第85話 彼氏がいた方がいいかも?
「麻衣子は……、大学ではどうなのかしら? 」
麻希子が、会話のとっかかりを見つけるように話しかけてきた。
「凄く真面目ですね。授業とかサボらないし。ノートもきちんととってる」
慧も、麻衣子の母親だからか、ぶっきらぼうにならないように、慎重に話した。
「そう、あの子は勉強には昔から真面目だったわね。ご飯とか、ちゃんと食べてるのかしら? 」
朝食はきちんと作って食べてるし、昼も学食か弁当作って持っていってる。夜はだいたい居酒屋のバイトで賄いが出るから、しっかり食べている。
そのまま言うと、なぜ麻衣子の一日を知っているんだという話しになりそうだったので、適当に差っ引いて話す。
「食ってる……と思いますよ。昼は食べてるみたいだし、夜は賄いが出るって言ってたから」
「そう、良かった。痩せたように見えたから、お金が足りなくて食べれないんじゃないかって心配してたの。最近は、仕送りもいらないって言い出して」
「それは大丈夫。あいつ、凄い沢山バイト入れてるから。貯金もしてるって言ってたし」
「じゃあ、バイトが忙しくて痩せたのね……」
離れて住んでいるから、心配でたまらないのだろう。しかも娘だし、健康面でも心配だが、悪い虫がつかないか、気が気でないといったところか。
慧を見る目付きから、麻衣子とどんな関係なのか探っているんだろうなと推測できた。
「心配ないっすよ。あいつ、大学入ってから風邪すらひかないし、いつも元気にやってますから」
「松田君は……麻衣子と親しいのかしら? いやね、お友達なのはわかるんだけど、それ以上と言うか……」
「母さん、何聞いてるのよ! 」
簡単なつまみとビールを運んできた麻衣子が、慌てて二人の間に割って入る。
理沙と拓実もやってきて、テーブルを囲んだ。
乾杯をして、麻希子も仲間に入って飲み始めた。
「あら、だって、そっちのお二人はなんか仲良さそうだったから、もしかして……って思ったのよ」
「変なこと聞かないで! 」
「だって、あんた、小学校以来じゃない? 友達連れてきたの。しかも男の子は初めてだし」
「そうなんですか? 」
「そうよ。この子に家事全般任せちゃってたから、友達と遊ぶってあまりなかったし、男の子なんて特に」
「大学に、幼馴染の男の子入ってきましたよ。佑君。麻衣子とバイトも一緒なんです」
「佑君? 」
「ほら、相田あかりちゃんの弟。小学校の時、よく遊んでた」
「ああ、あの金魚の糞ね。何、同じ大学なの? 」
「サークルも一緒だし、バイト紹介したからバイトも同じ。なんか、あんまり雰囲気変わってないな」
「そう……。でも一応男の子なんだから注意しなさいね」
麻希子は眉を寄せる。
「佑君だよ? 」
「男の子よ」
慧は、その通りだと言わんばかりに、麻希子の肩をもつ。
「おまえは危機感が足りないんだよ。あいつだって、いつまでも小学生じゃないし、多分おまえに好意持ってると思うぞ」
「あれは、見ててバレバレね。まあ、麻衣子が困るようなことはできなそうだけど」
「それに、さっきだってわかんねえ男に襲われてただろ」
「えっ?!」
麻希子はビックリしたように麻衣子を見る。
そう言えばメイクが濃い。
同窓会と言っていたし、集会所でやると聞いていたからあまり心配はしていなかったのだが。
心配そうにしている麻希子を見て、理沙が慧を小突いた。
「大丈夫ですよ。うちらがちょうどついたから未遂です。麻衣子、モテるんですよね。大学でも、麻衣子狙いの男子いっぱいいるし。何せ、うちのたあ君も狙ってたもんね」
「おいおい、僕はりいちゃんだけだよ」
麻希子の表情がドンドン険しくなっていく。
「バイト先にも、麻衣子狙いのサラリーマン多いみたいだもんね」
「ちょっと、理沙! 」
喋り始めると、理沙の口は止まらなくなる。
「本当じゃん。佑君から聞いたもん。だから、松田君、ちょこちょこ顔出したほうがいいよ」
「なんで松田君? 」
「彼氏だからでしょ? 」
麻衣子は天を仰いだ。
絶対内緒にしておこうと思ったのに、理沙に口止めをしておくのを忘れた自分を呪う。
「松田君と、麻衣子は付き合ってるの? 」
「そうですよ。大学では公認ですね。だから、男子はみんな早く別れろ! って思ってると思いますよ。別れたら大変じゃないかな」
「大変って、何で? 」
「ピンからキリまで、麻衣子狙いの男子が殺到するからですよ。今は松田君がいるから、同学年で声をかけてくる強者はいないけど、松田君のこと知らない他学年は、たまに麻衣子にちょっかいだそうとして、松田君にボロクソ言われてますもん」
それは麻衣子も初耳だった。
慧と別れてる間は、確かに同学年他学年共に、しつこく言い寄ってくる男子が多かった。
今落ち着いているのは、慧と復縁したと公然の事実になったからだと思っていた。
「そうなの? 」
「……」
慧は知らない顔をしている。
「この間なんて、たあ君の次に女癖の悪い上級生が麻衣子に接触しようとして、松田君に撃退されてたもんね」
「りいちゃん、ちょいちょい僕のことディスるの止めようよ」
拓実は、理沙の腕をつつく。
「え? そうだった? 真実しか話してないけど」
麻希子はクスクス笑った。
「そう……、麻衣子に彼氏か。あたしね、麻衣子には大学で男に近寄るなって言ってたの。元旦那が浮気三昧な奴で、麻衣子にはそんな苦労させたくなかったから。だから、高校までは地味な格好させて、お洒落禁止してたの」
「そうなんですか? 」
今ではナチュラルになったものの、入学当時のド派手な麻衣子のイメージがある理沙は、なるほどと納得する。
反動ってやつだ。
「お洒落しなくても、今の麻衣子なら普通でも男寄ってきてますよ」
「理沙! 」
悪意は微塵もないのであるが、全くもって理沙は一言多い。
「そうね……。大学生になってからずいぶん変わったわ。女らしくなったっていうか……」
麻希子はじっと慧を見た。
真面目そうな子に見える。頭も良さそうだ。家柄はよくわからないが、洋服もこざっぱりしているし、貧乏っぽい感じはない。
麻希子が麻衣子に選んでいた旦那候補と遜色ないだろう。
「慧君は、麻衣子が何人めの彼女なのかな? 」
「母さん、何聞いてるのよ?! 」
「初めてですね」
拓実と理沙が驚いたように慧を見る。
「そうなの?! 」
「そうなのか?! 」
理沙と拓実の声がダブった。
「悪いかよ」
慧は、初めて不機嫌そうに顔を歪ませ、視線を反らした。
セフレは沢山いたが、彼女にしたのは麻衣子が初めてなのだから、嘘はついていない。
「そう、麻衣子が初めての……。全然悪くないと思うわ。というか、麻衣子だってそうだし」
麻希子は、いい意味で受け取ったらしく、真面目な子なんだと好印象を受けた。
それに、わけの分からないチャラけた男に引っかかるよりは、慧みたいな男の子が彼氏でいた方が、東京で独り暮らしをする上で安心なのではと、今までの凝り固まった考えを転換させる。
とりあえず一晩様子を見てみようと、麻希子はビールを飲みながら麻衣子と慧を観察することにした。
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