第98話 他は止めて
「佑君、この間杏里がお世話になったみたいだよね」
「……えっ? 」
佑は、サークルの飲み会で、麻衣子と同じ席に座っていたのだが、麻衣子の言葉にサワーを飲んでいた手が止まる。
「……お世話って? 」
どのことを言っているのか分からず、思わず「僕の方が色々とお世話になって……」と言いそうになる。
「何か、色々調べてもらったんだって? 」
「あ……ああ! うん。高校のこととか、奨学金制度のこととかだよね? 調べたね。うん、調べて資料渡したよ」
麻衣子は嬉しそうに微笑み、佑のおかわりを頼んだ。
「杏里ね、通信の高校に見学に行ったみたい。四月から入学を考えてるって。佑君のおかげだわ」
一応、杏里から報告は受けていたし、昨日も会っていたから、麻衣子に言われなくても、杏里の状況はわかっていた。ただ、何で会っているか麻衣子に言えないため、わざと初めて聞いたふりをした。
「そうなんだ。ふーん、調べたかいがあったよ」
「何? 佑君が杏里ちゃんに乗りかえたって話し? 」
理沙が口を出してきて、佑は飲んでいたサワーが気管に入りそうになり、むせこんでしまう。
「理沙先輩、何言ってんすか! 」
「あれ? 違うの? 麻衣子がなかなか別れないから、似てる杏里ちゃんに乗りかえたんじゃないの?やだ、図星だからって慌てないでよ」
「ないですから! 絶対ないです。」
「ふーん、佑君にその気がないって、杏里ちゃんにメールしとこうかな」
「えっ?! 」
佑の慌てた顔を見て、理沙はニンマリ笑ってスマホをしまう。
その表情から、なんとなく全てを察してしまう理沙だった。
「杏里ちゃん今どこにいるのかな? ……っと」
新宿で仕事中……知ってはいたが、さあ? ととぼける。
理沙は杏里にラインを入れてみた。
「あ、返事きた。今、新宿で仕事中だって。後三十分で終わるらしいよ。……終わったらこっちこない? 今、サークル飲み中……と。おお、くるって」
理沙は、杏里とラインのやり取りをしつつ、佑に再度杏里がくることを告げ、ニマニマ笑って席を移動していった。
「仕事って……」
場所も新宿だし、深夜ではないけど夕方よりは遅い時間、何のバイトをしているのかと、麻衣子は不安になった。
毎日のように杏里からはラインが届くし、よく電話もかかってくる。知らないことはないくらい話していたつもりだが、なんのバイトをしているかは知らなかった。
それから一時間し、サークル飲みももうすぐ〆の時間になった時、店のドアが開き、杏里がキョロキョロしながら入ってきた。
麻衣子を見つけると、パッと笑顔になり、手を振りながら小走りにやってくる。
今までざわついていた店内が……というか、店内にいた男子の視線が杏里に集中して、店内が静まりかえる。
ジーンズのミニスカートに、ピンクストライプのシャツを抜き襟ふうに着ていて、ピンクブラウンの髪の毛を無造作にアップにしていた。バッチリ化粧をしており、大学生でも通りそうだ。
「お姉ちゃん! 」
杏里は、麻衣子と佑の間に割り込むように座った。
「あれ? お兄さんは? 」
「あっちで先輩達に捕まってる」
「大学の飲み会、こんな感じなんだ。新鮮! 」
杏里は、キョロキョロしながら、学生達が騒いでいる様子を楽しげに見回した。
近くの席の男子が数人、こっちへやってきた。佑と同じ一年が三人に、二年が二人で、みな酔っぱらい赤い顔をしている。
「麻衣子先輩、ご姉妹ですか? 」
「だろ? 似てるじゃん」
