第18話 麻衣子の誕生日

「まいちゃん、今日はスカートなんだ」

「ああ、はい。矢野さんはスーツじゃないんですね」

「うん、一度帰ってから、夕飯食べにきたからね」


 麻衣子のバイトする居酒屋は、飲みにくる人ばかりではなく、定食もあったから夕飯を食べにくる人達もいた。

 私服の矢野は、麻衣子が思っていた年齢よりも若く見えた。


「矢野さんって、何歳なんですか? 」

「25だけど」

「30近いのかと思った! 」


 矢野は苦笑いをする。

「30で十代のまいちゃんに声かけたら犯罪だよね。……いや、もしかしてすでにアウトか? まいちゃんは18? 」

「19になりました」

「いつ? 」

「……今日」


 今日、7月3日は麻衣子の誕生日だった。慧にカラオケに誘われた時も、もしかしてサプライズにお祝いでも? と期待したが、慧が麻衣子の誕生日を知っているわけもなかった。


「まじで? やだな、教えてくれてたら、プレゼント買ってきたのに! 」

「いいですよ」

「じゃあ、バイトあがったら、一杯だけおごらせて」

「はあ……」


 麻衣子は、違う客の注文を取りに行った。麻衣子のバイトの時間が終わるまで、矢野は一人で定食を食べながら、ビールを飲んで待っていた。


「お疲れ様でした」

 麻衣子のバイト時間が終了し、麻衣子はカウンターの矢野の隣りで賄いを食べる。

「じゃ、大将、まいちゃんにビール一杯下さい」

 矢野がビールを頼んだ。

「じゃ、お言葉に甘えて」

 麻衣子は自分で生ビールを注ぎに行く。


「これは俺らからお祝いね。まいちゃんいつもご苦労さん」

 大将が、麻衣子の前に刺身の盛り合わせを置いた。

「ウワーッ、豪華! いいんですか? 」

「ああ、食ってくれ。日本酒もつけようか? 」

「いえ、日本酒は酔っぱらっちゃうんで」


 麻衣子は矢野にもすすめて刺身盛り合わせを食べた。


「そうだ、コンパの話しだけど、今週土曜日三人揃ったよ」

「あ、多英がすみません。あの子、勝手にスマホいじって……」

「いや、女子大生とコンパなんて、僕達もテンション上がっちゃったよ。僕以外は、一つ上の先輩と二つ下の後輩。まいちゃんが二人を気に入ったらどうしよう? 」


 矢野は少し酔っぱらっているのか、麻衣子と話しているからか、頬が少し赤い。


「じゃあ、場所とかはどうする?

僕らが決めて良かったら、予約しとくけど」

「いいですか? お願いします。でもうちら学生なんで、あまり高いところは……」

「やだなあ、おごりに決まってるじゃん。一応社会人ですから」

「そんな悪いです」


 それから数杯ビールを飲み、酔っぱらう前に麻衣子は帰ることを告げた。すでにバイトが終わってから一時間たっており、慧が心配しているかもしれないと、スマホに目を落とす。

 が、着信はもちろん、メールもラインも入ってはいなかった。


「じゃあ、矢野さん、大将ご馳走さまでした」

「あ、送るよ」


 居酒屋を出ると、会計した矢野が追いかけてきた。


「家まで……と言いたいけど、途中まで送らせて。ほら、女の子だから、むやみと男に住まいは教えたくないだろうし」

「でも……」

「じゃあ五分だけ。一緒に歩きたいな。酔いざましもかねて。うちは駅の反対側のマンションなんだ。酔いざましにならないからさ」


 矢野の指差したマンションは、駅の向こう側に見え、いわゆる家族用の高層マンションだった。


「家族で住んでるんですか? 」

「いや、一人。ほら、賃貸払うのと、そんなに代わらないんだよね。だから、買っちゃった。持ち家あると、転勤もないんだよ。うちの会社。今ならお買い得物件ですけど、いかがですか? なんてね」


 矢野は、自分を指差しながら、照れたように笑った。

 しっかりしているんだと、麻衣子は矢野を見直した。

 しかも、かなり紳士的で、五分間送ってくれているうちも、麻衣子に触ることなく、一定の距離をおいて歩いていた。顔が赤いのは、どうやら酔っぱらっているからではないようだ。自分で照れるようなことを言っては、赤くなっていたから。


「じゃあ、この辺で」

「ありがとうございました」

「じゃあ、家ついたらラインしてね。気をつけて。」

「はい、お休みなさい」


 麻衣子が角を曲がるまで、矢野は見送ってくれた。

 凄い新鮮というか、こんなのは初めてだった。

 アパートにつく少し前に、麻衣子は矢野にラインを送る。


 麻衣子:今日はご馳走さまでした。アパートにつきました。


 矢野:無事について良かった。けっこうかかるね。次は十分送らせてね。お休み(-.-)Zzz


 麻衣子:お休みなさい(^o^)/~~


 矢野からスタンプが送られてきた。

 麻衣子はスマホをしまってアパートに向かって歩きだす。

 アパートを見上げると、麻衣子の部屋のドアがバタンと閉まったように見えた。


 ……?

 今、慧君が見えたような。


 麻衣子が音をたてて外階段を上がると、部屋の鍵は閉まっていた。いつもはあまり鍵をかけない慧なのにだ。


「ただいま~。今、慧君表出てた? 」

「なわけないだろ」


 慧は布団に転がってスマホでゲームをしていた。


 玄関にはスリッパが脱ぎ散らかしてあったし、なんか布団もグシャグシャというか、スライディングしたような……。


「遅くなって心配した? 」

「遅いか? ああ、もうこんな時間か。遅かったんだな」


 スマホで時間を確認して、わざとらしく言う。


「ああ、うん。誕生日だったから、バイト先でお祝いしてくれて。刺身盛り合わせ食べてきちゃった」

「誕生日? 誰の? 」

「あたしの。ハハ、19になったよ」

「フーン」


 慧は、興味なさそうにスマホのゲームから視線を外さない。

 麻衣子は期待はしないと諦めながら、洗面所で化粧を落として普通を装う。着替えようとした時、慧が声をかけてきた。


「ちょっと出かけるぞ」

「どこに? 」

「ラブホ」

「一人で?! 」

「バカか? あんなとこ一人で行ってどうすんだ。デリヘルでも呼べってか? おまえと行くんだよ」

「なんでわざわざ? もったいないよ。化粧落としちゃったし」

「行くぞ」


 慧は、麻衣子の腕を掴んで部屋を出る。

 ラブホテルといえば、麻衣子のアパートから歩いて十分くらいのところに二軒あった。

 駅と逆方面なんだが、慧は場所を知っているのか、迷わず歩いて行く。


「どっちがいい? 」

「どっちがって言われても、ラブホテル初めてだしわかんない」


 入り口のプレートに値段が書いてあったが、値段は代わらないようだ。

 ラブホテルの品定めをしていると、帰宅途中のサラリーマンに横目で見られ、麻衣子は恥ずかしくてうつむいてしまう。


「しゃーねえな。まあ、どっちでもいいか」


 慧は麻衣子の腕を引っ張って、目の前のラブホテルに入った。

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