第102話 中西君の勘違い

「へえ、ここが麻衣子の……」


 中西はキョロキョロと店内を見回す。

 まだ六時過ぎ、店内は客もまばらだ。あと三十分もすれば、仕事帰りのサラリーマンでごった返すだろう。


 理沙は中西と二人で店に入ったが、カウンターではなく四人がけのテーブル席に座る。しかも、テーブルをもう半分つなげて六人がけにした。


「誰かくるんすか? 」

「まあ、色々と」


 麻衣子が注文をとりにきて、佑が生ビールとお通しを運んでくる。


「佑先輩もここでバイトしてんすね。……もしかして、佑先輩も麻衣子狙いとか?! 」

「だったらどうする? 」

「いや、なんか、もう、佑先輩が気の毒で……。ほら、麻衣子は何だかんだ言って、俺がいるじゃないっすか。いやあ、申し訳ないなあ」


 今彼である慧の存在はガン無視である。


「理沙先輩も、俺には麻衣子がいますから、俺に惚れたら泣くことになりますよ」


 髪の毛をかきあげ、前髪にフッと息を吹きかけてキメ顔をする中西を見て、理沙は心の中でキモっと思いながらも、思ってもいない言葉でさりげなく中西をもちあげる。


「アハハ、彼氏がいなかったら中西君に惚れてたかもしれんね。いやあ、残念だわあ」

「理沙先輩、彼氏いるんすか? 」

「いるんだよね。今からくるから」

「まじっすか?! どんな人なんすか? 」

「幼馴染みなんだけど、うちのOBなんよ。まあ、中西君には及ばない、普通の人だから」


 大学時代ファンクラブがあって、理沙と別れている間は百人斬り(実際何人と関係をもったか、本人も不明)を達成した拓実。見た目は最近のジャニーズよりも男前な拓実を前に、中西の態度がどう変わるか、理沙は内心楽しみにしていた。


「りいちゃん、お待たせ! 」


 仕事帰り走ってきたのか、頬を上気させた拓実が、爽やかなスーツ姿で政に入ってきた。佑に席に案内され、理沙の隣りに座る。大学時代も十分王子様キャラで色気を振り撒いていたが、スーツ姿の拓実は破壊力がアップしていた。


「たあ君、うちの一年、中西君だよ」

「ああ、君が。初めまして、西田拓実です」


 拓実が笑顔で手を差し出す。

 サラリーマンが集まるお洒落とは程遠い居酒屋で、拓実の回りのみキラキラした星がちりばめられているようだった。通常の男子なら、カースト上位にいる拓実のような存在の前に出ると、自然と萎縮して下手に出てしまうものだが、中西はがっつりと拓実の手を握り返し、まるで対等であるかのような態度だった。


「中西っす。拓実さん、理沙先輩の彼氏なんすよね? 」

「ああ、なんとか彼氏やらしてもらってるよ」


 相変わらず、主導権は理沙が握っているようで、まるで執事のように理沙の面倒を見る拓実を見て、中西はなぜか鼻の穴を膨らませ、得意満面な表情になっていく。


 理沙の彼氏は超イケメン→彼氏より理沙が優位→理沙は彼氏は自分に及ばないと思っている→つまりは超イケメン彼氏より自分の方がいい男である!! ……という思考が成り立ってしまったみたいだ。

 多大なる勘違い……というか、まじで鏡を見ろよ! と突っ込みたくなる状態なのだが、まさかそんなおこがましいことを考えているなど想像もできないだろう。拓実を見て現実を知るどころか、より鼻高々になっていた中西だった。


「松田は? 」

「もうすぐくるかな」


 そんな会話をしていた時、慧が店に入ってきた。

 その後ろからひょこんと杏里も顔を出す。


「こっち、こっち! 」


 理沙が手を振ると、慧が手を上げかけてピタッと止まる。杏里に押されて一歩進み、あからさまに嫌な表情を浮かべて席に近寄ってきた。


「おまえ、何でいんだよ」

「お邪魔っす。理沙先輩に誘われちゃいまして」


 デレッとした顔で言う中西の頭をはたきたくなりながら、グッと我慢して席に座った。


「この超絶可愛い女の子は? まさか、松田先輩の浮気相手っすか? 」

「おまえ馬鹿か? 杏里。麻衣子の妹だよ」


 彼女のバイト先に浮気相手を連れて行くって、どんな外道だよ?!……中西の思考回路に怒るというより呆れた慧は、しょうがないから中西の隣りに座る。


「杏里ちゃんか、麻衣子に妹がいるなんて知らなかったな。同中じゃないよな? 」

「違うよ。ってか、なんでお姉ちゃんのこと呼び捨てなん? 」

「元彼みたいな感じ? 」


 鼻をひくつかせて言う中西を見て、杏里はああ……とうなづく。

 中西が麻衣子の元彼であるということに納得したのではなく、自称元彼がいるということを、佑から聞いていたので、こいつが勘違い男かと納得したのだが、中西は自分の方が麻衣子に似合っているとうなづいたのだと思い込む。


