サードシーズン

第一章

第99話 新学期

 麻衣子達は大学三年になり、杏里は晴れて通信制の高校に入学した。


「部長さん、お疲れ! 」


 ニマニマ笑っている理沙に肩を叩かれ、慧は仏頂面をより歪ませる。

 本来は、昨年度副部長をやった二年がサークルの部長になることが多いのだが、昨年度の副部長は理沙がやっており、理沙の推薦と先輩達のごり押しで、今年度の部長は幹部未経験の慧に決定した。

 むろん、最後まで慧は拒否していたのだが、理沙の決定は絶対という雰囲気に、しょうがなく引き受けることになったのだ。


 新入生歓迎の垂れ幕とのぼりを手に、慧は二年の佑にラインをうち、場所を確認する。

 やはり理沙の一存で、佑が副部長に決定していた。新入生の勧誘は二年の仕事であるため、勧誘の場所取りしている佑に、慧達は垂れ幕を渡しに行くところだった。


「ったく、講義もないのに、なんだって大学にこなきゃならないんだよ! 」


 今日は大学入学式で、式の後に大学の説明会があり、部活やサークルの勧誘もその後に控えていた。

 講堂での説明ののち、フリーの勧誘を行い、興味のある一年を集めての飲み会になる。

 全てを部長が手配することはないが、指示は出さないといけない。慧は面倒くさいと文句を言いつつも、淡々とやることはこなしていた。元々は頭も良いし、要領もいい。やればできるタイプなのだ。

 ただ、見るからに嫌々だったし、数倍文句をたれながらだから、間を麻衣子が取り持たなかったら、きっとサークル内がギスギスした雰囲気になったことだろう。


 基本面倒くさがりの慧を部長に推薦した理由、それはただの嫌がらせと、慧がバタバタ動き回っている姿は、見たことがないから面白そうだというだけであった。嫌がらせは、主に先輩男子のヒガミであり、面白そうだとのったのは理沙であるが。


「だから、飲み会だけじゃなく付き合ってあげてるじゃん。ねえ麻衣子? 」


 一年生をフリーで勧誘する二年は、主に見た目重視で厳選され、チャライ系から正統派まで選りすぐりの七名で構成されていた。

 もちろん選んだのは理沙で、門から講堂までの間で新入生にビラを配るのが主な仕事だ。その他、声だし部隊が勧誘の本部になる場所に集まっているはずで、慧達はそこに向かっているのだった。


「いた、いた! 」


 校門の脇、一番いい場所に場所取りした佑が、数人の二年とテーブルを並べていた。理沙は手を振り、佑に声をかける。


「お待たせ! まだ一年生は戻ってきてない? 」

「まだですね。もう入学式は終わったらしいですから、もうすぐこっちに移動してくるはずですけど」


 慧は、佑に垂れ幕を渡し、のぼりをテーブル脇にくくりつけた。


「まあ、松田君はここに座っていればいいから。サークル説明は麻衣子がやるんでしょ? 」

「あたしじゃなきゃダメ? 理沙のが向いてると思うけど……」

「原稿読むだけだから。ほら、やっぱり見た目が重要だよ。麻衣子や佑君は一年を釣る餌よ、餌」


 それならば、同級生の相田花怜や四年の沢田愛理などの方が向いていると思うが、一時拓実と関係があったこともあり、理沙との関係が微妙であった。まあ、三年四年の女子で、拓実のお手つきじゃない女子の方が少なく、拓実が卒業して、ほとんどの拓実女子はサークルに顔を出さなくなってしまっていた。


 花怜や愛理が今でもサークルに顔を出すのは、男子の割合が増えた今、100%チヤホヤされるからである。


「ほら、一年がやってきた。勧誘、勧誘! 声だし部隊は、声だして! 」


 初々しいスーツ姿の一年生達が、校門から続々と入ってきた。


「入学おめでとうございます。テニス・スキーサークル、TSCです。月の活動は一回の飲み会のみ、合宿は……」


 理沙がサークル説明を繰り返し、声だし部隊はその後ろで合いの手のようにTSCです! と連呼する。

 麻衣子も佑達に混じってビラを配り、一年生に入学おめでとうと声をかける。


「徳田じゃね? 」


 一年生の一人に声をかけられ、麻衣子はその人物をまじまじと見た。

 茶髪に片耳ピアスをしており、いかにも軽そうな見た目をしている。似合っているかというと微妙で、顔つきはどちらかというと薄め淡白な感じだ。

 その一重で細い目に見覚えがある気がした。


「徳田だろ? 徳田麻衣子」

「ええ……っと? 」

「俺だよ、俺、中西なかにし和正かずまさ


 中西和正、中学の時の同級生だった。中学の時は、麻衣子とタメをはるほど地味で、丸坊主の目立たない生徒だった。図書委員を一緒にやっており、一時期は麻衣子と噂になったこともあった男子だ。

