第17話 二人でカラオケ

 慧はA定食、美香はC定食を頼み、向かい合って座って食べ始めた。


「松田君って……、セフレがいっぱいいるって本当? 」


 いきなり切り出してくる美香に、慧はおもいっきり吹き出してしまう。


「はあ? いねえよ、そんなには」

「そんなにはってことは、何人かはいるんだ? 」

「……」


 慧は無言で答えない。


「ね、あたしなんかどう? まいには内緒にしとくから」


 慧は、チラッと美香に視線を向けると、小さくため息をついた。


「めんどくさいからいい。間に合ってるし」

「フーン、それはまいがいるから? それとも他にもセフレがいるから? 」

「おまえ、麻衣子の友達じゃねぇのかよ? 」

「友達だよ。で、どっち? 」

「麻衣子がいるから」


 くだらない! とばかりに、慧は定食のご飯を頬張る。


「そっか、なら良かった。なんだ、両想いじゃんか。まい、今日凹んでたんだから。あんた男ならちゃんとしなさいよ」


 美香は、慧の気持ちに探りを入れていただけらしい。


「うるせーよ。リーマンに声かけられて浮かれてたの間違いじゃねえ? 合コンやんだろ? 」

「フフッ、やっぱり聞いてたか?

やきもち? 」

「バッカじゃねえの? 」


 慧は、かなりの勢いで定食を食べ終わると、水をガブ飲みする。


「ちゃんとさ、言葉で意思表示してあげなよ。あの子、見た目と中身がかなりギャップあるんだから」

「知ってる」

「ならいいけど……。あんま放置してると、知らないリーマンに持ってかれちゃうかもよ」

「別に……」


 美香は、慧の表情を観察して、ニンマリ笑った。

 別にという慧の顔が、明らかに不機嫌で、どうでもいいと思っているようには見えなかったからだ。


「まあ、今回の合コンはあたしも行くし、ヤバいことにならないように見張ってあげれるけどさ、他の二人とつるんでたら、確実にアウトな目に遭うよ。そうなる前に、首輪つけといた方がいいと思うけどね。で、これあたしのラインIDね。合コンの時に報告してあげるから、松田君のも教えてよ」


 慧は、ブスッとしながらも美香とラインの交換をする。


「ところで麻衣子は? 帰ったのか? 」

「部室に顔出すとか言ってたよ」


 学習しない奴だなと、慧は舌打ちする。

 昼間の部室は、拓実が食虫植物のように、ズボンのチャックを開いて待ち構えているからだ。


「俺、用事できたから」


 慌てて食堂を出ようとすると、美香がまだ話しがあったと、慧の洋服をむんずと掴んだ。


「ね、あんたの席の近くの渡辺美和、あれには手を出した? 」

「おまえね、俺のこと何だと思ってんの? 」

「やりちん? 」


 慧は、諦めたように大きなため息をつく。

 麻衣子の友達だし、麻衣子が自分のことを話すとしたら、あまり良いようには言わないだろうし、下手したら毎日何回も麻衣子を襲う鬼畜的なイメージを持たれてるかもしれない。


「しねえよ! 麻衣子だけで満足してんだから」

「それ、まいに言ってあげればいいのに。まあ、渡辺さんには気軽に手を出さない方がいいよ。めんどくさくなるから」

「行くからな! 」


 今度は美香はヒラヒラ手を振って、慧をスンナリ解放してくれる。

 慧は定食のトレーを片付けると、足早に部室に向かった。



 その頃の麻衣子は、部室の入り口でフリーズしていた。


「ア……アンッ、アアァ! 」


 明らかに喘ぎ声が部室から聞こえてきたからだ。

 部室には、夏合宿の出席を書き込みに来ただけだから、別に今じゃなきゃいけないということもないのだが、あまりにビックリしすぎて、手をドアノブにかけたまま動けなくなってしまった。

 ドアノブはわずかに回してしまったから、開けるにしろ離すにしろ、確実に音がしてしまう。


 声は絶え絶えに聞こえてくるが、明らかにセックスの最中であることは間違い無さそうだ。


「何してるのよ? 」

 いきなり後ろから声をかけられて、驚きのあまりドアノブから手を離すと、わずかに開いたドアの隙間から、さっきよりもはっきり喘ぎ声が聞こえてきた。


 振り返ると、同級生の相田花怜が爆乳を強調させるように腕組みして立っていた。

 花怜は拓実の彼女になったのだが、以前拓実が麻衣子に手を出そうとしていたことを知っており、何かと麻衣子に対して当たりがきつかった。


「あ……あの」


 麻衣子がおろおろしていると、花怜はいきなり鬼のような表情になり、麻衣子に飛びかかってきた。いや、麻衣子ではなくドアにだった。

 ドアを蹴破る勢いで開けると、凄まじい勢いで部室に飛び込む。


「相田さん! 今はまずいよ! 」


 部室の中では、拓実と二年の沢田愛理がまさにヤッている真っ最中だった。


「拓実先輩! また浮気して!!

