第101話 勘違い男 中西君

「中西氏、なかなかいい働きするね」

「……」


 今年は一年生が豊作で、あまり人数が多すぎると、おごりきれないんじゃないかってくらい入ってきた。

 しかも、男女均等にだ。

 その勧誘の功績は、佑と中西半々(男子の半数は麻衣子狙いかと思われるが)だった。

 佑はその可愛らしい容姿と、親しげな態度で、女子や一部の男子をゲットできるのはわからなくもないが、中西はさっぱりわからない。

 見た目チャラい系でも、造作はごまかしきれないところはあり、とにかく話術による部分が多いみたいだ。それにしても、中学時代の中西からしたら、こんなに人と喋れるなんて、想像もできなかった。


「なんであの子、あんなに自信満々なんだろうね? 」


 理沙の問いに対する正解など麻衣子にわかるはずもなく、麻衣子は首を傾げる。


「さあ? 」


 自分はモテてる! と思い込んでいるようで、そのノリが一部女子にはウケ狙いと写り、面白い人と認識されているようだ。ごく、本当にごく一部の女子には、ファンみたいな子もいるらしいが、その心理は麻衣子にも理沙にも理解できなかった。


「ところで、今回の夏合宿だけどさ、麻衣子どれにも不参加ってまじで? 」


 まだ合宿の日時も場所も、三年の企画担当(理沙である)しか知らなかったが、麻衣子は早々に不参加と話していた。


「部長である松田君は強制全参加だよ」

「だろうね。ほら、今年は新入生もいっぱいいるし、ちょっとお財布事情がね……。バイトしないとなんだよ」


 貯金がないわけではなかったが、杏里も高校に入ったことだし、少し援助もしようと考えていたため、夏休みは目一杯バイトを入れようと考えていた。

 そんなわけで、通常の居酒屋のバイトにプラス短期バイトも考えており、それを探している最中でもあった。


「ならさ、一週間くらい海の家でバイトとかどう? 」

「海の家? 」

「そう。昼間は海の家、夜はそこが経営してるペンションの手伝い。三食泊まる場所つきで、バイト代は一日一万五千円。自由時間は泳ぎ放題」

「やる! 」


 一日一万五千円なら、一週間で十万は越える。拘束時間は長いかもしれないが、こんなに割りのいいバイトはないだろう。


「バイト場所だけど、うちの叔父さんのペンションなんだよね。実は、合宿もそこを考えてるの。人数くれば、宿泊費もガッポリ入るし、麻衣子がくればOBも呼べて集客大! 」


 合宿費は一年からもとるから、人数が増えるほど集金の額も増える。余ったお金はサークル活動費に回せるから、なるべく沢山の部員の参加が望ましいということらしい。


「つまり、合宿する場所でのバイトってこと? 」

「そう。しかも今年は、そこ一ヶ所だけにした。その代わり、一週間行くことにして、前半組、中盤組、後半組にわけるの。もちろん、全参加もOK。今までの合宿は、現役オンリーだったけど、OBやOGにも声をかけるから、就活にも役立つってわけ」


 確かに、卒業した先輩達と話せば、色んな会社のこともわかるだろうし、就職を考えるときの手助けにもなるかもしれない。

 四年生は就活真っ只中だろうし、気分転換も兼ねて、相談もできればベストだ。


「いいね、OBには連絡どうするの? 」


 葉書をだしたりすれば、それはお金も労力もかかってしまいそうだ。


「サークルのホームページ、たあ君に作らせた。そこにOB限定でアルバムとか閲覧できるようにしてあって、合宿のことも乗せてある。個別にメールも送る予定。今のところ、OB十人くらいはくるんじゃないかな。目標三十人! 」

