第83話 同窓会

「麻衣子? ウソ?! マジで麻衣子? 」


 高校の同窓会……というか、帰省してる同級生で集まろうというユルイ飲み会に飛び入り参加した麻衣子は、高校時代同じグループにいた美紗みさに声をかけられた。

 公立の高校だったのだが、ヤンチャ系も多く、麻衣子みたいに地味な存在は珍しかった。

 一応、仲良しグループ……女の子の集団の中にいたのだが、凄く仲の良い子がいたわけでもなく、卒業してからは連絡もとっていない。麻衣子はどちらかというと、彼女らの引き立て役で、パシリまではいかないが、都合の良い存在だった。


「久しぶり」

「凄い! イメチェンしたね、最初わからなかったよ」


 スキニージーンズとフンワリとしたリネン地のシャツを抜き襟で着こなし、バッチリ化粧した麻衣子が同窓会が開かれている集会所の会議室に入った途端、男子も女子も「あれは誰だ? 」とざわついていた。


 美紗が声をかけたことにより、「麻衣子? 徳田かよ! 」と、視線が集中する。


「徳田?久しぶりじゃん。おまえイメチェン半端ねえな」

「ビールでいいか? 持ってきてやるよ」

「ほら、食事はあっちだぜ」


 高校時代、麻衣子に目もくれなかった男子達が麻衣子の回りに群がる。

 それを見て、美紗が明らかに不機嫌そうな表情になる。自分達の引き立て役だった麻衣子が、明らかに自分達よりも目立っていて、男子にチヤホヤされているなんて、我慢できなかった。


「麻衣子、化粧うまかったんだね。ね、もしかしてどっかいじった? 二重だったっけ? 」


 美紗が意地悪く、整形したんでしょ? 的なことを言う。


「ううん、化粧してたらなんか癖ついたみたい。他の子達はきてるの? 」


 麻衣子は、男子が持ってきてくれたビールや食べ物をテーブルに置いた。


和美かずみ愛弓あゆみはきてるよ。あとはまだ帰ってきてないみたい。」

「そうなんだ」

「徳田さん、久しぶりだね」

真壁まかべ君」


 美紗の声のトーンが羽上がる。

 爽やかな笑顔に細マッチョな身体、高校時代もいい男だったけど、卒業してからまた磨きがかかっている。芸能事務所に所属しているとか噂があるが、それもうなずけるイケメンぶりだった。


「徳田さんと話したいんだけど、ちょっといいかな? 」


 真壁は、麻衣子を引っ張って人の少ない壁際に移動した。


「あの? 」


 美紗はこっちを見て睨んでいるし、他の女子達の視線も痛い。

 麻衣子は一歩真壁から離れた。


「高校時代からさ、徳田さんと話してみたかったんだよね」

「またまたあ! 」

「マジだって。徳田さんってさ、他の女子と違って俺にキャーキャー言わないし、落ち着いた雰囲気がいいなって……」


 そういう真壁は、高校時代は彼女が途切れたことがなく、付き合うのはいつもキレイ系の女子が多かった。性格よりも、顔や身体重視で選んでいたのはもろばれだった。


 そんな真壁が麻衣子に興味を持っていたはずもなく、爽やかな笑顔の下に粘着質っぽい性格が見え隠れしていた。

 真壁は一歩麻衣子に近寄ると、視線は麻衣子の顔ではなく胸元から動くこともなく、自然な感じにウエストに手を回してくる。

 ウエストを撫でるように指先が動き、麻衣子の全身に鳥肌がたつ。


「ねえ、ちょっと抜け出さない?二人でゆっくり話したいな」


 自分が誘えばついてくるだろうという自信満々な態度に、麻衣子は嫌悪感を隠して笑顔を崩さないまま、真壁の手から逃れようとする。


「ごめん、彼氏いるから、二人っきりはちょっと……」

「彼氏とか関係なくない? たまには他の男も味わってみてもいいんじゃん? 」


 真壁は、麻衣子をさらに自分の方へ引き寄せると、耳元に息を吹きかけてきた。


「集会所の裏にさ、倉庫があるんだよね。高校の時は鍵壊れてたから、今でも入れるんじゃないかな? 」


 話したいんじゃなくて、ヤりたいの間違いでしょ?


 麻衣子は、力いっぱい真壁を押し返した。

 ちょうどいいところで、麻衣子のスマホが鳴った。


「ごめん、電話だから」


 麻衣子は、小走りに真壁から離れると、廊下に出てスマホの着信をタップした。


『麻衣子、今どこ? 』


 理沙からの電話だった。


『今、実家に帰ってるの』

『うん、知ってる。で、どこ? 』

『……高校の時の同窓会で、町の集会所で飲んでるとこ』

『集会所って? 麻衣子の家の近く? 』

『そうね。近いよ』

『わかった、バイバイ』


 電話が勝手に切れ、麻衣子は首をかしげる。

 いきなりの意味不明の電話に戸惑いながら、麻衣子はスマホの時間をチェックする。


 慧も実家に帰って、夕飯を食べている頃だろうか?

 実家に帰って三日がたつが、その間慧からの電話もメールもなかった。

 麻衣子のラインに既読がついているので、見てはいるようだが。


 電話、かけてみようかな……。


 明日帰るのは伝えてある。

 慧にいつ帰るのか聞いたら、「適当」と答えていたが、そんなに長居するとも思えない。


 いつ帰るのか聞く電話くらい、してもいいよね?


