第221話 番外編 恭子先生の勉強会 2

「進君……そうなんだ。美佐江とその……」


 客間は十畳くらいのフローリングで、真ん中に大きな机と椅子が四脚置いてあり、窓際に立派なソファーがあり、壁には作り付けの本棚と、お酒のボトルが飾られている棚があった。


「まあ、付き合ってもう二ヶ月近くなるし、そろそろってのはあるんじゃない」


 海江田は窓際へ行き、カーテンを開いた。部屋がいっきに明るくなり、裏庭の景色が目に飛び込んでくる。


「凄い……個人の庭に滝があるんですね」


 目を丸くして恭子は窓辺へ近寄った。

 まるで高級ホテルの庭のような風景に、恭子は関心したようにつぶやいた。


「進のおじいちゃん、趣味が造園だったんだ。亡くなってからも、庭が荒れないように手入れを業者に頼んでるって言ってたよ。お母さんは日本チックであんまり好きじゃないらしいんだけど、おばあちゃんには思い出の庭みたいでさ。僕らもよく小さい時はここでオニゴッコとかしたよ。夏場はあの滝で修行とか言いながら水浴びしたりね。おじいちゃんいい人でさ、うちらが大事にしてる木とか折っても怒らないんだよ」

「信也君もここで遊んだんですね」

「ああ、しょっちゅう泊まりできてたよ。そん時はさ、母屋に泊めてもらうんだ。おばあちゃんが作ったクッキー、旨かったな」


 ソファーに座り、懐かしそうに話す海江田は、少し寂しそうに見えた。恭子も隣りに座り、そんな海江田を見上げる。


「おじいちゃん、僕らが中二の時に亡くなったんだけどさ、それからおばあちゃん寝たきりになっちゃって、進はおじいちゃん、おばあちゃん子だったから、そんなおばあちゃんを見たくなくて、一人でこっちに残ったんだ」

「そうだったんですか……」

「でも食事は一緒にとるみたいだし、ちょこちょこ母屋に行ってるみたいだから、ただ単に独り暮らしを満喫したいだけかもしれないけどね」


 海江田は笑顔を作り、恭子の持ってきた荷物に目をやった。


「昨日泊まりだったからそんなに荷物が多いの? 」

「ううん。泊まりでの荷物は雅子の家に置いてきたから。これは本当に宿題や勉強道具と……まあ色々」

「宿題? 見せてよ」


 恭子は数学の問題集を取り出す。昨日から冬休みに入ったから、宿題はごっそりあった。もちろんまだ手をつけてはいない。


「じゃあ、本当に最初は勉強しようか? さすがに中学生の問題なら教えてあげられるよ」

「そうですか? じゃあ……」


 恭子は数学は得意だったし(修平に教えてもらっていた為)、英語も まあまあ、国語もよく本を読んでいた為苦手ではなかった。教えてもらわなければわからないような問題はなかったのだが、せっかく海江田が言ってくれたので、机のところへ行って宿題を広げた。