「あのさ、そんなに泊まれるペンションなわけ? 」

「マックス五十人くらいかな? まあ、うまく振り分けるから」

「何を振り分けるんすか? 」


 部室にやってきた中西が麻衣子を見つけて小走りでやってきた。


「夏合宿の話し。今年は海オンリーにしたの」

「海っすか? いいっすね。麻衣子はくるんだろ? 」


 理沙には若干敬語になった中西だったが、麻衣子には相変わらずなれなれしい。


「麻衣子は全参加よ。まあ、バイトに入ってもらうんだけどね」

「じゃあ俺も全参加にしよっかな」

「中西君、全参加って一週間だよ。合宿費もかなりかかるけど」

「でも海だろ? 焼き放題じゃん。日サロの費用浮くし、問題ないっしょ」

「ふむ、じゃあ中西君は全参加ね。一年には六月後半に入ったら連絡回すから、まだ広めないでね」

「了解っす。」


 中西は、部室に何の用事できたのかわからないが、とりあえず麻衣子の隣りに腰を下ろし、足を組んでくつろいでしまう。


「用事は何? 」


 以前は部室に連絡事項を貼り出したりしていたが、最近はラインで知らせるようになっていたので、幹部の集会場所意外の用途をなさなくなっていた。もちろん、拓実のように部室を密会場所にする学生もいなくなったため、一年などが部室に顔を出すことは皆無と言ってよかった。


「用事っすか? 麻衣子にちょっと……」

「私がいたら話せないようなこと? 」


 中西が言いよどんでいたので、理沙が腰を上げようとする。麻衣子は、中西に気づかれないように理沙の服をつかむ。

 誰もこないだろう部室に二人きりにさせられたら、たまったものではない。麻衣子は目配せして理沙を押し留めようとした。


「そういうわけじゃないっすよ。暇だったら、今日とか飲みに行ってもいいかなって思って。まあ、俺は暇じゃないっつうか、他の女の子達にしつこく誘われているんすけど、麻衣子が俺と飲みに行きたいって言うなら、そっちに時間さいてもいい的な? 」


 今までも、何回も飲みに行こうと誘われていた。

 その度に断り、サークルの飲み会以外で中西と飲んだことはない。それでも懲りずに何回でも誘いにくるのだ。しかも、飲みに行ってやってもいいぜ! というスタンスで。


「ごめん、今日もバイトなの」


 バイトは嘘ではない。最近は、月一のサークル飲み以外は、毎日居酒屋政のバイトを入れていた。


「そんなバイトばっかしてないで、せっかくの大学生活楽しまないと! そりゃさ、今の俺のこと知ったら、彼氏より気になっちゃうって心配してんのかもしれないけど、まだ若いんだから、色んな男を見とくべきだぜ」


 ギャグにしか聞こえない……。


 理沙も笑いを堪えているようで、必死に横を向いて耐えている。


「なんなら、俺から彼氏に言ってやってもいいし。だから、安心して俺のとここいよ」

「それは心配してないから……。とりあえず、中西君はあたしなんか誘うんじゃなくて、同級生の子とかと飲みに行きなよ」

「何だよ、俺が女の子達にもてるからヤキモチやいてんのか? 馬鹿だな、本命は麻衣子で、他は遊びだぜ」


 ニヒルを気取って唇の端を上げて笑ってみせるが、麻衣子達には痙攣しているようにしか見えなかった。


「中西君、それなら今日は私達と飲みに行かない? 麻衣子のバイト先に」

「理沙先輩まで俺の魅力に参っちゃった感じっすか? いや、モテる男は辛いっすね」


 どこまで本気なのか?


 ガハハと笑う中西を横目に、理沙はノートPCをしまい、麻衣子の腕をとる。


「そんじゃ、夕方に連絡する。六時くらいかな」

「了解っす」


 麻衣子達が部室を出る時まで、中西は「モテちゃって辛いな! 」などと頭をかいていた。


「あれはパンチがあるね。どこまで本気なんかな? 」


 部室棟から出て、それまで黙っていた理沙がしゃがみこみながら言った。どうやら、座り込んでしまうほど笑い転げているらしい。


「笑いごとじゃないよ」

「まあね、一歩間違えばストーカーになりそうなタイプだしね。あそこまで自己陶酔できるのは才能だよ。目の前に鏡突きつけてやりたかった! 」


 今のところ、後をつけられたりとかはないし、あんなにアピールが激しいわりにボディータッチとかはしてこないしで、身の危険なんかは感じないが、あのノリで毎回話されるので、会話が成り立たなさすぎて疲れてしまう。


「本当に連れてくるの? 」

「そうね……フフ」


 理沙は楽しそうに笑っていた。



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