしたんだ」

「まあ、松田君だからね」


 理沙は、なんのフォローにもならないことをうなずきながら言う。


「でももう解決してるから」

「また浮気されたらどうするの?男は自分に甘いから、何回だってするよ」

「杏里、若いのに言うねえ」

「そりゃ、忠直見てるもん。忠直のホスト仲間だって、女にだらしない奴ばっかだし、マトモな男なんて見たことないよ」


 なんか、このまま父親と生活させておいていいのか……と悩んでしまう。教育環境はすこぶる悪そうだ。


「そういや、私もまともな男って知らないな。いやあ、杏里が正しいね」


 慧にせよ、拓実にせよ、確かに女にだらしないところはある。今は猛省しているが、いつまたセフレに手を出すかわからない状況だ。


「とりあえず、慧君のことはおいといて、清華さんがテンパってるって、どんなふうに? 」


 麻衣子は、清華の話しに戻すと、ロイヤルミルクティーを飲もうとし、空になっているのに気がついてカップを置いた。


「なんか、BBの男いないのかってしつこいね。この際、松田君でも……なんて言い出したから、とりあえず、大学で探してみるとは言ったけど」

「探すんですか? 」

「まあ、バイトみたいなノリで。子供できたら五万払うって言ってるから。気にしない子は気にしないし、精子バンクだってあるからね。気持ちいいことできて、お金も貰えてなら、やってくれる子もいるかなって。とりあえず、BBの男子に目星はつけてるんだけど……」

「いたんだ? 」

「うん、血液型についてレポート提出するからって、さかのぼれるとこまで教えてって、サークルの面子にはアンケート取ったよ」


 なぜそこまで理沙がするのかがわからない。

 理沙に被害があったわけでもないし、逆に利益になるわけでもない。

 そんな思いが表情に出たのか、理沙は悪戯っ子のように笑った。


「まあ、興味本位……かな。暇だからね。それでさ、BBの子、一人見つけちゃったんだけど」

「いたんだ? 」

「いたね。まだ、本人には何も言ってないけど」

「誰? 」


 聞く麻衣子も完全に興味本位だ。


「佑君」

「はい? 」

「相田佑。麻衣子の幼馴染の」


 佑がB型だとは知っていたが、まさかのBBだったとは。


「佑君はちょっと……」


 小さい時から知っているせいか、セクシャルな部分を想像できないというか、もし佑が引き受けたりなんかしたら、見る目が変わってしまいそうだ。


「まあ、松田君や麻衣子のことは抜きにして、一応話しをしてみようとは思ってる。ダメかな? とりあえず、声かけたけどダメだったって言えば、少しは落ち着くのかなとも思うし」

「いや、まあ、こんな面倒くさいことになったのは、うちらのせいだし、ダメも何もないんだけど……」


 今日、佑とはバイトで一緒なんだよね。

 なんか、ギクシャクしてしまいそうだ……。


「あたし、そろそろバイトいかないとだ」

「佑君もだよね? 」

「うん」

「じゃあ、バイト上がりにでも話ししてみようかな」

「はいはい! あたし、お姉ちゃんのバイト先行ってみたい! 」


 比較的静かに話しを聞いていた杏里が、シュタッと手を上げた。


「居酒屋だよ? 」

「未成年は入ったらダメなの? 」

「うーん、一人はちょっと。それに、帰れなくなるよ? 」

「大丈夫、今日は新宿の漫喫にでも泊まろうと思ってたし、全然平気」

「それはダメ! なら、うちにいらっしゃい。慧君にはお願いするから」

「マジ? お姉ちゃんとこ泊まっていいの?! 」


 杏里の表情が輝き、やった~!と両手を叩く。


「なら、私と後で政に行こうか?松田君も誘おうっと」

「いいの? 」

「いいよ、佑君に話しもしたいしね」

「じゃあ、慧君にはあたしが連絡しとく。たぶん、暇だからくると思うし」


 佑が政でバイトを始めてから、ちょくちょく慧も政に顔を出すようになっていたから、杏里が来てるから来てと頼んでみようと思った。


 麻衣子は二人を喫茶店に残し、バイトに向かう。

 途中、慧に電話すると、すでに家でまったりしていたようだが、杏里と理沙のことを話したら、政に行くとスンナリ言ってくれた。

 ついでに、理沙から聞いた話しをし、そのことを理沙が佑に話すらしいとも伝える。


 慧は「ゲッ! 」とだけつぶやいて、電話が切れた。


 もし万が一、佑が承諾したら、慧と佑は清華繋がりの兄弟になってしまうのだから、かなり複雑な心境かもしれない。

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