「妹の杏里です。お邪魔してまーす」
「妹? いくつ? 」
「16です」
「高校生?! 若っ! 」
「えっ、何? 高校生? 」
他にも数人男子学生が集まってくる。
「すみません、もうすぐ解散だから呼んじゃいました」
三年の先輩もいたため、許可なく呼んでしまったことを謝った。
「いいよ、いいよ。なんか飲む?お兄さん達がおごるよ。おなかはすいてない? おい、食べ物こっちに集めろよ! 」
みな、デレッとした顔で杏里見ながら、いそいそと食べ物やら飲み物をかき集めてくる。
女子は、明らかに不機嫌そうにしているが、理沙が杏里に話しかけたことで、大っぴらに文句を言ってこなかった。
理沙の(夏合宿でナンパ男達を相手にした)武勇伝は広まっていたし、拓実の彼女ということもあり、誰も理沙には噛みつくことはないのだ。
「杏里ちゃんか、可愛いとなあ。彼氏とかはいるの? 」
「どうでしょう? 」
「こんな可愛かったらいるでしょ? 」
「ええ~? あたしなんか全然ですよぉ」
当たり障りのない返事に、集まった男子達は鼻の下が伸びまくり、みな連絡先を知りたがった。
杏里は、お姉ちゃんに聞いて下さいと逃げ、笑顔を絶やさない。
「これから二次会行くけど、杏里ちゃんもどう? もちろんお兄さん達のおごりだよ」
「カラオケもいいけど、スポッチャは? カラオケもできるし」
「いやいや、きたばっかで食事まだでしょ? 居酒屋もう一軒どう? 」
みな、自分達の予定していた二次会に誘う。
「ええ~? 困っちゃうな。佑は? 」
「僕? 僕は今日は……」
「あたし達とカラオケだよね」
「約束してたし」
一年女子が三人やってきて、そのうちの一人が、佑の後ろから抱きついてきた。
この三人は佑と仲が良く、TSC(テニス・スキーサークル)にも、佑が入ると言うから入ってきていた。
三人が三人共、佑狙いのようだが、佑が三人平等に甘々な態度をとるため、お互いに出し抜くこともできず、とりあえず睨み合いの状態が続いていた。
いつも佑交えた四人でいるが、女子同士が仲が良いということはない。
三人共に麻衣子をライバル視していたのだが、杏里の登場に心中穏やかでない様子だ。
「佑、この人達とカラオケ行くの? 」
「え、いや、ちょっとだけ約束したし……」
「ふーん、そうなんだ。あたしもこの人達とカラオケ行こっかなあ。おごってくれるんですよね?でも、今からカラオケ行っちゃうと、帰れなくなるかもしれないしなあ」
「うちにはくんなよ」
先輩達から解放されたのか、慧が席に戻ってきた。
「お兄さん、ひどーい! 」
「おまえ居座ると、なかなか帰らないから迷惑なんだよ」
「だって、お姉ちゃんと一緒にいたいんだもん。うーん、お姉ちゃんとこ泊まれないなら、どうしよっかな。誰か泊めてくれる? 」
「帰れなくなったら、うち泊まってもいいよ」
「おまえんち実家だろ? うちなら一人暮らしだから」
「おまえ、下心見え見え! 」
先輩達が杏里の本日の寝床の心配をしている中、佑が杏里をトイレ脇に連れて行く。
「先輩の誰かのとこに泊まるの?」
「どうかな? 」
「いやいやいや、ないでしょ? 」
「だって、お兄さん泊まるなって言うし、帰れなきゃしょうがないじゃん」
「なら、うちくればいいだろ」
「だって佑、女の子達とカラオケでしょ」
「断るよ」
「ふーん、わかった。考えとく」
杏里は佑にヒラヒラ手を振って席に戻って行ってしまう。
考えとくって、流れで誰かのとこに泊まりもありってことか?!
