第84話 初めまして

「マジでうちに泊まるの? 」

「したら、明日、たあ君の車で一緒に帰れるよ。」


 確かに、それはかなり魅力的だ。

 まだ明日のバスの予約はしていないし、拓実なら高速代も払ってくれそうだ。

 けれど、理沙はいいとして、男子二人をうちに泊めるというのは、麻希子が何と言うだろう。

 しかも、人当たりの良い拓実は、まだしも、慧は……。不安しかない。


「うち……母親が男性恐怖症っていうか、男にいいイメージがなくて……。それに、すっごく狭いんだけど」


 2Kのアパート、たぶん布団も三組くらいしかないはずだ。


「男性恐怖症? なんで? 」

「父親のせいかな。うち、離婚してるから」

「そうなんだ」

「いつ?」


 理沙達と違い、慧はあまり気にすることなく聞いてくる。


「五歳……くらいかな。あまり覚えてないの」

「ふーん、じゃあ、父親とは会ってないんだ? 」

「うん」

「お母さんが男性恐怖症になるくらい酷い父親って、……DVとか?」


 悲惨な幼少期を想像したのか、慧の眉間にシワが寄る。


「違う、違う。浮気が半端なかったみたい。怖い父親ではなかったと思うよ」


 母親からもらった父親の写真、父親も麻衣子もこれでもかというくらい笑っていたから、きっとなついていたのだろう。


「なるほど、たあ君とか松田君みたいなタイプの父親だったんだ。納得! 父親に似たタイプを好きになるって言うもんね」

「そういうつもりじゃ……」


 同類扱いされた二人は、お互いに微妙な表情になる。

 多分、こいつとは違う! と、お互いに思っていることだろう。


「そういえば車は? 」

「そこ。麻衣子の家の近所で、コインパーキングある?」

「ないなあ。でも路駐でも全然問題ないよ」


 都内にはコインパーキングは沢山あるが、この辺りは駅の回り以外で見た記憶がなかった。


「路駐かあ」


 拓実は不安げな表情になる。いい車みたいだし、駐禁とられまくる都内出身者には、路駐はいいイメージがないのかもしれない。


「大家さんに聞いてみるよ。敷地内に停める場所はあるから、停めてもいいか。その前に、母親に電話してもいい? 」


 麻衣子は家に電話をかけ、大学の友達が三人きたから泊めてもいいか聞いた。

 雑魚寝でもいいならいいよと言われ、とりあえず言質をとっておく。あえて性別を言わなかったのは、断られないようにするためだ。


 拓実の車に乗り込み、買い出しをしてからアパートに戻った。同じ敷地内に住んでいる大家さんを訪ね、敷地内に車を停める許可をとり、四人で二階の麻衣子の母親の部屋を訪ねる。


「ただいま」


 鍵を開けて部屋に入ると、麻衣子の作った夕飯を食べ終え、ビール片手にくつろいでいる麻希子が、TVを見ながら「お帰り」と言ってきた。

 テーブルには食器が出しっぱなし、ジャージにTシャツ、化粧なんてしてないし、髪もボサボサのままだった。


「母さん、友達連れて帰るって言ったじゃない! 」


 せめて髪の毛くらいはとかしていて欲しかった。


 麻衣子は、麻希子が散らかした部屋を片付けながら、理沙達に部屋に入るようにうながす。


 麻希子は、頭をかきながら振り返ると、拓実や慧を見てギョッとしたように、二人に視線を向けた。


「同じサークルの先輩の西田拓実先輩、サークルも同じで同級生の林理沙ちゃんに、松田慧君」

「初めまして。急にお邪魔してすみません。うちの別荘がこの近くにあって、三人で来てたんですが、徳田さんの家が近くて帰省しついると聞いたものですから」

「別荘……」


 別荘を持っているような人種と付き合ったことがなく、麻希子はボーッとしたように話しを聞いていた。


「麻衣子が明日帰るって聞いてたから、一緒に帰れるかなって思ったんです。たあ君の車できてたんで」


 麻衣子と何か関係がある男の子達なんじゃ? と思っていたが、先輩の方は理沙という女の子と仲が良さそうだから、単純にサークルの先輩後輩なんだろうと推測できた。ということは、この同級生の男の子が麻衣子と関係あるのだろうか?

 麻希子は、よく見極めてやろうと、慧を注意深く観察し始めた。


 なんとなく、自分に母親の視線が向いているなと、慧は気がついていたが、特に不快さを表情に出すことなく、慧は素知らぬ顔をしていた。いつもなら、じろじろ見られたら、睨み付けて文句の一つも言うだろうに。


「とにかく、座って。あなた達ご飯は? 」

「食べてきました」

「そう、なら飲む? うち、ビールしかないんだけど。麻衣子、おつまみなんか作ってよ」

「今やってる。ってか、髪くらいとかして」

「ああ、そうね」

「これ、飲み物とつまみは買ってきたんです。冷蔵庫、お借りしてもいいですか? 」

「どうぞ」


 理沙は台所にいる麻衣子を手伝い、拓実は冷蔵庫にお酒を入れに行き、部屋には慧と麻希子だけになってしまう。

 慧は特に気にするでもなく、ついていたTVを見ていたし、麻希子は手櫛で髪を整えながら、そんな慧をチラチラみていた。


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