第220話 番外編 恭子先生の勉強会 1
「これ……家? 」
進以外の五人で駅で待ち合わせをして、海江田を先頭に進の家についた恭子達は、ただ茫然と目の前の門を見上げた。
海江田がインターフォンを鳴らすと、門の横の潜り戸が開き、進が顔をだす。
「やあ、いらっしゃい。門開けるのめんどいから、こっちから入ってよ」
開けるのもめんどいと言われた重そうな大きくそびえる門の横の潜り戸を抜けると、びっくりするくらい広い日本庭園が広がっていた。その奥の日本風の大きな平屋が母屋だろう。今時の都内一等地で、これだけ広い土地と、平屋建ての家屋など、なかなかお目にかかれるもじゃない。
「美佐江、進君ちがこんな豪邸だって知ってたの? 」
駅の反対側とはいえ、一応最寄り駅は一緒であるから、ご近所の中西さんと言えば、「あの豪邸の……」と有名なのではと思ったのだ。しかし、美佐江はひきつった顔で首を横に振る。
「知る訳ないじゃん。家にくればとは言われてたけど、離れで一人住まいって聞いてたし、やっぱりそこに一人で行くのはまだちょっと……。デートの帰りもうちまで送ってきてくれとたから、進君ちの方にはこなかったもん」
恭子達の行っている学校も、海江田達の学校も、いわゆるお嬢様お坊っちゃま学校であったから、それなりに家庭の水準は高い方ではあるが、まさかここまでお坊っちゃまだとは想像していなかった。
恭子の家も雅子も美佐江も、一般よりは少し上、若干裕福な中流家庭といったところで、周りにもここまでのお嬢様はいない。
「凄くない? たいっちゃんの周りって、こんなに裕福な人ばっかなの? 」
雅子がコソッと太一に聞く。
「いや、進んちは特別。うちは普通に地道な歯医者だし」
「うちも、開業医だからそこそこ」
医者に歯医者の息子。そこそこと本人達は思っているようだが、それなりに生活水準は高めだろう。
聞いた雅子にしろ会社の社長の娘だし、美佐江のうちは江戸時代から続く和菓子屋だ。恭子の父親は大学教授で、知名度はあっても金銭的にはこの中では一番一般的かもしれない。
「離れって聞いてたから、プレハブ小屋みたいなのを想像してたけど……」
恭子は事前に両親と住んでいた家と聞いていたから一応普通の家を想像していたが、美佐江達はただ離れとだけ聞いていただけらしく、進の住む離れ(普通に立派な二階建て)を目の前にして、目を白黒させていた。
「まあいいから入ってよ」
男性陣は馴れたもので、ずかずかと家に入り、女性陣は遠慮がちに中に入る。
家の中はきらびやかで豪華という訳ではなかったが、置いてある家具調度品は地味に値のはるものばかりだった。
リビングに通され、ソファーにとりあえず座る。高校男子の独り暮らしにしてはちらかっていないし、埃一つ落ちていない。見た感じ几帳面そうには見えないのだが、実は綺麗好きだったりするのだろうか?
男性の家にくるのなど初めての恭子達は、興味津々キョロキョロと辺りを見回した。
「お茶持ってきてもらうけど、コーヒーと紅茶どっちがいい? コーヒーの人」
進を始め太一と雅子が手を上げ、進は人数を数えてインターフォンのようなものをとり伝えた。
「雅子、コーヒーなんて飲めたっけ? 」
「最近ね。テスト勉強で眠気覚ましに飲んだらはまっちゃって」
「へえ……。信也君は紅茶派なんだ」
「苦いの苦手なんだよ」
「やだ、可愛い! ねぇ、恭子」
「ああ、うん」
さっきから、美佐江ばかり話しているが、顔がひきつっているからかなり緊張しているのかもしれない。初めての彼氏の家訪問だ。思ってもみなかった豪邸に圧倒され、彼氏の家族にも会うかもしれず、もういっぱいいっぱいなのだ。
「美佐江、顔色悪いわよ。昨日、ちゃんと寝た? 」
「寝てたわよ。恭子寝てからそんなにたたずにね」
一番遅くまで起きていた雅子が答える。
「昨日、まさちゃんちにお泊まり会だったんでしょ? 」
「へぇ、雅子ちゃんちに泊まったの? 女子会、見てみたいな 」
「お揃いの寝間着なんだよね? みさちゃんは黄色だっけ? 」
「ピンクよ。雅子が赤、恭子が紫」
「あ、なんかイメージに合うかも」
海江田は、ちょっと大人っぽい紫の寝間着を着た恭子を想像して唾を飲み込む。想像したヒラヒラした感じの寝間着とはかなり違うのだが、男性陣はみなにやけた顔をしていたので、海江田と大差ないことを想像したに違いない。
「まあまあ、いらっしゃいませ。お茶ををお持ちいたしました」
ふっくらとしたニコヤカな女性が、もう一人若い女性と飲み物とお茶菓子を運んでリビングに入ってきた。
「は……初めまして! 」
美佐江がピョコンと立ち上がり、深々と頭を下げた。
「あらあら、可愛らしいお嬢様が沢山。お坊っちゃま悪さしたらいけませんよ」
「勉強会だって言ったろ。こっちはみさちゃん、雅子ちゃん、恭子ちゃん。このおデブなおばさんは
「お坊っちゃま、今日のお夕飯は麻婆茄子にしますよ! 」
「ごめん、勘弁して! 」
進は茄子が苦手なんだよと、海江田が恭子に耳打ちする。
笑顔で飲み物などをテーブルに置くと、ごゆっくりと頭を下げて多江達はリビングを出ていった。
「お手伝いさんがいるんだ」
昔、両親達の時代はお手伝いさんがいるのが当たり前だと聞いていたが、いまだにお手伝いさんがいる家は初めてだった。
「まあ、家の掃除とか母親だけじゃ無理だしね。まあ、掃除なんかやりゃしないけど。うちのこと切り盛りしてるのは多江さんだからな」
「お母さんは何してるんですの?」
「ばあちゃんの話し相手だとか、習い事行ったりかな。あと、友達とかとよくパーティーしてるかも」
上流社会っぽい!
みんなでお茶をしてお茶菓子をつまみ、雑然と会話する。
三十分ほど雑談した後、進が咳払いして海江田の足をテーブルの下で蹴った。
ガサッという音がし、海江田がイテッとつぶやく。
「どうかした? 」
「いや、そろそろさ、勉強会始めようか」
「じゃあ、みさちゃんは俺の部屋で一緒に勉強しようぜ。信也達は奥の客間な。たいっちゃんはここでいいか? 」
進は、なんとなく渋る美佐江の背中を押して立ち上がらせると、腕を引っ張って二階へ上がっていった。
「進の奴、がっつきすぎ。あいつ、今日こそは美佐江ちゃんと……って、気合い入りまくりだったもんな」
「たいっちゃん、それは言わないでやって。恭子ちゃん、美佐江ちゃんには内緒な」
「にしてもさ、あいつらは二人っきりになりたいだろうけど、うちらは四人でもよくない? どうせ勉強なんて口実なんだから。俺、ゲーム持ってきたんだ。テレビあるし、やろうぜ」
松枝は鞄の流れからファミコンを取り出すと、リビングにあったテレビにセットし始める。沢山勉強道具を持ってきたんだなと思っていた大きな鞄は、どうやらゲームしか入っていないようだった。
「たいっちゃんは遊びにきたんだろうけど、恭子達は勉強しにきたの。ゲームは私が付き合うから、恭子達はあっちの部屋で勉強してきなよ」
なるべく恭子と海江田を二人きりにしてあげようと思った雅子が、気をきかせて恭子を突っつく。
「うん、じゃあ……。ゲームはまた今度ね」
恭子が立ち上がると、海江田も立ち上がってリビングを出て、奥の客間のドアを開けて……閉めた。
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