第190話 おいかけっこ

「お……おまえの……体力……どうなっていやがる?! 」


三十分程構内を走り回り(階段も登り降りした)、ギブアップしたのは慧だった。

慧もそこそこ体力はある(H持続体力)方である筈だが、佳奈はケロッとして座り込んで肩で息をしている慧に笑顔を向けていた。


マジでこいつ怖い! 色んな意味で……。


「毎年、フルマラソン走ってるから」

「茶道部じゃなくて、陸上部へ行け!」

「マラソンは好きだけど、タイムが速い訳じゃないの。マラソンってね……」


どうでもいい話しだ。


自分でふっておいて、失礼なことを考える慧であった。マラソン談義を始める佳奈の話しをスルーしつつ、息を整え、いつでも逃げられる体力を蓄える。


「で、俺に話しって何だ? 会った筈だよな? 」

「そうよ。本当に!素敵だわ! 運命なのよ! ……で、話しだけど」


慧の同意を得られず、シラッとした視線にもめげずに、佳奈は話しを続ける。


「実はね、私の趣味に無線もあるんだけど、前に慧の家に行ったときに気になってたのがあって、多分あれ……盗聴器なんじゃないかしら? 」

「何ヵ月前の話ししてんだよ」


まさかの自白か?! と思いきや、佳奈は以前の持ち主が盗聴されてて、引っ越しの際に取り残されたんじゃないかと強調してきた。


「いや、だって、あの家完全リフォーム入ってんぞ」

「でも、元からあったもの! 」


もしかしたら、慧の行動で盗聴器がバレたことに気がついて、回収しようと目論んでいるのかもしれない。


「とにかく、一度私に見せてみてくれないかしら? あれから盗聴器の仕組みについて調べてみたのよ」


わざとらしい言い訳だが、ここはのってみて様子を伺うか?


「まあいいけど、今日はちょっと……」


麻衣子のいない家に上げて、襲われたらたまったものではない。


「まあ、どうして? 麻衣子さんは仕事でいないんじゃないの? 麻衣子さんには知らせない方がいいんじゃない? 気味悪がるでしょうから」

「……何でそう思う? 」


もしかして、尻尾を掴んだか?! と、慧は佳奈の様子を注意深く観察する。


「あら、普通気味悪いでしょ? 自分達の私生活が駄々漏れだなんて」

「そっちじゃねぇよ。麻衣子がいないって、何で知ってんだよ」

「麻衣子さん、仕事が忙しいって、前にラインで言ってらしたし、土日出勤もあるのかなって、勝手に想像しただけだけど。慧が一人で喫茶店にくるなんて、家に麻衣子さんがいたらしないんじゃない? しかも、わざわざバスに乗ってなんて」


逆に、慧の行動のおかしさをついてくる。佳奈の言動にキョドった感じはなく、慧の何かを読み取るような目付きは粘着質なものだった。


「別に、大学に用事があったついでだし」

「用事って? レポートとか出てないわよね? 」

「忘れ物だよ。忘れ物を取りに来たんだ」

「ふーん、で、あったの? 」


明らかに、慧の言葉は嘘だとふんでいるような表情で、何も持っていない慧をじろじろ見る。

立場が逆転してしまったかのようだ。


「あ……あったよ」


手ぶらで何言ってるんだという感じだが、今さら引けない慧はポケットをゴソゴソする。

何も入っている訳……あった!


昨日、久しぶりにつけた麻衣子との揃いのネックレスが、うざったくなってポケットに突っ込んでいたのだ。


「これだよ! 麻衣子から貰ったやつだから、なくしたらヤバイと思って探しにきたんだ」

「ふーん、あって良かったね」


見つかって良かったという意味なのか、偶然ポケットに入っていて良かったねという意味なのか、それ以上ネックレスについての佳奈の詮索はなかった。


ただ、佳奈も盗聴器がバレたんじゃないかと疑っているのは間違いないようだし、ここは仕切り直しをする必要があるだろう。

第一、盗聴器を突きつけても、自分の物じゃないとしらを切られたら、警察でもないのだから調べようがない。


「やっぱり、麻衣子さんはいないのね? なら、もしかして大学には恭子先生に会いにきたの? 」

「だから! 忘れ物だって言ったろ! 見せたろ! おまえの頭はザルか? 」

「だって、最近恭子先生の誘いにのってないから」

「あれは……あれだ! 気の迷いだ! 終わりだ終わったの」

「……男って勝手ね」


哀愁漂わせてため息をつく佳奈に、おまえが男を語るな! ……と怒鳴りたいのをグッと堪える。勝手に終わりにしたのは慧で、それについて恭子とは一切話していなかったのだから、勝手だと言われればその通りなのだ。ただ、それを言っていいのは、麻衣子であり恭子であり……佳奈じゃないことは確かだ。


「まあ、終わったんなら良かったわ。恭子先生には敵わないもの」

「……(おまえは誰にも敵わねぇよ! )」

「じゃあやっぱり、今日おうちに伺うわ。麻衣子さんがいないなら、色んな面で好都合じゃない?」


マジで勘弁してくれ!

俺はおまえと二人っきりになって、殴り倒さない自信がない。っつうか、生理的に無理なんだよ。


オールOKな慧からしたら珍しいことだが、心底鳥肌がたつくらい拒絶反応が出た女は、それこそ佳奈が初めてだった。

多分、目の前で全裸で足を開いていても、ガン無視できる……いや全力で逃げ出すことは間違いない。


「……無理」

「だから、麻衣子さんが知らない方がいいって」

「絶対無理」

「ウフッ、麻衣子さんに後ろめたいから? 」

「な訳あるか!! 」


一対一にならなければいい訳で……。


「そうだ! ちょっと、待て」


まるで犬にステイをさせるように手で佳奈を制すると、慧はスマホを取り出した。

電話帳の中から前の大学の部活関連の番号を開く。


こいつだ!


慧のスマホには、中西和正と名前が出ていた。

うっとうしいくらいチャラけた奴だが、何故か知り合いの幅が広く、慧なんかよりも気軽に知らない奴とでも話せるスキルを有していた。


こいつなら、西条とも互角にやりあえる筈だ!!


迷うことなく、慧は中西の名前をタップする。発信音がして、すぐにあのチャラけた声が耳元で響く。


『もしもーし、中西スピーキング』


拳を握りたくなりながら、慧は苛立たしげに足を鳴らした。


『おまえ、今日は暇か?! 』

『デートのお誘いっすか? 』

『殴るぞ! 』

『怖いっす~! 』

『で、暇なのか? 暇じゃないのか?! 』

『暇と言えば暇っすけど、暇じゃないと言えば暇じゃないような』

『わかった、暇なんだな。じゃあ、今すぐ俺のマンションの前にこい。すぐにだ! 』


慧は理由も告げずに電話をきり、佳奈に向かい合う。


「とりあえず、俺はまだ用事がある。終わったら連絡する」

「あら、付き合うわよ」

「無理! とにかくついてくんな!」


用事などないし、中西が家にくるのを待つだけだから、ついてこられても困る。ついてきたら、絶対に家には上がらせない! と宣言し、佳奈を放置して大学の裏口から表に出る。


それにしても佳奈はどういうつもりなのか?

他人が仕掛けたとか言い訳して、盗聴器を葬り去るつもりなのか?

何としても佳奈に盗聴器を仕掛けたことを認めさせ、これ以上つきまとわないようにさせないといけない。

そう決意した慧は、どうすれば佳奈にまいった! と言わせられるか考えながら、闇雲に歩いて時間を潰した。



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