第97話 佑の気持ち

 予想以上に早くイッてしまった佑は、罪悪感と喪失感が入り交じったような微妙な感覚に囚われていた。

 若干消化不良気味な杏里だったが、佑が落ち込んでいるのを、早くイッてしまったことを恥じてだと思い、佑にギュッと抱きついた。


「まあ、体調もあるだろうし、ちょっと早かったくらいで、そんなに落ち込まないでよ」

「いや、まあ、それもあるけど、そうじゃなくて……」


 佑は大きなため息をついた。

 佑の中では、女友達と疑似恋愛を楽しみながらも、身体の関係を持たないことだけがポリシーというか、ただのチャラいだけの男じゃないというアピールでもあったのだが、それが簡単に打破されてしまい、拒めなかった自分が不甲斐なくてしょうがなかった。

 何より、相手が問題だった。


「何て言うか……、その……、女友達はいっぱいいるけど……彼女はいたことがないっていうか、最後の一線は越えないようにしてたっていうか……」

「つまり? 」


 何となく察したのか、杏里の表情が固まる。


「つまり、初めてだったんだよ!」


 佑は全ての体力を使い果たしたかのように、突っ伏してしまう。


「あー……それは御愁傷様」


 初めてには、夢も希望もあったかもしれず、それは男も女も変わらないかもしれない。そう思った杏里は、悪いことしたかも……という思いと、自分みたいな可愛い子とできて落ち込むなんて! と、イライラする気分が同居していた。


「何よ! そんなに凹まなくてもいいじゃん。誰だって初めてはあんだし、あたしが相手で不満なわけ?! 」

「不満なんて……」


 佑は、ムクッと起き上がると、機嫌を損ねてしまっている杏里に対面した。


「ごめん、そんなんじゃなくて、自分が情けないというか、君の魅力に負けちゃって、付き合ってもいないのに……」

「魅力……、あたし、魅力的? 」


 杏里は急に機嫌をなおし、佑ににじり寄る。佑は赤くなりながら杏里から離れる。


「そりゃそうでしょ。じゃなきゃ……」

「そっか、なるほど。だよね! うん、ならよし! 」


 杏里は立ち上がると、台所へ向かった。


「佑は布団上げて机出しといて」


 いつの間にか呼び捨てになっていたが、佑はまあいいかとノロノロと立ち上がり、言われた通り布団をたたみ机を出す。


 杏里は、焼き鮭を焼いている間にワカメと豆腐の味噌汁を作り、ほうれん草のごま和えもササッと作る。


「ほら、運んで」

「ああ、うん」


 机に並んだ料理は、純日本の朝ご飯だった。


「うまそう……」

「小さい時から主婦してるからね、料理は得意なの」


 今時のギャルみたいな見た目の杏里が、パパッと料理を作ったりなんかすると、そのギャップ性にポイントがぐんと上がる。


 素っぴんで、ロングTシャツのみ着ている杏里が、無性にいい女に見えて、佑は杏里から目をそらす。


「何よ~? 何か変? 」

「いや、なんとなく……」

「変なの」


 杏里は、パクパクとご飯を食べ、佑はどんどん視線が合わせられなくなる。

 それからほぼ会話はなく、朝食を食べ終えると、佑は荷物を持って立ち上がった。


「じゃあ、帰るね。お世話になりました」

「うん、駅まで送るよ」


 杏里は、簡単にメイクをすると、佑の目を気にすることなく着替える。

 佑は、朝食の後片付けをしながら、杏里の裸の背中に釘付けになった。ブラをつける時に浮き上がる肩甲骨、細くくびれたウエスト、高い位置にあるヒップライン、少し細すぎる太腿。


 女の子はみんな可愛いと思っていた。でも、性的な目で見たことはなく、初めてそういう視点で見たかもしれなかった。

 でもそれが、杏里だからそう感じるのか、初めてを経験してしまい、SEXの良さを知ってしまったから発情しているのかわからなかった。


「洗い終わったよ」


 佑は、台布巾で手を拭きながら杏里に声をかけた。


「じゃあ、行こうか」


 駅までの道、杏里と肩が触れるか触れないかくらいの距離を歩きながら、佑は自分の右手に意識を集中していた。いつもの佑なら、ごく当たり前のように女の子と腕を組んで歩くものだが、なぜか気軽に手が伸ばせなかった。


「じゃ、また来週ね」

「あ、うん。調べたらライン入れる」

「まあ、そんなに頑張らなくてもいいから」


 杏里は、結局は高校とかに行く気はないのだろうか?

 ノリノリというようには見えなかった。


「高校、行く気にならない? 」


 杏里は、興味なさそうに髪の毛を弄りながら、時刻表と時間を確認する。

 今、各駅停車がいったばかりで、あと十分くらいは電車がこなさそうだったので、改札に入らずに電車がくるまで佑に付き合うことにした。


「うーん……、高校に興味ないわけじゃないんだよね。たださ、……中学の時にちょっとね」


 あまりに歯切れが悪い。


「イジメ……とか? 」


 素直にイジメられるタイプには見えなかったが、勉強ができない以外で学校に行きたくない理由が他に考えられなかった。


「いやさあ、ほら、あたし可愛いからさ、男子には人気あったんだけど、まあ、女子にはね。忠直の職業のこととか言われたりさ、鬱陶しくて」


 想像もできないし、杏里も詳しくは話さないが、それなりなイジメがあったんだろう。口で弄られるくらいなら、そんなにこたえるタイプではないだろうから、身体的な何かもあったはずで……。


「それなら、通信制はむいてると思うよ」

「なんで? 」

「ほら、僕の友達も通信制に行ったって言ったじゃん。小学校の時の友達でさ、中学は違うんだけどさ、中学で問題あったみたいで、高校半年行って一年休学して、通信制に転校したんだ。そっちは合ったみたいだよ。なんか、学校に行かなきゃいけない日は決まってるらしいけど、そんなに多くないしね。同級生にそんなに会うわけじゃないから、イジメにはならないって言ってた」

「ふーん」


 電車がくるアナウンスが流れ、杏里は佑の背中をトンと押す。


「ほら、来たよ」

「ああ、またね」


 佑は改札を通って手を降りながら階段を降りた。


 佑は、杏里に何があったのか、杏里が何を思ったのか、気になってしょうがなかった。


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