 真面目に勉強すること一時間、海江田は真剣に問題を解く伏し目がちの恭子の顔を眺めていた。

 宿題を教えるとは言ったが、恭子は勉強ができるタイプのようで、見ていても間違った問題もなければ、解き方に躊躇することなく、綺麗な文字でノートを埋めていく。


「……綺麗だな」


 恭子の長い睫毛がゆっくりと動き、今まで問題集に向かっていた瞳が海江田に向けられる。


「……? 」


 何と言ったか問いただすような視線に、海江田は少し顔を赤らめて視線をそらす。


「いや、綺麗な字だなと思って。習字とか習ってた? 」

「小学生の時に。美佐江達と。美佐江が辞めてしまって、雅子も他の習い事で時間がとれなくなって、私も小六で辞めてしまいましたけど」

「へぇ、他に習い事は? 」

「ピアノにバレエですね。ただ……」

「ただ? 」

「壊滅的に身体が硬いんです。その……音感も悪くて」


 バレエは五年間続けたが、一向に身体は柔らかくならず、最後まで開脚ができずに終わってしまった。

 恭子のレオタード姿を想像して、海江田は思わず頬が弛む。どんなに健全そうに見えても、高校生男子、頭の中はエロで構成されているのである。


「さっきさ、勉強道具と色々って言ってたけど、後は何を持ってきたの」


 恭子は少し動揺したように視線を揺らしたが、意を決したように鞄をあさり、中から一冊の雑誌を取り出した。


「もう一つの勉強道具です」


 雑誌○ルティーン……いわゆる十代女子に向けたエロ雑誌だ。


「何これ? 」

「ティーンズ向けの雑誌です」


 海江田はファッション雑誌のような物を想像し、雑誌を手に取る。


「私、ちょっとお手洗いに」


 恭子は顔を赤らめて立ち上がると、海江田が雑誌を開く前に客間から出ていった。

 トイレなど行きたくはなかったが、あの雑誌を海江田と二人で見るのは恥ずかし過ぎた。

 リビングを通り過ぎると、雅子と松枝は健全にゲームを楽しんでおり、ギャーギャー騒ぎながら何やら対戦ゲームみたいなものをやっているようだった。階段の上からは特に声などは聞こえてこず、ただわずかなガタガタ言う音だけ聞こえてきた。


 ストレッチでもしてるのかしら?


 美佐江は、よく勉強に行き詰まると、脳ミソに血液を送るんだと言って身体を動かすタイプだったから、恭子はそんなに不思議に思わずにトイレに向かった。

 一応座ってみたものの、もよおすこともない。諦めてトイレから立ち上がると、また階段の下を通り、リビングの脇を通り客間に戻る。


 海江田は、まだ雑誌を開いて読んでいた。ほんの数分しか部屋を開けていないのだから、それもそうだろう。


「お帰り」

「ただいま」


 気まずい雰囲気を感じながら、海江田の隣りに座る。


「何か凄いね。これがティーンズ誌なんだ……」


 男性の雑誌と違い、裸の写真とかある訳ではないが、文章と微妙にいかがわしいイラストのみというのも、想像力をかきたてられるというか、十分エロ雑誌の分類に入る気がした。しかも、この雑誌の購読対象が十代女子というのにも驚きだ。可愛らしく純情そうに見える女子達が、こんな雑誌を見ているのかと思うと、衝撃以外の何物でもなかった。


「そうですね。世の中にこんなことを体験している同年代の子達がいるなんて衝撃です」

「まあ、色々あるよね」


 海江田は雑誌をとじて恭子に返した。


「私、この中のキスの特集を見て勉強してきたんです」


 海江田は、読者の体験談ばかりに目を通しており、恭子の言っていたところを読んではいなかった。そういえば、表紙にキス特集とあった。


「これか……。試してみる? 」


 恭子はうなづいて目を閉じた。もう以前のように身体が強ばりうつむいてしまうのではなく、リラックスして海江田の方を向くことができた。


 海江田は雑誌に目を向けながら、内容を速読する。こんなに素早く目が動いたことは、いまだかつてないだろう。多分、無意識のうちに速読術をマスターしたようだった。


 内容は、キスに至るシチュエーションから、初キスの手順であったり、SEXにもっていくキスの仕方など。舌の動かし方など図解で説明もあったりして、後半にいくほどかなりエグくなっていた。

 男心を掴むキスとあったが、つまりはどれだけ男をその気にさせるか、ムラムラして押し倒すようにもっていかせるか……という話しのようだ。しかし、そんことしなくても、男なら好きな子にちょっとスキンシップされたくらいで、すぐにその気になるよなと、高校男子である海江田は思う。こうやって、目の前で目をつぶられるだけで、下半身はすでに反応したくてたまらないくらいなのだから。


 恭子の目標はあくまでも(家庭教師との)キスであるのはわかっているから、海江田は下っ腹に力を入れて、なるべく下半身が反応しないように心がける。


「じゃあ、まあ……」


 海江田が恭子の肩に手をかけ、顔を斜めにして近づける。そっと触れるだけのキスから、次第にエスカレートしていき、すぐに舌を絡ませた。恭子は雑誌に書いてあることを忠実に再現し、その勉強熱心さを垣間見させる。


 勉強ももちろんキチンキチンとこなすタイプの恭子は、こちらの勉強も真面目に取り組んでいるようであった。

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