第158話 番外編だよ中西君
最近、中西の部屋が汚い。
コンビニ弁当のゴミが袋にギュウギュウに押し込められ、悪臭を放っていた。脱ぎちらかした洋服なのか、洗濯済みの物かわからない衣類で床は覆われ、飲みかけのペットボトルも多数散乱している。
まだ飲めるか? とキャップを開け、一口飲んで吹き出した……なんてごく当たり前にあり、思い返すとここ最近おなかをくだしがちだ。
「そろそろ限界かも……」
浪人時代の自分の部屋に戻ってしまった訳だが、あの時は二年踏ん張れた。今はまだ一ヶ月。まだまだ楽勝かと思っていたが、あの時は亜美がいない状態だったから諦めもついていた。
今は、亜美は隣りの部屋にいる。
当たり前のように中西の世話をやいていた亜美が、ここ一ヶ月はぱったりと中西の部屋を訪れない。大学でも、亜美の回りは常に人の山になっており、近寄るのも一苦労だ。
最初は、無秩序に群がる学生にブチ切れるんじゃないかと心配していたが、すぐに亜美ファンクラブとやらが発足し、亜美の回りをがっちりガードし始めたため、亜美の怪力がバレることなかった。
ファンクラブの会長は流星で、亜美に手を出さない不可侵条約とやらを掲げていた。去年は、亜美と付き合っても問題ないか?! みたいなことを中西に言っていたというのに……。
汚部屋の悪臭にたまりかねた中西は、まだ寒い二月半ばだというのに、窓を開けて換気をしつつ、煙草をくゆらしていた。
夕飯の時刻だからか、辺りからは美味しそうな匂いが漂ってくる。外はすでに真っ暗で、アパートの回りは街灯が少ない。
中西は煙草を灰皿にしている空き缶に押し込むと、夕飯をコンビニにでも買いにでるかな……と、オーバーを羽織った。
サンダルをつっかけ、コンビニまでプラプラ歩いていくと、コンビニの向かいの角に、見知った顔を発見した。
一人は流星、あと二人は……亜美の取り巻きにいた気がする。
コソコソと隠れたような素振りに、あいつら何やってんだ? ……と思いながらも、スルーしてコンビニに入る。
「和兄? 」
コンビニのイートインコーナーを振り返ると、亜美がコンビニ弁当を食べながら手を上げていた。
「おまえ、何してんの? 」
「夕飯食べてる」
それは見ればわかる。なぜ、こんな近くのコンビニで食べているのかということだったのだが、それを考えていた中西は閃いた。
「おまえ、あったまいいな。そうか、ここで食べていってゴミ捨てれば、家にゴミがたまらないのか! 」
新発見! とばかりに、「俺もここで食べよう」と弁当とお茶を買ってきた。
「おまえ、最近ここで食べてたわけ? 」
「違う」
「ふーん……、いっただきま~す」
中西は豪快に、亜美はチマチマ弁当を食べる。
亜美の方が先に食べていたはずなのに、ほぼ同時に食べ終わった。
「さてと、帰るか。……おまえ、帰らねえの? 」
「帰れないの」
「何で? 」
亜美は、窓の外を顎をしゃくってみせる。
そこには流星達がいた。
「あいつら何してるわけ? 」
「私の家を知りたいようだ」
「ウワッ、ストーカーかよ。うぜえな」
「あれが諦めるまで帰れない」
亜美は本を読み出した。
なるほど……、最近亜美の帰りが遅いとは思っていたが、理由がやっとわかった。
以前の亜美なら投げ飛ばしておしまいだったが、少しは我慢する術を知ったらしい。
「あいつらに怒らないわけ? 前だったらすぐに手出てたけど、おまえも成長したな」
「自分のことで、手を上げたことはない」
「へっ? そうだっけ? 」
中西がイジメられたと泣いて帰ると、すっ飛んでいっていじめっ子をフルボッコにしていた。無表情で有無を言わせず上級生男子を投げ飛ばし、相手が泣いて謝るまでマウントをとって殴り続けるその姿が印象的で、直情型だと思っていたが……、言われてみれば原因はいつも中西だったかもしれない。
「和兄は先に帰れ」
「そういう訳にもいかんだろ。そうだ! おまえ、彼氏つくれば? 特定の奴ができれば、あいつらも諦めるだろ? 好きな奴とかいないの? 」
「……」
亜美は本から顔を上げると、じーっと中西を見て、無言で本に視線を戻した。
