第233話 昔話
初めてのことではないけれど、滝からマイナスイオンを感じながら、青空の下で……って。
付き合いたての恋人同士ならまだしも( ? )、付き合ってはや八年。結婚までした自分達がいたすには、どうなんだろうという行為も、慧に求められば麻衣子が拒絶することは皆無で、麻衣子は衣服を整えながら、小さくため息をついた。
「この滝とか、よく遊びにきたの? 」
「よくってこともねぇよ」
「じゃあ、違う場所? 」
「そんな覚えてねぇな。だってよ、十七か八くらいまでだぜ、ここきてたの。しかも年に一回か二回。三日間くらいだし。あいつらの面倒見んのが嫌で部屋でゲームばっかやってたかな」
それは、麻衣子の想像していた通りの慧だった。
「でも釣りしたりしたんでしょ」
「ガキだけで水遊びは危ないって、無理やり子守りを押し付けられたんだよ」
「ガキって……」
佳乃の艶っぽい姿を思い出す。
十代のみずみずしい張りのある身体に、大人の女性と少女が混在する色気。若いって無敵だ。
「ガキだろ? あいつの最後の記憶って、小学生だぜ」
「今は十九? 立派な女性よ」
慧に佳乃を意識させたい訳ではなく、小学生に対するような気安さで触れて欲しくないなと思った。しかも、相手は慧に恋心を寄せているようだし。
「ガキだろ、ガキンチョ。去年まで高校生だったんだぜ」
麻衣子はジトリと慧を睨む。
「高校卒業したての私に襲いかかってきたのはどちら様でしたっけ? 」
子供とは言い難い爛れた高校生生活を送ってきた癖に! ……と思いつつ、慧と並んで歩き出す。
足元が滑りやすいせいか、珍しく慧から手を繋いできた。
「そりゃ、目の前にパンツ丸出しで尻向けて誘ってくる女がいたら、突っ込みたくなるって」
「パンツ丸出し……」
あの時期は短いスカートばかり履いていたからめくれて見えてしまったのだろうが、あまりの醜態に今更ながら顔が赤くなる。
「ピンクの花柄だったかなぁ? 可愛らしい感じの。あれ、勝負パンツだった? 違うか。上下揃ってなかったもんな。おまえ先輩に憧れてたじゃん。あん時だって、『拓実センパ~イ』とか言って抱きついてきたしな。先輩に初めて捧げるつもりだった訳? 」
「知らないよ」
「なぁなぁ、実際に先輩だと思って抱かれただろ? 処女だった癖に受け入れ態勢ばっちりだったもんな」
「な……」
そりゃ最初はそうだったかもしれない。というか、そんな昔のパンツの柄を言われても覚えてないし、逆に覚えている慧が何なのよ?! って感じだ。
「す……好きな相手でもないのに手を出せる人に言われたくないよ」
自爆……。
その相手は麻衣子なのだから。
「別に嫌いな相手に発情できる程見境なくねぇよ」
麻衣子は立ち止まって慧を見上げた。急に立ち止まった麻衣子に引っ張られるように慧も足を止める。
「何だよ」
「少しはタイプだった? 」
慧は大きくため息をつく。
「あん時のいかにも男食ってますみたいなおまえはタイプじゃねぇよ」
「……だよね」
今はきちんと恋愛になって、結婚までして、珍しいことながらこうして寄り添って歩けてるけど、実際はワンナイトで終わってもおかしくない状況だったのだ。
「じゃあ何であの後うちに入り浸ったの? 簡単にできたから? 」
「ハァ? おまえの中でどんだけ俺って鬼畜キャラなん? んな訳ねぇだろ。見た目と内面のギャップ? だらけた生活してそうで、実はきちんきちんとしてたり、男慣れしてそうでウブなとことか、チャラチャラしてそうなのに、自立して生活費稼ぐ為にバカみたいにバイトして遊ぶ暇ないとことか。そういうの見てたら、好感度なんか上がりまくりだろ」
吐き捨てるように言う慧の耳は真っ赤になっており、麻衣子の手を痛いくらい握りしめていた。
これは何?
慧からこんなに率直に自分に対しての感情を聞いたことがなかった。
信じられないものを見るように、麻衣子は慧から視線がそらせなかった。
「さ……最初はなんの感情もなかったよね? 」
慧は、麻衣子と繋いでない方の手で頭をかく。
「最初? 」
「初めて……した時」
「あぁ。できれば置いて帰りたかったぜ。うざかったし、何で俺がって思ったしな。でも、足も立たない女放置できないじゃん。おまえんちついた時、さすがに終電なかったし、しゃあないから泊まらせてもらおうってなった」
「普通に泊まったら良かったじゃない。パ……パンツ見えたとしても、毛布かけるなりなんなり見ないようにして……」
「えェッ?! パンツ見えたら下ろすだろ」
安定の慧だ。
慧らし過ぎて、ため息しかでてこない。
「じゃあさ、さっきの佳乃さんが同じ状況だったら? 同級生の凛花ちゃんや佳奈ちゃんだったら? 」
「工藤や西条? まじこえーから逃げるな。送らず放置一択だな。もしくはタクシーに突っ込む。一度でも手出したら、一生ストーキングされそうじゃん。佳乃は……尻蹴りあげるかな。ガキが色気づいてんじゃねぇって」
「酷いね」
「あいつらに色気なんか感じねぇもん。勃つ気がしねぇ」
とりあえずは自分にはいつだってその気になって反応するってことで、彼女らよりも好かれているといいうことでいいのだろう。
嫁だし……ね。
舗装された道路に出ても、慧の手は麻衣子の手を握っていた。
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