第192話 中西と亜美の恋人発言
「で、盗聴器かどうかわからないけど、とにかく怪しいこいつ、どうしたらいい訳? 」
中西が、靴下を履いた足先でコンセントタップをツンツン蹴る。
「専門家に任せるのがいいだろうが、頼むとかなり金銭がかかると聞くな。それも、盗聴器かどうか判別するだけだろうし、仕掛けた人間まではわからなだろう」
「す……捨ててしまえばいいわよ! そんなお金を使うのももったいないし、慧を狙った物かもわからないんだから」
「捨てる必要はないな」
亜美の一言に、佳奈の顔が歪む。
「この手のは、コンセントから直に電源を得ているから、コンセントから抜いてしまえば充電は切れて電波を出さなくなるだろうから。心配なら、家中のタップを抜いて、新しいのに変えればいい」
慧はわざとらしく、ベッド脇にあったコンセントタップを引き抜いてみせた。
「これも? 」
「確かめる術がないから、そうなるな。業者に頼むよりは安くすむだろ。犯人探しをしたければ、警察に行くんだな。こっちはタダだ。ただし、盗聴されてるって確証がなくて、警察が動くかどうかはわからないが(盗聴器を仕掛ける自体は犯罪じゃないから……)」
佳奈の顔色はドンドン優れなくなっていく。
警察沙汰まで話しが行くとは思わなかったのだ。
「慧……どうするの? 」
無理やりうすら笑いを浮かべて、佳奈が慧を見上げる。
「まだ決めてない。……とりあえず、全部引っこ抜いて新しいのと変えるさ。コンセントタップは……証拠として取っておく。まあ、これが盗聴器だってのも怪しい話しなんだけどな。でもまあ、これはつけた記憶がないから、怪しいっちゃ怪しいよな」
「先輩、今までで偶然バッタリなんてことが頻繁にあったことはないのか? 誰にも言ったことがなかったことがバレてたり」
慧はチラリと佳奈を見る。
そんなこと、ありまくりだ。旅行先まで現れた奴が目の前にいるぞ。
「まあ……なくはないかも」
「私! ……私、用事があるから、これで失礼するわ」
佳奈はバッグをギュッと握りしめると、慌てたように部屋から出ていく。
すぐにバタンと玄関のドアが閉まる音がしたから、かなり最速で家を出ていったらしい。
「何だ、あれ? 」
鈍感な中西は、意味がわからないと首を傾げ、亜美はああ……とつぶやいた。
これは盗聴器確定で、仕掛けたのは佳奈であると理解したようだ。
慧は盗聴器らしきコンセントタップを二つベッドの上に放り投げると、二人を促してリビングに向かった。
「彼女……なんだ? 」
キッチンでインスタントコーヒーをいれた亜美が、慧の目の前にマグカップを置きながら言った。
「彼女って? 」
「佳奈……さん」
「何が? 何が? 」
「盗聴器仕掛けたの」
「マジで?! ウワッ、コワッ!」
「だろうな。盗聴器のことは本人から言ってきたんだけど、多分俺が気がついてるってわかったからだと思う。ただ、俺が予測してたのと違うやつを言ったんだよな。何でかはわからないけど」
「予測とは? 」
慧がした小細工のことを説明する。
「なら、二つ仕掛けたのかも。バレた時用に」
「何でまた? 」
「本命を隠す為」
一つ口の方はダミーで、壊れていたりするのかもしれないと。盗聴が疑われた時にこれを指摘し、自分がつけたと暴露する。ただし、壊れているから実際は盗聴はしていないと言うつもりだったのではないか? もしくは、そんなに遠くまで電波が飛ぶタイプには見えなかったから、そう頻繁には盗聴できなかった……とでも言うつもりだったか?