「お兄さん、ピンチだね」

「別に」


 杏里はケラケラ笑いながら、頼みもしないのにやってきたオレンジジュースを一口飲んだ。


「……お酒入ってない! 」

「当たり前だろ。高校生のうちはジュース。松田先輩はビールでいいですよね? 」


 佑が慧の前にお通しとビールを置く。


「ああ、サンキュー。おまえら、今日は早上がりだよな? 」


 麻衣子のシフトは確認していたが、佑のシフトは知っているわけがなく、ただほぼ麻衣子とかぶるようにシフトを入れていることは気づいていた。

 最初はもちろん麻衣子狙いだったからなのだが、今はまあ好きとかは関係なく、遅い時間に一人で帰ると危ないから、ボディーガードも兼ねて同じ時間にシフトを入れていたのだ。麻衣子狙いのサラリーマンなどが、バイト終わりを出待ちしていることなどもちょくちょくあったからで、一部の麻衣子狙いの常連には、佑が彼氏だと勘違いしている者もいるくらいである。


「ですよ」

「じゃあ、終わったら合宿のことで話しあるから」

「わかりました」


 今日政に集まったのは、合宿にOBを初めて呼ぶに当たって、その話し合いの意味もあった。

 杏里はたまたま佑に会いにきたところ、慧と駅でばったり会ってしまい、まさか佑のうちに泊まりにきたとも言えず、麻衣子に会いに来た体で慧にくっついてきたのである。


「おまえ、まさか今日うちに泊まるつもり? 」

「やだなあ、邪魔しないから安心してよ。近くに友達の家あるからそこに泊まるし」


 杏里の視線がチラリとホールで働く佑に向かう。


「ならいいけどよ」


 理沙だけがニマニマ笑っており、中西はキョトンと慧達の会話を聞いていた。


「やっぱり二人は……?! そりゃ、若い方がいいかもしれないけど、姉妹はやばいっすよ! 俺、麻衣子は責任もって引き取りますんで、先輩は妹さんとどうぞ末永く……」

「アホか? 末永く仲良くしねえよ! 」

「だって、泊まりきちゃうような仲なんすよね? 」

「うちっつったって、俺んとこじゃねえよ! 」

「そっか、中西君はまいちゃんと松田が同棲してるの知らないのかな? 」

「同棲!? 」


 拓実の発言に、中西がすっとんきょうな声を上げる。


「同棲ってことは、二人は……すでに関係しちゃってるってことっすか?! 」

「何馬鹿なこと言ってんの? お姉ちゃん達、付き合って三年目だよ? 何もないわけないじゃない」

「いやだって、そんな簡単には……」


 中西はショックを受けたようで、視界が定まっていないかのように、黒目が色んなところへグルグル動いていた。


「やだ、麻衣子がまだバージンだとでも思ってたの? なわけないじゃん。松田君なんて、その日よその日。いや、正式に付き合う前だったから、フライイングよね。この男、見た目以上に鬼畜だから、手を出すのは早いし、手出したら毎日ヤりまくりよ。よく打ち止めにならないわよね」

「おまえね……」

「りいちゃん、もう少し上品な言い方しようよ」


 理沙はウケる! と膝を叩きながら、中西を指差して笑った。

 中西は、フラフラと立ち上がると、よろけながら座敷から下りて靴を履く。


「何? トイレ? 」


 荷物は置きっぱなしで、中西は何も言うことなく居酒屋政を出て行く。


「帰ったのか? 」

「でも、鞄あるよ」


 杏里が中西の鞄が置いてあるのを確認する。


「ショック過ぎて、頭冷やしに行ったんじゃん? そのうち戻ってくるんじゃない? 」


 けれど、結局中西が戻ってくることはなかった。

 財布とスマホはたぶんズボンのポケットに入れてあるのだろうが、大学の教科書やノートの入った鞄は置きっぱなしで、理沙が届けとくよと、帰りに自分の荷物と一緒に持って帰った。まあ、実際に持ったのは拓実だっだが。

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