「花怜? いや、これは……」


 拓実は、慌てて愛理から離れると、後ろを向いてごそごそとズボンのチャックを閉めようと奮闘していた。

 愛理は慌てるでもなく、また悪びれた様子もなく、下着を整えると拓実の腕に手を絡ませた。


「やあね、相田さん。浮気じゃないわよ。拓実先輩、あんたと別れるって言ってたし」

「嘘! そんなことないもん! あんたは遊ばれただけなのよ! あたしが本命だもん」

 花梨はおもいっきり拓実を引っ張る。愛理も負けじと拓実を離さない。


 ウワーッ、修羅場だ……。


 麻衣子は部室に入るでもなく、三人のやり取りを見ていた。

 花梨も愛理も、拓実を責めることはなく、お互いをけなし合い、拓実の本命はどっちだみたいなことで掴み合いにまで発展しそうな勢いだ。


「何やってるんだ? 」

 後ろから肩を叩かれ、振り返ると慧が呆れたように部室を覗き込んでいた。

「さ……松田君」

 麻衣子は名前を呼びそうになり、慌てて名字に言い直した。


「修羅場……だな」

 なんとなく理由を察した慧が、静かにドアを閉めた。

 ギャーギャーという騒ぎ声が小さくなる。

「用事はまた今度にしとけ」

「それはいいけど、放っておいていいのかな? 」

「まあ、自業自得だ」

 慧は、珍しく麻衣子の肩に手を回して歩きだす。


「さ……松田君も部室に用事があったんじゃないの? 」

 慧は、言いにくそうに名字を呼ぶ麻衣子を一瞥すると、不機嫌そうに呟いた。

「別に……用事はない。おまえ、バイトは夕方からだろ? 」

「うん」

「じゃ、カラオケ行くぞ」

「カラオケ? 」


 慧の一応の意思表示だった。

 つまりは、初デートに誘ったつもりだったのだ。


 慧は麻衣子の前をズンズンと歩いて、大学近くのカラオケボックスに連れて行った。

 そう、麻衣子のトラウマになっているカラオケボックスだ。しかも、部屋は慧がこの前使っていた部屋しか空いていなかった。

 麻衣子は、微妙な面持ちで椅子に座る。


 なんでここかな……。


 麻衣子にはデートという認識はなく、居心地の悪さに歌うところじゃない。慧は、全くもって失念していた。というか、未遂だったわけで、そんなに麻衣子が気にしているとも思っていなかったし、まさか自分が愛実とやったのがバレてるとも思っていなかった。


 慧はグリーンの曲を入れて歌いながら、麻衣子の身体を触る。

 結局歌ったのはこの一曲で、後はいつも通りヤリまくってしまう。

 つまり、デートのつもりが、場所が違うだけで、家にいる時と何ら変わらなくなってしまったわけだ。


「おまえさ、何で大学だと名字で呼ぶわけ? 」

「だって、名前で呼んだらなんか親しげかなって……」

「フーン。まあ、何でもいいけどよ。めんどくさくない? 」

「別に……」

「あと、何で今日スカートなわけ?ヤリやすくていいけどさ。さすがにズボン下ろして、ここじゃできないもんな」


 久しぶりにスカートを履いたから、ムラムラした慧が、家に帰るのも待てずにカラオケボックスに連れてきたのか……と、麻衣子は解釈した。

 デートだという認識は更々ない。


「大学でも名前で呼べば? 」

「えっ? いいの? 」

「いいんじゃね? ってか区別するのめんどいし、今さらおまえに名字で呼ばれても気色悪い」


 大学であまり話しかけることもないしそれでもいいのか……と、麻衣子は理解した。


 慧の言いたいことは、麻衣子には伝わっていなかった。

 カラオケはデートのつもりだったし、名前を呼んでもいいって言うのも、特別な意味でだったのだが……。

 今さら付き合いましょうというのも気恥ずかしい。慧の精一杯のアピールのつもりだったのだ。


 今の麻衣子の頭の中は、この部屋でヤリなれている慧を見て、やっぱりあの声の女の子とやったんだろうな……というやきもちでいっぱいで、慧の分かりにくいアピールには気がつかない。


 麻衣子のバイトの時間ギリギリまでカラオケボックスで粘り、麻衣子はスカート&ハイヒールとは思えない全力疾走を余儀なくされたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る