第191話 亜美の活躍

 中西:ついたっすよ


 中西からラインが入り、慧は軽くヨシッ! と呟いた。

 さらに、追伸が届く。


 中西:あれって、先輩の同級生っすかね? エントランスの前に座ってる女子がいるんすけど


 後で連絡すると言ったのに、佳奈はすでに慧のマンションの前でスタンバっているらしい。


 慧は慌ててバスに乗り、家に向かう。マンションにつくと、中西が手を振り、亜美がその横で頭を下げた。


「樫井も来てくれたのか」

「暇だったので」


 相変わらずの無表情……というか前髪で顔半分が隠れているので表情が読めない。


「慧。 もう! 待ったぞ」


 慧が来たことに気がついた佳奈が、走り寄ってきて慧の腕を掴んだ。


「慧? 」


 名前を呼び捨てにして、親しげな態度の佳奈に、中西は躊躇ったように佳奈と慧の顔を見比べる。


「離せ! 鬱陶しい! 」

「もう、恥ずかしがり屋さんなんだからぁ」

「先輩、さすがっす! 麻衣子みたいなイケテる女を彼女にして、なおも新ジャンルをも開拓するとは。イヤァ、見習いたいものだなぁ。……イテッ!! 」


 慧に頭を叩かれ、亜美に尻をつねられた中西は、頭と尻を擦りながら酷いっす! と、ぶつぶつ文句をたれる。


「ところで、何の用事だったんすか? まさか、2号さんを見せびらかす為じゃないっすよね? 」


 今度は鳩尾に拳がめり込み、中西はケホケホ言いながらよろめいた。


「マジで酷いっす。映画観るの止めて来たのに……」

「悪い、悪い」


 少しも悪いと思っていなさそうな慧は、中西の首に腕をかけて引き寄せた。そして、中西にしき聞こえないくらい小声で言う。


「いいか、これ以上あの女をつけあがらせるようなことを言うのは止めろ! あいつはただの同級生で、つけ回されて困ってんだ」


 佳奈と二人っきりになるのを防ぐ為に、誰とでも気楽に話せる中西を呼んだのだが、佳奈を調子づかせることばかり言う中西に、慧は歯ぎしりする思いだった。


「了解っす」


 中西とボソボソ話している間に、亜美と佳奈が再開の挨拶をしていた。


「久しぶり」

「お久しぶりです。亜美……さんでしたっけ? 」

「そうだ。おまえは……誰だったかな? 」

「西条佳奈です」

「ああ、そういえば派手目な友達から佳奈って呼ばれていたか」

「派手目……ね。彼女美人だったでしょ? 」

「そうか? おまえも彼女も大差なく見えるが」

「もう! またまたぁ! 亜美ちゃん 前髪長過ぎて見えてないんでしょ」


 佳奈は、見た目地味同士親しみやすいと思ったのか、亜美の言葉に上機嫌になり、馴れ馴れしく亜美の前髪をかきわけた。

 一瞬手が止まり、佳奈の表情が硬直する。

 それはそうだ。自分と同類だと思っていた亜美が、実は芸能人並みの美少女だったのだから。亜美に比べたら、佳奈も凛花もどっこいどっこいなのかもしれない。それくらいレベルが違っていた。


 亜美は眩しそうに眉をしかめ、前髪を元に戻した。


「眩しいから止めて」

「は……い」


 佳奈はすっかりおとなしくなり、黙りと下を向いた。自分の見た目にコンプレックスを持っている佳奈だから、通常は美男美女の前に出ると必要以上にオドオドしてしまう。卑屈になり、パシリのような行動をとってしまうのもその為だった。

 大学に入ってしばらくは、凛花が大学一可愛いと思い、その取り巻きに入ることができた。それが、慧が編入してきて、大学一可愛い筈の凛花よりも自分を選んだ(多大な勘違いだし、慧にしたら部活に入っただけ)ことにより、モンスター佳奈が誕生してしまった訳だ。

 その佳奈を元の卑屈な状態に戻してしまうくらい、亜美の美少女ぶりに衝撃を受けた。


 中西に釘をうって戻ってきた慧は、佳奈の変貌ぶりに気がつかなかった。最近では顔を真っ直ぐ上げ、不気味な笑顔をたたえていた佳奈が、すっかり萎れて「ええ、まあ……」くらいしか話さなくなっていたのだが。


「とりあえず、部屋に行くか」


 三人を引き連れて、マンションに入る。その時も佳奈はうつむいて一番後ろを歩いた。


 その時佳奈の頭の中では、何でこの美少女ではなく、慧が麻衣子と付き合っているのか……ということでいっぱいだった。

 麻衣子も美人だし、スタイルも良いとは思うが、この美少女から見たら格段に落ちる。そう言えば、前に見た麻衣子の妹だって、麻衣子よりも可愛い上にずっと若かった。

 つまりは、慧は見た目で人を選ばない人(それは間違ってはいない。眉目秀麗さよりもSEXの相性が一番の問題だったから)……ということなんだろうか?


 だから可愛くても生意気な凛花を選ばなかった?

 でも、なら何で恭子先生を選んだの?