 麻衣子が慧に電話をかけようとした時、いきなり後ろからフワリと抱きしめられた。


「えっ?!」


 振り返ると、真壁が立っていた。

 しかも、悪びれた感じもなく、爽やかな笑顔のまま、シャツの上から麻衣子の胸にタッチする。


「ちょっと! 」

「アハ、思ってた通り柔らかいや」

「や……止めてよ! 」

「なんで? 触られて感じてるでしょ? 」


 イヤイヤ、鳥肌がたつくらい気持ち悪いです!


「ね、ヤりたくなったんじゃない? 無理しなくていいよ。俺、経験豊富だから、徳田さんが感じたことないくらい気持ちいいことしてあげれるし」


 自信過剰の自分勝手男だ!


 女子が途切れたことないモテ男のくせに、彼氏ありの女を無理やりどうこうしようとしないで欲しい! と、とにかく嫌悪感でいっぱいになる。


「止めて! 気持ち悪い! 」

「またまたあ、とか言って嬉しいんじゃないの? 」

「ふざけてないで、離れて! 」

「俺としたい子いっぱいいるんだよ。俺が相手してやるって言ってるのに、何が不満なの? 彼氏なんかより数倍気持ちよくさせてあげるから」

「彼氏のが数百倍いいよ! 」


 麻衣子は真壁の手から逃れようと、ジタバタと暴れるが、やはり力の差はどうしようもなく、真壁の手が麻衣子の腕を強く掴んだ。


「痛いッ! 」

「徳田ってMっぽいじゃん? こういう方がいいんじゃない? 」

「全然よくないし! いいかげんにしてよ! 」


 麻衣子がおもいっきり真壁を突き飛ばすと、尻もちをついた真壁が麻衣子に手を上げようとした。


「いてえだろ! 俺が徳田なんかを相手にしてやるって言ってんのに、何だよその態度! 」


 すでに爽やかイケメンの表情は消え去っていた。

 叩かれる!と思い、麻衣子は歯をくいしばって目をギュッと閉じた。


「はい、お兄さん、ストップね」

「女の子に無理強いしたらダメだなあ」


 聞き慣れた声がして、目を開けると、真壁の腕をひねりあげている理沙と、その横で真壁の肩をつかんでいる拓実がいた。

 その後ろには、ムスッとした慧が立っている。


「ったく、気軽に触らせてんじゃねえよ」

「さ……とし君? えっ?! 理沙達も、何で?!」

「たあ君のうちの別荘がちょっと先にあってさ、一週間二人で行ってたんだ。松田君は昨日合流したの」


 暴れて腕を引き抜こうとする真壁の腕をさらにひねりあげ、理沙は平然とした顔で言う。


「りいちゃん、腕折れちゃうから離してあげて」

「えーっ? 折っちゃった方がよくない? 手癖悪そうだし」

「ダメだよ、離してね」

「じゃあ、指くらいなら」


 理沙がひねりあげた腕はそのままに、真壁の指を掴んだ。


「理沙、もういいから、離してあげて」

「そう? あんた、麻衣子に悪さしたら次はないからね」


 麻衣子に言われて、渋々真壁を離す。

 真壁は何も言わずに、走って逃げ出した。


「麻衣子、まだ同窓会に顔だす?」

「ううん、もういいかな」


 話したい友達がいるわけじゃないし、あんなことがあったことだし、いたい場所ではなかった。


「じゃ、帰ろう」

「うん……一応友達に声かけてくる」


 麻衣子が、集会所の会議室に入ると、理沙達もついてきた。

 部屋を見回し、美紗を探す。

 美紗は、和美と愛弓と一緒にいた。


「和美、愛弓、久しぶり」


 麻衣子が声をかけると、和美がパッと笑顔になる。美紗と愛弓は微妙な表情だ。


「麻衣子、久しぶりじゃん。凄い変わったって美紗から聞いて、会うの楽しみにしてたんだよ」


 同じグループの中でも、和美は比較的よく喋っていた。他の子は、掃除当番代わってとか、係の仕事を押し付けてきたりしたけど、和美は逆にそんな麻衣子の手伝いをしてくれていた。


「そんな変わらないよ。あのね、東京の友達が来たから帰ろうと思って」

「えーっ! まだそんな話してないのに? 」

「うん、ごめんね」

「なになに? 彼氏? 」


 拓実と慧を見て、和美が麻衣子の腕をつつく。


「大学のサークルの先輩と、同級生。……あと彼氏」


 麻衣子が照れたように慧の服の裾を掴むと、珍しく慧は笑顔で頭を下げた。


「ども、急にお邪魔してすみません」


 麻衣子は、あんぐりと口を開け、慧を見上げた。


 慧君が爽やかだ!


「へえ、なんか真面目そうないい人っぽいね」

「えっ? ああ、そうね……」


 確かに見た目は真面目そうだ。顔も悪くはないから、笑ってさえいればいい人っぽくも見えるかもしれない。実際はかなりな俺様なんだけど……。


「じゃあ、申し訳ないけど、連れて帰るから」

「麻衣子、あたし専門でたら東京行くから、また会おうね」

「うん、連絡ちょうだい」


 麻衣子は手を振って集会所を出た。


「松田君がキモイ! 」

「うっせーよ! 」


 慧はすでにいつもの仏頂面に戻っていた。


 というか、あんな笑顔もできるんだ?!

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