まさか同じ部屋に二つも盗聴器を仕掛けるとも考えないだろうから、高性能の本命を隠す為のヘボいのをつけたのでは? ……というのが亜美の見解だった。
「で……先輩はどうするんだ? 」
慧はボリボリと頭をかく。
佳奈にウロチョロされるのは、はっきり言ってうっとおしい! 恋人気取りもウンザリだ。
けれど警察沙汰……まで行く程のことじゃないような気もした。盗聴されたことで、それくらいの大きな被害があったか……と聞かれると、まあ夏のストーキング行為くらいだが、大きな被害とは程遠い。
そんなこんなを思いだしつつ、慧は結論に達した。
「まあ、様子を見るかな。害がなければ問題ないし」
一番の大きな理由は面倒だ……ということだった。証拠として残しておこうかとも考えたが、数年後忘れて使ってしまいそうだったから、ゴミ箱行きが無難だろう。
「まあ、先輩が良ければそれでいい。ところで、今日は麻衣子先輩は? 」
「仕事みたいだな。遅くなるって話しだったけど」
「なんだ……では帰るぞ」
「えっ? もう? 」
コーヒーをすすっていた中西が、慌てて飲みきる。
「今なら、まだ映画に間に合うしな。和兄が見たいと言ったのだろう」
「まあ、そうだけど、別に今日じゃなくても……」
「うるさい、行くぞ」
亜美はマグカップをさっさと片付けて洗うと、軽々と中西を引きずって行く。
「二人で映画って、おまえらもしかして付き合ってんの? 」
ひきずられたまま、中西はアハハと笑う。
「まあ、何て言うか、日本中の女子の悲鳴が聞こえてきそうなんで、内緒にしてたんすけど、そんな感じっすかね」
「樫井、いいのかこいつで? 」
「問題ない」
亜美の返答は簡潔だった。
「あ、でも麻衣子だけは特別っすから。何せ、初恋同士っすからね」
「めでたいな、おまえ……」
二人の馴れ初めを聞いてみたい気もしたが、結局はどうでもいい話しだ。慧は、お疲れさん! と手を振るに留めた。
亜美が玄関前で、クルリと振り向いた。
「さっきの話しだが……」
「さっきの? 」
「警察云々。さっきは盗聴している人物を脅す意味で警察の話しをしたが、実は盗聴器を仕掛けることは犯罪にならない」
「はあ? 何でだよ」
「仕掛けるために家に入り込んだら、住居侵入で犯罪だが、招いて家に入れたのなら犯罪にならない。物を取った訳でもないから。盗聴内容を誰かに言ったり、例えばSNSにあげたりしたら犯罪。でも、自分だけで留めればセーフ。つきまとわれたりしたら、ストーカーの証拠くらいにはなりかもしれない」
「あ……そ」
つまりは、この盗聴器は犯罪の証拠にならないってことか?
ゴミ箱行き確定だな。
マンションに一人になり、目の前には複数のコンセントタップが。新しいのを買いに行くのもウザいし、どうすっかな……とソファーに横になり、結局はいつものようにスマホゲームにのめりこむ。
そのまま夜をむかえ、麻衣子が帰ってくるまで、慧はトイレと食事以外でソファーを立ち上がることはなかった。
★★★
バレたバレたバレたバレたバレた……。
時間は前後するが、慧の部屋から転がり出た佳奈は、エレベーターを待てずに、階段を使ってマンションを後にした。
心臓がバクバクしているのが、耳障りなくらいだった。フルマラソンを走る佳奈にしたら、階段を駆け下りたくらいじゃ、こんなに心臓があおることはない。
初めて出来た彼氏(佳奈の思い込みであるが)のことを、より詳しく知りたいと思っただけじゃない!
好きな人に好かれたくて、ちょっと魔が差しただけで、可愛い乙女心じゃないの。
それを寄ってたかって、警察沙汰にするとか何とか……。
第一、慧が悪いのよ……そうよ! 慧が悪いわ。
麻衣子とかいう彼女に飽きて(飽きてない)、正反対なタイプの私を選んだとばかり思っていたのに、麻衣子なんかより可愛い子がゴロゴロ慧の回りにはいるんじゃない?! つまりは、慧的にはそこそこの相手として麻衣子を選んだ訳よね。あれだけの美少女と比べたら、麻衣子も私もどっこいどっこいじゃないの。
そうよ、私の方が少し不細工だけど、亜美ちゃんに比べたら大差ない筈よ!!
私は慧にからかわれたんだ! 弄ばれたんだ! まさか、バージンなら誰でもいいとか?! そう言えば、信じられないけど、彼女も慧が初めてだったとか言ってたわよね?
イヤだ! 最低男じゃないの!!
佳奈は公園の椅子に座ると、ムッチリとした自分の身体を抱きしめる。
頭の中では、とんでもない妄想が広がり、思い込みが暴走を始める。
今では慧のことを、恋しい相手から、女のにっくき敵くらいにまで、佳奈の心情は変化していた。
そんな相手のために、犯罪者になる訳にはいかない。せっかく入った大学、高い学費を出してくれた両親の顔も頭に浮かぶ。
まさか、すでに盗聴器がゴミ箱行きになっていることを知らない佳奈は、ひたすら怯え、慧を憎む言葉をつぶやき続けた。
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