第127話 思い出
慧と佑だけだと思ってリビングに戻ってきた麻衣子は、お茶を取りにリビングを出ようとしていたあかりと正面からぶつかりそうになった。
「あかり? あかりちゃんだ! 」
「……麻衣子? 」
肩を大胆に出し、ショッキングピンクのミニスカートのワンピースを着て、巻き髪にばっちりメイクをした麻衣子は、バービー人形のような出で立ちになっていた。
いくら暖房が効いているとはいえ、真冬の新潟。肩だしは見た目にも寒々しい。穂香がなぜこんな洋服を持っているのか? いつどこで着るつもりなのか? 全くの謎だ。娘のあかりでさえ、見たことのないドレスだった。
後ろから杏里も降りてきた。こちらはゴスロリファッションで、黒を基調に、フランス人形のようになっている。
「すっごいの! 佑ママってば衣装持ちなんだよ。しかも、色っぽいのから可愛いのまで、マジ楽しい」
「杏里ちゃんもまいちゃんも可愛いから、いろんな格好が似合うの~! もう、ママも楽しくて~」
すっかり仲良くなったようで、素の杏里で喋り、穂香と腕まで組んでいる。
「悪かったね、可愛い格好が似合わなくて」
こんな服まで持っていたのか……と、呆れた口調であかりが言った。
「あら、お姉ちゃんお帰りなさい。あなただって、ちゃんとお化粧して、髪の毛もウィッグつければ、いくらだって可愛いくしてあげてよ」
「遠慮しときます。スカートなんか履いたら風邪ひいちゃうし」
穂香は、お姉ちゃんてばつまんないわ……とつぶやきながら、次の洋服に着替えましょうと、杏里の手をひく。
「えっと、そっちの若いほうが佑の彼女で、こっちの寒そうなのが麻衣子だよね? 」
「寒そうって。ママが虐めてるみたいに言わないでよ。まいちゃんずいぶん美人さんになったわよね」
「全くだ……。これじゃあ、道ですれ違ってもわからないよ」
「そんなことないよ。これはあかりママのメイク術の賜物なだけで」
「いやいや、顔だけじゃないし。何これ、本物? 」
麻衣子の胸を突っつき、その弾力にホエ~ッ! と歓声を上げる。
「それだけは、ママにはどうにもしてあげれないわ。ツルンペタンに生んでごめんなさい」
「うるさいよ。別に困ってないからほっといて。母さんは勝手に遊んでなさい。麻衣子は置いてってよ。話したいこといっぱいあるんだから」
「ええ?! ママももっと着せ替えしたい! 」
「佑ママ、それはあたしが付き合うからさ。ほら、上行こう。」
「そう? じゃあ、次は佑が選んでみたら? 杏里ちゃんに着てもらいたい格好」
「ハア? いいよ、僕は……」
「アハ、佑の性癖がわかるかも。行こ、行こう。」
杏里と穂香に引っ張られ、佑も二階に上がっていく。
「ごめんね、あんな母親で……」
「楽しかったよ」
「なら良かったけど」
あかりは昔の笑顔のままニカッと笑い、麻衣子に向かって手を上げた。その手にハイタッチをし、強く握る。
「会いたかった。ごめんね、この間は現場が忙しくて、せっかく麻衣子が帰ってきてたのに会えなくてさ」
「ううん。あたしも、あんま帰ってこれなくて。でも、現場って?あかり、役所に勤めたんじゃなかったっけ? 」
「短大卒業してから就職したんだけど、全然合わなくて……一ヶ月で辞めちゃった! 」
「もったいな! 」
役所といえば、公務員。
慧がつい叫んでしまうのもしょうがない。
「だって、面白くないんだもん」
「それもわかる」
そこに同意されると、将来に不安しかない麻衣子であった。
「で、今は……工事現場で働いてる」
「ガテン系? 」
「まあ、そうなるのかな? まだ何がやりたいかわからないけど、デスクワークより、こっちのがむいてるみたいでさ」
「うん、あかりちゃんっぽいよ」
「そっかあ? 」
それから、二人は会わなかった時間の埋め合わせをするように、現状報告に花が咲き、慧をほったらかしで話し始めた。
慧はスマホゲームをしたり、スマホで漫画を読んだりしていたが、ついに充電が切れてしまい、手持ちぶさたになり、昼寝を始めてしまう。
うとうとを通り越して、ソファーに横になり爆睡し始めた慧を見て、あかりはクスリと笑った。
「いい奴っぽいね」
「慧君? 」
「普通、こんだけ放置されてたら怒らない? 」
「まあ、そうね。いつもこんな感じの人だから……」
良い風に勘違いしてくれたのを否定するのもと思い、言葉を濁した。
マイペースな慧は、興味があれば自分から会話に入ってくるだろうし、なければ全く無視して自分のやりたいことをする。今回は後者だっただけで、別に久しぶりの再開を邪魔しないようにしようとか配慮したわけではない。
「なんかさ、見た目だけだけど、奈良に似てない?」
「奈良……」
「
覚えていなかったわけじゃない。
学校一勉強ができて、スポーツも万能、しかも人当たりまで良いという、最強勝ち組の男の子。見た目はイケメンというわけではなかったが、それなりに整った顔立ちをしていた。
「似てないよ! 」
思わず麻衣子の声が大きくなる。
実際全く似ていないし、他の子と違って、彼に良い思い出がなかった。
ファンクラブがあったわけではないが、それなりにキャーキャー言われていた奈良で、麻衣子もそれなりにいいなと思っていたのだ。小六で同じクラスになるまでは。
