第198話 クリスマスパーティー 3
慧が大学院校舎へ足を向けたのを見守った佳奈は、足早に校庭へ向かった。
慧は恭子の誘惑に負けるだろう。
あんなに恭子にのめり込んでいた慧だ。まさか、いきなり聖人君子に変わる訳ない!
佳奈は、慧のダメっぷりをこれっぽっちも疑っていなかった。
いた!
佳奈の視線の先には、温かいおでんを食べている麻衣子がいた。ベンチに座り、フーフーと玉子に息を吹き掛けている麻衣子の周りには、数人の男子がチラチラと麻衣子を意識するように立っていた。
男子達は、お互いに牽制するように視線を送り、麻衣子が一人なのか、彼氏と来たのか見定めているらしい。
クリスマスパーティーでナンパとか、どんだけ切羽詰まってんのよ。
佳奈はあからさまに馬鹿にした表情を浮かべたが、クリスマスに恋人がいないのは、何も麻衣子をナンパしようとしている男子達だけでなく、自分も同じ立場だということを失念してしまっている。
積極的に恋人を作ろうと努力する彼等の方が、クリスマスに人に嫌がらせを目論む佳奈より、よほど前向きだと思われるのだが……。
「麻衣子さん? 」
「あ……あぁ」
麻衣子は熱々っと玉子を口の中に入れた瞬間で、恥ずかしそうに口を手で隠し、片手でちょっと待ってとジェスチャーする。
やっと飲み込むと、なんとか笑顔を浮かべて佳奈にペコリと頭を下げた。
「あの、隣りいいですか? 」
「はい、どうぞ」
麻衣子はベンチの端に移動し、手でどうぞと合図する。
「あのですね。私、謝らないとなんです。……松田君に聞きました? 」
「あー、まあ、何となく」
「本当、私、どうかしてたんです。松田君が凛花ちゃんじゃなく、私と同じ部活に入ってくれて、好かれてる気がしたらどんどん好きになっちゃって……。好きな人のこと、沢山知りたくなるじゃないですか? なりますよね? それで、ついつい出来心で、盗聴器なんか……。それに、ほら盗聴器って、電波が飛ぶ範囲が決まってて、近くに行かないと盗聴できないじゃないですか?! 」
「はあ……」
言葉を挟む間もなく喋る佳奈に、麻衣子は戸惑いながらも相づちをうつ。
「盗聴器は仕掛けましたが、私も暇じゃないんで、そう頻繁に聞きに行けた訳じゃないし、仕掛けただけで満足しちゃったっていうか、悪用とかはしてませんから。ほんの数回、松田君の声を聞いて満足してただけで、録音したりSNSにアップしたり、他人に話したりしてません」
「はい」
「松田君は盗聴器は捨てたって言ってますけど、実はとってあったりしてません? いえね、あれって周波数さえ合えば誰だって聞けちゃうから、松田君が捨てたふりして麻衣子さんの秘密を嗅ぎ回ってるんじゃないかって思って」
「私の秘密って……、別に慧君に隠さないといけないことは……」
と言った時点で口ごもる。
隠している訳ではないが、言っていないだけだ。下着のモデルになった件だ。一般向けのCMやポスターには顔がでてないから、ばれることはないと思うが、やはり彼女が人前で下着姿になるのは慧といえど嫌がるかも……と、話しをしていなかった。
しかし、佳奈はそんな麻衣子の動揺を、おなかの子供の父親が慧じゃないことを隠していることだと思い込む。
「ほら、松田君だって色々あったんだから、麻衣子さんに色々あったってしょうがないです。彼氏に秘密の一つや二つあったってね」
「はあ? 」
佳奈がモデルの件を知っているとは思えないが、とりあえずうなづいておく。
「私、松田君のこと今は好きじゃありませんから。どっちかというと、嫌いになりました」
「……」
「だって、酷いですよ。松田君が夢中になった相手、色きちがいの年増ですよ?! あんなのに手を出すなんて幻滅です。しかも、何度も教授室で逢い引きして。今だって、麻衣子さん連れて来ておいて、自分は恭子先生といいことしてるんですから」
「えっ? 」
佳奈は、わざとらしくしまったという顔をし、恐る恐るという雰囲気を出して麻衣子を見る。
「やだ、ごめんなさい。私、大学で松田君と恭子先生のことがばれないよう作ろうにって、ダミーの恋人役をやらされてたの。で、恭子先生からも色々聞いてて。今日も教授室で逢い引きするからって。だから、松田君に麻衣子さんを連れて来てって言ったんです。謝りたかったのは本当だけど、麻衣子さんが来たら、まさか恭子先生と逢い引きなんかしないだろうと思って。そうしたら、さっき松田君が恭子先生の部屋に入って行くの見て……」
佳奈は、グッと麻衣子に顔を近づける。
確か、慧とその先生とのことがばれて、佳奈に脅かされて付き合ったことにされた……と慧に聞いていたが?