佑とも、恋愛感情なしにHできた杏里だし、どうしても心配になってしまう。
今の二人の関係はまさにセフレで、杏里に呼び出されて、杏里の都合で関係を持っていた。
杏里曰く、彼氏は面倒くさい、自分の都合でしたい時にできる相手がベストらしい。佑は麻衣子のことが好きだし、杏里と恋愛感情にはならず、都合のいい相手だと思っているようで、そのせいか、週一から二のペースで呼び出されていた。
裸の杏里は絵画のように綺麗で、裸になることに抵抗がないのか、目の前で躊躇いなく全裸になる杏里に、毎回佑は目を奪われた。
今では、麻衣子の妹の杏里ではなく、一女性の杏里として見ていたし、彼女からの連絡は何にもまして優先していた。
麻衣子に対する感情と明らかに違う感情がそこにあった。
彼氏がいても気にならず、幼い初恋を引きずっていただけなのが麻衣子への感情で、他の男と……と考えると頭の芯が熱くなるほど嫌悪感を感じるのが杏里への感情で……。
佑は、大きなため息をつくと、杏里を追って席に戻った。
佑も、自分が杏里に恋愛感情を抱いているということには気がついていた。ただ、杏里が恋愛はしばらくいらないと公言している以上、今の関係以上を求めることもできない。できないけど、自分のポジションに他人が入ってくるのは、全力で防がないと! と思っていた。
カラオケの約束をしていた女子達に行けなくなったことを告げ、麻衣子達を探して店内を見回す。店の端の方で、麻衣子は理沙達と帰り支度をしていた。
「まいちゃん、この後政に飲みにいかない? 慧さんもどうですか? 」
「ああ? 別にいいけど」
「理沙達とどっか行こうかって言ってたからいいよ。でも、佑君カラオケは? 」
「それはまた次回で……」
男達が群がっている所に行くと、中心に杏里がいた。
「まいちゃん達が飲みに行くって。行くよ」
「じゃ、みんなバイバイ」
杏里は、ヒラヒラ手を振って佑についてきた。
〆の部長挨拶も終わり、一年はみた出口に並んで、上級生が帰るのを見送りながら挨拶する。理沙達は先に行ってるからねと店を出ていった。
「ふーん、大学って面白いことするんだね」
「うちのサークルは一年はおごりだから、こうやって帰りに挨拶するんだよ」
ありがとうございました!と頭を下げながら、杏里に説明する。
「杏里ちゃん、今度飲み行こうね。連絡してね」
三年の先輩に言われ、杏里は手を振りながらまたねと返す。
「ウフフ、連絡先いっぱいゲットしちゃった」
コースターに書かれたTEL番や、メアド、ラインIDなどが沢山、杏里の手に握られていた。
「暇潰しにちょうどいいかな」
「暇潰しって、あんまり年上をからかったらダメだよ。簡単に泊めてとか言うなよ」
「だって、野宿は危ないじゃん」
「先輩の家だって十分危ないよ!」
先輩達が全員店から出て、一年生達のはみな好きに移動を始めた。ここからはサークルは関係なく、好きな人達と飲みに行ったり、カラオケに行ったりする。
「佑、来週は一緒にカラオケ行こうね! 」
「ああ、ごめんね」
「またね」
カラオケは中止になったらしく、佑の取り巻きの女子達もバラバラに帰って行く。
「佑って、もてるんだ」
「友達だよ」
「ふーん。」
なんとなく不機嫌そうな杏里に、佑は光明が見えた気がする。だからと言って、なれなれし過ぎる態度をとったら、頭をはたかれそうだし、さりげなく自己主張してみた。
「あのさ、付き合おうとか言わないから、僕だけにしときなよ。色んな男に……あれしちゃまずくない? 」
「そう? 」
「そうだよ。だから、他は止めておきなよ」
「へえ……、佑は一人であたしのこと満足させられるわけだ。自信だね」
「……頑張ります」
「まあ、考えとくよ」
二人で並んで歩きながら、隣りを歩く杏里を盗み見、佑は心の中でため息をつく。
まじで、他は止めといて欲しいよ……。
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