★
麻衣子の通っていた小学校は、イジメ対策とやらで毎年クラス替えがあった。
そんな中、あかりとは運良く一年、三年、五年、六年と四年間も同じクラスになっていた。奈良とも、一年、二年、六年と同じクラスで、六年で同じクラスになれた時には、嬉かったのを覚えている。
低学年の時は、席も近かったのもあって、仲良しとまではいかないが、よく話していたと思う。
六年のクラス替えの後、番号順に座るのだが、男子番号順、女子番号順になっており、男子と女子が隣り合うようになっていた。奈良は麻衣子の斜め前の席で、回りの子達と仲良く話していた。
「あ……の、久しぶり」
麻衣子も思いきって話しかけてみた。
けれど反応がなく、聞こえなかったのかな? と思ったが、二度話しかける勇気もなく、麻衣子は奈良に話しかけるのを諦めてしまった。実際、麻衣子の声は小さく、バカみたいに甲高い声で騒ぐ奈良のとりまきの笑い声にかき消されていた。
このくらいから、麻衣子の地味路線は定着しつつあり、同級生がフリルの可愛い洋服を着たり、髪を可愛く結ったりしていても、麻衣子は白ブラウスに紺のスカート、髪もきっちりお下げに結っていて、同級生の麻衣子に対するイメージは、地味で目立たない子だった。イジメにならなかったのは、活発で男子とも対等に喧嘩をしたりするあかりと仲が良かったせいであった。
ある日の放課後、途中まで帰宅したものの、忘れ物に気がついた麻衣子は学校に急いで戻った。
教室に入ろうとして、数人の話し声がして扉にかけた手が止まる。
「徳田さんってさ、奈良君に気があるんじゃない? 」
「徳田さん……って、ああ地味子。マジで? 」
「だって、しょっちゅう奈良君に話しかけてくるじゃん」
麻衣子が話しかけたのは、奈良に聞こえなかった一回だけで、奈良には届かなかったが、とりまきの彼女達は気がついていたらしい。
教室の中にいるのは、奈良の取り巻きの女子三人と、奈良本人のようだった。
「ぶっちゃけ、奈良君は地味子に好かれて、どうなん? 」
「ばっかじゃない? どうもこうもあるわけないじゃん」
「だよね、地味子だもんね。奈良君も迷惑してるんじゃない? 」
「うちらで言ってあげようか? キモいから話しかけるなって」
ひたすら女の子達が話しており、麻衣子をバカにしたように大きな笑い声が響き、奈良の声は最初の制止した一度しか聞こえなかった。
そりゃ、好きか嫌いかで聞かれたら好きな部類ではあったが、まだ恋愛だと意識するにはその芽は小さかった。ただ、懐かしく、昔みたいに話したくて声をかけただけなのに……。キモい扱いされて麻衣子は硬直してしまう。
なによりも、奈良が彼女達に否定も肯定もしないことにショックを受けた。
ただ聞いているだけなら、それは彼女達と同類だからだ。
「でもさ、地味子にはあかりがついてるからね」
「だね。あいつ、男女だからすぐ手出すし、ヤバいよね」
麻衣子の話しから飛び火して、あかりまでけなしだした。
「帰る」
机をバンッと叩くような音がし、奈良が座っていた椅子から立ち上がった。
「えー? もう? じゃあ、途中まで一緒帰ろうよ」
女の子達が帰り支度をしている間に、奈良はランドセルをかついで教室を出ようとする。そして、扉の前にいる麻衣子と目があった。
麻衣子は、忘れ物を取りにきたことも忘れ、踵を返して駆け出した。
奈良が何か言ったかもしれない。言わなかったかもしれない。麻衣子にはその後の記憶がない。
嫌な思い出だから忘れてしまったのか、特に大したことがなかったからなのかはわからない。
ただ、それ以降、卒業するまでの間、麻衣子から奈良に話しかけることはなかったし、その逆もなかった。
★
「奈良っていえばさ、あたし中高一緒だったじゃん。あいつ、ストレートでT大入ったんだよね。今、東京にいるはずだよ」
「そうなんだ」
もう、今となっては興味すらないし、奈良が東京にいようが会いたいとも思わない。
「奈良が高校で仲良かった奴があたしのダチの彼氏でさ、いまだに付き合ってるから、奈良情報はちょこちょこ入ってくるんだ」
「ふーん……」
「ほら、あいつ小学校のときはモテてたじゃん。でもモテ期はあん時がピークだったんだよね。中高は普通だったし、彼女とかはいなかったな。今もいないみたいだよ」
聞いてもいない奈良情報だ。
なんとなく探るように麻衣子を見ていたあかりだが、ニヤニヤ笑って麻衣子の腕を突っついた。
「ね、実は奈良が麻衣子の初恋だったりしない? 」
「はい? 」
あの感情は初恋未満だ。たぶんあんなことを聞かなければ、初恋に昇華していただろうけど、その前に潰れてしまったのだから。
「なんとなくだけどね、両想いだったんじゃないかって思ってさ。いまさらだけどね」
「ないない! あたしもそういうのはなかったし、あっちだって何とも思ってなかったはずだよ」
「そうかなあ? 」
麻衣子は着替えてくると、話しを無理やりストップしてリビングを出た。
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