「いないかあ……」
無言を否定と受け取った中西は、うーんと顎に手をやって目をつぶる。
「しゃあないな、この俺様が一肌脱いでやるか。でもなあ、そうすると、涙にくれる女子が星の数ほどでるだろうし……。まあでも、亜美のためだししゃあないか」
「何をブツブツ言ってる」
「俺様が、おまえの彼氏になってやるって話しだ」
「は? 」
また馬鹿な話しを始めたかと、亜美はため息をつく。
「彼氏のふりなんか、すぐにバレる。第一、いつまで? 卒業まで続けられるの? 」
「お……おう、任せとけ! 」
「彼女作れなくなるけど」
亜美の瞳がキラリと光る。
「……まあ、彼女いない歴が二年くらい延びても、俺様は百歳まで生きるつもりだから、問題ないな」
「百年も一人で生きるつもりか? 」
「おまえね、縁起でもないこと言うなよ」
「じゃあ、私に彼氏ができるまで続けられるなら……その提案にのろう」
「なんか、上からだな……。まあ、いい。そのかわり、今まで通り、俺様の面倒を見ること! それが俺様の条件だ」
「了解した。和兄の面倒は任せろ。あと、彼氏のふりとかバレるから、実際に付き合うことにする」
「へっ? 」
亜美は、中西の腕をムンズとつかんだ。
「何か問題あるか? 」
「いや、別に……」
色々と問題はある気はするが、幼馴染みだろうが、彼女だろうが、亜美との関係が変わるとも思えない。
家のことやってもらえるのなら、まあいいか……くらいの考えしかない中西だった。
流星達の前をわざと腕を組んで歩き、アパートに向かうと、彼らも分かりやすく後をつけてくる。
ほぼぶら下がっているんじゃないかというくらい、亜美が中西にくっつくと、中西はボソリとつぶやいた。
「やっぱり、おまえ成長してねぇな……。特に胸が」
亜美が、ガブリと中西の腕にかじりついた。
「痛ェッ!! おまえ、まじ噛み切るつもりかよ。あーあ、コートにヨダレついたし」
後ろから見ると、仲良さげにからんでいるように見え、しかも二人はそのままアパートへ入って行く。電気がついた部屋は一つ。
後をつけていた流星の表情に、怒りに近い表情が浮かぶ。そう、このアパートは以前流星が亜美の後をつけた時に二人で入った中西のアパート。
まさか、今日も!!
「流星君、あの二人ってまさか……」
「なわけないだろ! 二人はただの幼馴染みだ! 」
流星はクルリと向きをかえると、駅に向かってズンズン歩き出す。
「流星君、いいの? 亜美ちゃんの家つきとめなくて」
「今日はお開きだ! 」
その様子を窓から覗き見ていた中西は、玄関で茫然と立ち尽くしている亜美を振り返った。
「帰ったみたいだぜ。……亜美? 亜美さん? 」
うつむいた亜美が、怒りに震えているのを見てとった中西は、怯えたように後退る。しかし後ろは窓で、どこにも逃げ場がない。
「あの……」
「………………」
何かつぶやいているが、中西の耳には聞こえなかった。
「亜美……さ……ん? 」
「一ヶ月……一ヶ月」
「はい? 」
亜美は音もさせずに中西に詰め寄ると、おもむろに中西の胸元をつかみ自分の方へ引き寄せた。
「たった一ヶ月こなかっただけで、この荒れようは何だ?! 」
「何だって……、見た通りなんですけど」
「ほ……んとに、和兄は私がいないとダメ人間だ」
「いやあ、それほどでも~」
「誉めてない! 」
しなをつくる中西に、亜美はがっくりと力を落とす。
「亜美さん、亜美ちゃーん」
亜美は大きなため息をつくと、滅多に見れない笑みを浮かべた。亜美の笑顔など見たのは小学校ぶりかもしれない。
笑顔は……まあ……可愛いかもな。
チビガキから、少しは昇格してもいいかもしれないと思った。
「和兄、お片付け! 」
「はい、喜んで! 」
夜中になっても、中西の部屋の電気は消えることなく、亜美の部屋の電気がつくこともなかった。
もちろん、初めてのカップルの共同作業は、中西の部屋の片付けであった。
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