 あの人、男に媚びてばかりで、最悪なのに……。


 てっきり見た目の良い麻衣子に飽きて、タイプの違う自分を選んだんだ、不細工な自分にも存在意義があったんだ! ……と、それこそ薔薇色に染まった自分の未来を信じて疑わなかった。

 それがもし慧が見た目を問題にしない人ならば、根底から覆ってしまう。


 見た目よりも中身……とは考えない佳奈であった。


 元から思い込みの激しいタイプで、自分は不細工だという固定観念から抜け出せず、こんな洋服似合うはずがない、化粧したくらいじゃ変わらない、痩せたからって可愛くなる訳じゃない……と全てを否定し、不細工道を猛進(盲信?)してきた。

 そんな不細工な自分が大学一可愛い凛花に勝った( ? )ことにより、過大な自信をつけ、不細工でもいいんだ! 不細工にも需要があるんだ! と浮かれ上がり、慧の恋人気分で接してきたが、その自信がガラガラと崩れていく音が聞こえるようだった。


 話しは代わるが、その時美人と佳奈に称された麻衣子は、下着姿で大勢の人の前でランウェイを歩いていた。


 部屋についた慧は、ちょっと部屋を片付けるから待っててと、一人マンションの部屋に入ると、鍵を閉めて慌てて寝室にあったコンセントタップを元に戻した。


「お待たせ。ちょっと午前中模様替えしてたから、部屋が汚れてるんだけどな」


 みなでゾロゾロと寝室に向かう。寝室に入ると、慧は佳奈を促した。


「で、どれが怪しいって? 」

「怪しいって何っすか? 」

「いやな、引っ越しの手伝いにきてもらった時、うちの寝室に盗聴器らしき物体を見たって言うんだよ」

「盗聴器っすか? 寝室に? かなりエロいっすね」


 中西は何を想像したのか、言葉通り生唾を飲み込んだ。


「西条いわく、元からあったらしいんだけど……。そういや、樫井も手伝いにきてくれて、こいつ等と寝室片付けてくれたよな? 」


 皆の視線が亜美に注がれる。佳奈はオドオドとうつむき加減に亜美の様子を伺ったが、何せ表情が見えないから何を考えているのかさっぱりわからない。


「そうだ」

「その時、何か怪しい物が部屋にあったか? 」

「……記憶してない」


 いつも通りのぶっきらぼうな返答だが、佳奈にしたらこの美少女は何かに怒っているんじゃないか?自分の行為を見られたんじゃないかと、疑心暗鬼になる。もちろん、誰にも気がつかれないようにやった自信はあったし、バレる筈ないと思っていた。


「まだ物を運びこむ前の部屋は見たっすけど、何もなかったんじゃないかなあ? 」

「おまえの記憶は当てにしていない」

「酷いっす……」


 佳奈は真っ直ぐにベッドの方へ歩いていくと、ベッド脇の三口のコンセントタップは無視して、ガタガタとベッドを動かし始めた。


「手伝うか? 」


 亜美が手をかけると、一瞬でベッドが横にずらされる。


「オッ! こりゃ怪しいっすね」


 ベッドの足元の何もつながれていない一つ口のコンセントタップを見て、中西はこれか?! と手を伸ばそうとする。

 その手を亜美に思い切り叩かれて、中西はギャッ! と悲鳴を上げた。


「あにすんだよ?! 」

「バカだろ。素手で掴む奴があるか。これは犯罪だ。指紋が残ったら、和兄が犯人になるがいいか?」

「犯人?! 」


 中西は手を引っ込め、恐ろしそうにコンセントタップを眺め、佳奈も僅かに口元がひくついている。


「無論、先輩が警察に訴えたらだが」


 視線を一堂に浴び、慧は警察に訴えるまでは考えていない……と言いかけて止める。匂わすのも、犯人を炙り出すにはいいかもしれないと考えたからだ。


「本当に前からあった物なら、それって前の住人が狙われた訳で、知らせた方がいいかどうか、警察に連絡くらいはするかもだし、もしうち等がターゲットなら、相手の出方次第だな」

「出方って……?」

「そうだな……。謝って、二度と俺にも麻衣子にも関わらないって約束するなら、警察までは行かないかな。まあ、これが本当に盗聴器ならね」


 佳奈が来たのは三口タップの前で言った喫茶店だ。これじゃない。

 何故この存在を佳奈が知っていたのか?これも佳奈が仕組んだのか?


「これを盗聴器と確定した根拠は? 」

「……なんとなく? いかにも怪しいじゃない」


 亜美の問いに、佳奈は口元をひくつかせながら答える。


「なんとなく……か。見た目ではこの手の盗聴器はわかりづらい。中を見れば、チャンネルの種類が書いてあるのもあるが、一般人にはわからないだろう。第一、分解してみないことには、判断はつきにくいものだ」

「チャンネルって? 」


 中西がツンツンと亜美を突っつく。


「盗聴器は、ある周波数を出して盗聴した内容を飛ばす。このタイプなら、A・B・Cチャンネルが多いな。でも、それ以外のもあるから、何とも言えないが。素人が発見するには、ラジオを使ったり市販の盗聴器発見器を使ったりしないと。見た目じゃあな……」

「亜美ちゃんは、何でそんなに詳しいの? 」


 やはりこの美少女っぷりだから、盗撮盗聴は日常茶飯事なのだろうと思った佳奈は、恐る恐る聞いてみた。


「ただの趣味だ」


 趣味……、亜美の中西への執着ぶりを知っている慧は、こいつにはプライバシーは存在してないんだろうな……と、悲痛な視線を中西に向けた。


 自分に無頓着で、一人の人間な異常なまでの執着を示し、その為には手段を選ばない……そんな面においては、佳奈も亜美も似ているのかもしれない。

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