「本当ですよ! ちょっと来てください!! 」
何も嘘だと言っていないのに、佳奈は立ち上がって麻衣子の腕を強く引いた。つられて麻衣子も立ち上がり、そのまま引っ張られて歩き出す。
「あの……ちょっと……」
「いいから、私の言ってることが本当だって証明しますから」
佳奈は大学院校舎まで麻衣子を引きずるように連れてくると、恭子の教授室の前に立った。中からは何やら話し声は聞こえるが、何を話しているのかわからない。何故かドアに鍵がささったままだった。
「鍵……取り忘れてますね」
麻衣子が指摘すると、佳奈は鍵はそのままにドアノブに手をかける。
「鍵、閉まってます。中で逢い引きしてるんです! 」
いや、仮にそうだとして、鍵さしっぱなしって、かなり危機管理がずぼら過ぎる。
この部屋の主と、以前慧がそういう仲にあったのかもしれないが、今はないという慧の言葉を麻衣子は信じていた。
「踏み込みます! 」
「いや、ちょっと……」
ノックくらいはして……という麻衣子の言葉を聞かず、佳奈は鍵を開けてドアを乱暴に開く。
「まあ、やだ! 二人っきりで何をしてるんです……か? 」
二人抱き合っているんだろうと思い込み、鼻息荒く踏み込んだ佳奈だったが、目の前の二人の着衣に乱れどころか、適度な距離感まであり、逢い引きという感じは一つも見受けられなかった。
「何って……恋愛相談? 先生の」
「やぁね! 恋愛だなんて……」
この雰囲気はなんだ?
佳奈は一瞬呆気にとられ、今回の嫌がらせが不発に終わったことを瞬時に理解する。
それこそ、慧が恭子とSEXでもしているところを麻衣子に見せつけて、二人の仲をかき乱してやろうと思っていたのに!
そのために恭子をたきつけ、慧や麻衣子に謝りたくもないのに謝ったのだ。
佳奈は何も言わずに回れ右して、教授室を後にした。
「麻衣子、ちょっとこっち」
佳奈について去るべきか、慧に声をかけるべきか悩んでいた麻衣子に慧が手招きした。
「あ……うん」
慧の目の前に座っている女性は、聞いていたよりも若々しく、綺麗な女性だった。彼女と慧が……と思うと、いくら今は何もないと言われても、ズキリと胸が痛む。
「先生、俺の……彼女」
麻衣子が慧の横までくると、珍しく麻衣子の肩に手を回し、自分の方へ引き寄せた。
「ああ……彼女が」
恭子の視線が一瞬ぶれたが、すぐに笑顔になり麻衣子に手を伸ばした。握った手は温かく柔らかかった。
「じゃ、俺ら行くから」
「はいはい。ほら、牛乳持って行くんじゃないの? 」
袋に入れて忘れ去られていた牛乳を指差し、恭子ははいと慧に手渡す。
「約束……忘れないでね」
約束?
不安が麻衣子の眉をひそませる。
そんな麻衣子を見て、恭子はフワリと笑顔を浮かべた。
「嬉しいわ。こんな若くて綺麗な子が私にヤキモチやいてくれるなんて。私ね、慧君のお父様にずっと片想いしてるの。で、今度お父様に会わせてくれるって言うから、その約束。」
そんな約束していいの? と、慧に視線を向けると、慧は苦笑いしてうなづいた。
「じゃ」
慧は牛乳を持って、麻衣子の肩を抱いたまま教授室を出た。
「鍵、差しっぱなしなんだけど、いいの? 」
「これ、先輩に返すんだ」
慧は差しっぱなしだった鍵を牛乳を入れた袋の中に突っ込む。
「何で西条といたわけ? 」
「おでん食べてたら声をかけられたの。で、慧君が今でも先生と逢い引きしてるとか何とかで、連れてこられて……」
慧は頭を抱えた。
「あいつは何がしたいんだ? 」
謝ってきたかと思えば、麻衣子に嘘を吹き込んでみたり。以前みたいな、ネットリとした気味の悪い愛情を感じることはなくなったが、たまに睨み付けるようなきつい視線を感じることはある。
好かれてもウザイが、嫌われてもうっとおしい!
前は過剰で異常な愛情に辟易していたが、麻衣子と別れさせて自分が……という感じではなかった。好意を感じなくなった今の方が、積極的に麻衣子との仲を壊そうという意識を感じるのは気のせいだろうか?
「……逢い引きはないんだよね」
ないとは思っていても、つい心配になる。麻衣子は、慧のコートの裾を引っ張った。
「ないに決まってんだろ! ってか、逢い引きって、いつの人間だよ?! 昭和か?! 」
「西条さん、慧君のことまだ好きなのかな? だから、私達を別れさせたくてあんなこと……。私には、慧君のことは今は好きじゃない、嫌いになったみたいなこと言ってたけど」
「わっかんねぇよ。とりあえず、あいつとは接触すんな。もしラインとか来たら読まずに無視しろ」
「うん……」
恭子みたいに、誰かに丸投げできたらいいのに……。誰かマジであいつ引き取ってくんねぇかな。あぁ、うぜーッ!
佳奈を敵認定した慧は、とにかく佳奈を無視する、触らない関わらないのが一番と心に決めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます