第100話 前彼……なわけあるか!
「にしても、おまえ化けたよな!同級生に会ってみ? みんながみんなびっくりするから」
中西は、麻衣子の隣りを陣取り、ただ酒をあおりながら、麻衣子になれなれしく話しかけていた。
四年は現役OB扱いで、事実上サークルの最高学年は三年生になる。つまり、麻衣子は最高学年であり、中西は中学の同級生とは言え、ぺーぺーの一年坊主だ。まだサークルに加入していないから、お客様待遇ではあるが、だからと言って一年が三年をおまえ扱いしていいわけではない。
第一、他の一年に示しもつかない。
本当はビシッと言わないといけないのだが、なれなれしくするなとも言えず、麻衣子は曖昧な笑顔で中西と距離をとっていた。
「そうかな? まいちゃんはそんな変わってないけど」
「……相田先輩だっけ? 麻衣子より一つ下じゃなかったっけ? 」
佑が麻衣子の隣りにやってきて、麻衣子におかわりのグラスを手渡す。
「幼馴染みなんだ。小学校のとき、まいちゃんと姉が仲良しで、僕も一緒に遊んでたから」
自分より昔の麻衣子を知っている存在の出現に、中西は変な対抗意識を燃やしたらしく、いきなり中学時代の麻衣子を暴露し始める。
「中学の時のこいつはすっげえ地味で、セーラー服とか超ダサダサだったんだぜ。スカートとか膝下で、やぼったくて、髪の毛もキッチキチの三つ編みでさ、前髪なんとオンザ眉毛だぜ」
それを言うなら、中西も丸坊主の田舎の少年そのもので、お下がりの学ランは卒業するまでダボダボだった。
が、そんなことを暴露し合ってもなんの足しにもならないのがわかっているから、麻衣子はグッと我慢する。
「今時の没個性の女の子達よりはいいんじゃない? みんな可愛くしてるけど、みんな一緒に見えるもんね」
「ああ、あんなザ・優等生みたいな女は他にいなかったな」
佑がフォローする度、中西は麻衣子をこき下ろす。
しばらくそんな攻防が続き、麻衣子の笑顔も限界に近付きつつあった。
「麻衣子、一ヶ所にいないで、他のテーブルも回ってよ」
理沙がグラス片手に麻衣子達のテーブルにやってきた。
「いいじゃん、俺ら久し振りなんだから、ちょっとくらい話させてよ」
理沙は、ジロリと中西を見る。
「話しをさせてください!だよ。あと、先輩に対していいじゃんはないから! 言葉に気を付けなさい」
理沙の厳しい口調に、中西は鼻白んだように、「ああ、はい……」とつぶやくと、ばつが悪そうにビールを飲み干した。
「理沙先輩、うちで部長より権力者だからな」
「佑君、聞こえてるよ」
理沙にヘッドロックをかけられ、佑はギブ! ギブ! と理沙の腕を叩く。
「じゃ、中西君、あたし他の一年に挨拶に行くから」
立ち上がろうとした麻衣子の腕を、中西は強く掴んだ。
「ちょっと待って! ほら、久し振りに会った元恋人なんだから、まじでもう少し……な? 」
「は? 」
意味がわからず、麻衣子は愛想笑いも忘れて真顔で聞き返した。
理沙と佑も動きが止まっている。
「ほら、自然消滅みたいになったけど、俺ら中学時代は好き同士だったわけじゃん? 元サヤもありだと思うし、俺も今は彼女いないからさ」
鼻の穴を膨らませて、目尻を下げて言う中西の顔を、穴があくんじゃないかというくらいガン見する。
何がどうなったら元恋人になるのかわからない。好きだった記憶もないし、好きだと言われた記憶もない。
「……そうなの? 」
理沙の問いに、麻衣子は首がちょんぎれるかというくらい首を振る。
「俺ら純情だったから、お互いに意思表示はできなかったけど、図書室で、毎日デートだってしてたし」
開いた口が塞がらないとは、今の麻衣子のことだろう。
予想外なことを言われ、言葉も出てこない。
「……図書委員だったから、仕事してただけだけど」
やっと出た声はかすれていた。
「係の日じゃなくても、図書室で会ってたじゃん」
「勉強してただけだし……」
「回りの奴ら公認だったよな」
「からかわれてただけだし……」
「手もつながないくらい純情な恋愛だったけど、今なら大人な恋愛もできると思わね? 」
中西には麻衣子の声が聞こえていないのか、一人昔を懐かしむように天井を仰ぎ、髪をかきあげてフッと前髪に息を吹きかける。
かっこつけているような仕草を気取っているが、かなり……気持ち悪いです。
「思わない」
何くだらねえこと喋ってるんだよと言わんばかりの表情の慧が、いつの間にか麻衣子の後ろに立っていた。
「慧君! 」
「おっ、部長」
慧の出現に、面白くなりそうだと理沙はちょっと慧をつついてみる。
「なんかさ、この一年、麻衣子の元彼らしいよ」
「えっ?あっ、ちょっと! 」
事実無根な内容に、麻衣子は慌てて否定しようとする。
「なんでも、超純愛だったとか!今彼としては、心中穏やかじゃないんじゃない? 」
「今彼?! 」
中西は驚いたような表情を浮かべていたが、すぐに慧を見てうんうんとうなづく。
「そっか、麻衣子は俺が忘れられなかったんだな。俺も昔は真面目なだけが取り柄みたいな感じだったし。まあ、今じゃ180度変わっちまったけど」
もう、みんなただただポカンとするばかりだった。
確かに、慧は今流行り感はないし、見た目にお金も労力も使うタイプではないが、顔のパーツは悪くはない。
よくよく見れば、目は一重だが切れ長だし、鼻はシュッと細く高い。唇は薄めで、歯並びがやたらと良かった。
身長は高過ぎず低過ぎず、毎日のSEXのおかげか、身体はいい感じに細マッチョだ。
黒髪に銀縁眼鏡のせいか真面目な感じに見えるが、麻衣子が中西を忘れられずに慧と付き合った……なんてどこをどう見たら思えるのか?! というくらい、造作に違いがある。
「こいつ、うちのサークル出禁でいいか? 」
「まあ、気持ちはわからなくはないけど、部長たる者、私情に流されたらいかんよ」
ここまでくると、中西のポジティブさに笑いが込み上げてきて、理沙は中西をサークルに入れる気満々になっていた。
「中西君とやら、麻衣子はすでに新しい恋愛に進んでるけど、まあチャンスがないわけじゃない。なにせ、うちのサークルの男子の半数は麻衣子狙いだしね。すきあらば……ってね」
「ちょっと、理沙……」
「本当じゃん。相手が松田君だしね。いつ麻衣子が愛想尽かしてもおかしくないじゃん」
慧を目の前にして、理沙はズケズケ言う。慧も、そんな理沙には慣れているからか、気にするふうでもなく、いつも通り仏頂面で空いたグラスにビールを注ぎ、麻衣子と中西の間に陣取った。
「二人はいつから付き合ってるわけ? 」
相変わらずタメ口の中西に、慧は心底ウンザリしたような表情を浮かべたが、一応返事はする。
「一年の始め」
「じゃあ三年目? 倦怠期もうすぐじゃん? ってか、今はどうよ? 浮気とかしたくならない?」
「浮気なら、去年したよね」
理沙をジロリと睨み、慧はため息をつく。
酒の席は無礼講とは言え、なんだって一年にそんな話しをしないといけないかわからない。
「もうしねえよ! 」
「へえ、真面目っぽいのに、やることやるんだな。それで麻衣子は許したんだ? ふーん、浮気OKなんだ」
どこに感心したのかわからないが、「いい女じゃん」とかほざいていた。
「で、中西君はうちのサークルに入る気はあるのかな? 」
「そうだなあ……、まあ、麻衣子がどうしてもって言うなら入ってもいいけど。」
「いや、言わないけど……」
「恥ずかしがるなって。元彼の出現に、心揺れちゃってたりするのはしょうがないよな。今彼の手前、入って欲しいなんて言えないだろうし。いいぜ、サークルに入ってやるよ」
「ふむ、入部ね。じゃ、あっちで名簿に名前書こうか。じゃ、今日から君はうちの一年ってことで」
理沙は楽しげに中西を引っ張って、「一名様御入部~! 」と叫びながら、テーブルを回って歩いた。
「おまえ、あんなんと付き合ってたわけ? 」
「まじでない! 」
一ミリたりとも誤解されたくなく、麻衣子は力いっぱい否定した。
「……だよな。あんなんと同レベルなら、俺爆死すっかも」
「彼氏だったことはまじでなかったけど、中学の時の中西君は全く今と真逆な子だったんだけど……。真面目でおとなしくて……。なんであんなんになっちゃったんだろう? 」
「知らね。意味わかんねえ自信つけたんじゃねえの? まあ、あんま喋らなくても、頭の中じゃおまえと付き合ってるって妄想膨らましてたんだろうよ」
そう考えると、ちょっと怖い。
「まいちゃん、中西とは二人っきりにならないように気をつけてね」
「うん……」
おまえともな……、心配そうに麻衣子の手を握る佑に、慧は心の中でつぶやく。
この最初の飲み会で、八人の新入生がサークルに入部した。中西はその筆頭で、一年生をしきりながら、次々に入部名簿に名前を書かせ、五人は中西に押しきられて入部したようなものだった。
初日からの大量入部は、拓実が二年の時に勧誘した時以来の快挙で、拓実が卒業した今、サークルが衰退していくのでは? と心配していたOB・OGは、新入生入部の報を受け、財布の紐をかなり緩めてくれた。
おかげでサークル活動費もかなり集まり、会計の理沙は一人ニンマリしていた。
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