 噂といっても、実際に付き合ったわけでも、お互いに好きだったわけでもなく、真面目そうな二人をからかい、回りが囃し立てていただけであったが。


「中西……君? 図書委員の? 」

「だよ。いや~、まさか麻衣子と同じ大学なんて思わなかったぜ。しかも、すっげ、いい感じに変わったじゃん? 最初、わかんなかったし。声がなんか似てんなって思って、しばらくガン見しちったよ」

「ああ、化粧とかしてるから……」


 まさかの地味時代の麻衣子を知っている存在の登場に、麻衣子は動揺を隠せない。というか、なぜいきなり呼び捨てにされているのかわからず、つっこんでいいのか悩んでしまう。中学時代だって、名字は呼び捨てだったが、名前でなど呼ばれたことなかったのに。


「ってか、あのセーラー服。ダサダサだったじゃん」


 麻衣子の表情がピクピクなる。


「ごめん、サークルの勧誘中だから、また今度ね」

「何? 何サークル? 俺、行ってやってもいいぜ」

「いや、他に気になるとこあるなら、無理しなくていいし」

「別に。最初はみんなおごりだろ? いろんなサークル見て回るつもりだし、最初は麻衣子のとこでいいぜ」


 さりげなく拒否しているのだが、中西には届かない。


「麻衣子先輩」


 麻衣子が新入生にからまれているのかと思ったのか、佑が麻衣子は自分より先輩なんだぞとアピールするように間に割って入ってきた。


「何こいつ? 」


 先輩であるはずの佑をこいつ呼ばわりで、明らかに格下扱いだ。

 年齢は一つ下だし、童顔ではあるが、ここでは佑は中西よりは先輩なのだが、そんなこと関係ないと言うような態度に、佑はいつもの温厚な表情を曇らせた。


「中西君、相田君は二年生なの。あなたより年は下でも先輩よ。大学では年齢じゃなく、学年重視だから。」

「あ、そう。悪い。年下にペコペコすんのなれてなくて。それより麻衣子、大学案内してよ」


 あまり悪いとも思っていなさそうな態度で、佑は眼中なさそうに麻衣子の肩に手を回してくる。


「大丈夫、僕は気にしてないよ。そのうちわかるさ。麻衣子先輩、向こうで部長が呼んでましたよ」

「本当? じゃ、中西君またね」


 佑に引っ張られ、麻衣子は中西から離れた。


「何だよ、あいつ?! まいちゃんのこと呼び捨てって、知り合いなの? 軽々しく触ってさ! 」

「うーん、中学の同級生。そんなに親しかったわけじゃ……。もっと真面目な感じだったんだけどな」


 中学の中西は、地味で真面目でいつも本を読んでいるタイプだった。あんなになれなれしく話さなかったし、失礼な人間でもなかったはずだ。


「勘違いタイプか。大学デビューってやつ? 東京に出て来て張り切りたいのはわかるけどさ、頑張りすぎててちょっとイタイ」


 耳が痛い……。


 麻衣子も同じように大学デビューだったし、やはり入学当時は今より数倍気合いの入ったメイクに、常にミニスカ。ただ派手というより、誰とでも寝てそうな軽めな女に見えていたのだから。


「まあ……、ちょっと気合い入っちゃったんだろうね。でも、悪い子じゃない……なかったよ」


 今の中西を知らないのだから、なんとも言いようがない。ただ、庇うような口調になってしまったのは、中西を思ってというより、純粋に自分を重ねて耳が痛かったからで……。


「誰が悪い子じゃないって? 」


 佑と話して歩いているうちに、慧達のいる勧誘本部についていた。

 慧がブスッとした表情で、パイプ椅子にふんぞり返っている。


「麻衣子、新入生にナンパされてなかった? 」

「違うの、知り合いだったの」

「知り合い? 」

「中学の同級生。浪人したんだろうね」

「よくおまえがわかったな? 」


 慧は、杏里のアパートで麻衣子のイケてない時代の写真も見ているからか、中学の同級生と聞いて、素直な疑問を口にする。


「そりゃわかるでしょ? 」

「いや、こいつ詐欺だぜ。今と全然違うし」

「そうかな? ちょっと地味なだけじゃないですか? 学生だし、いいと思うけど」

「佑君? 」


 小学校時代しか知らないはずの佑が、普通に会話に入ってきたことに、麻衣子は?な顔で佑を見た。


「ああ、前に杏里ちゃんにまいちゃんのアルバム見せてもらったから」


 麻衣子の視線に気がついた佑は、可愛かったですよと笑顔で言った。


 いやいや、本物に可愛い妹と、女の子に間違われるくらい可愛い佑に、黒歴史写真を見られて可愛いって言われても、微塵も信用できませんから!


「おまえ、眼鏡かけろよ」


 慧の一言に、麻衣子は反論もできずにただ慧をジトッと睨んだ。


 中西の入学で、久しぶりにコンプレックスが刺激された新学期初日となった。


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