第68話 復縁の予感?

 慧が教室に戻ると、ほとんど生徒はいなくなっていたか、麻衣子と美香だけが教室に残っていた。麻衣子は電話をしていたのか、慧が教室に入ったと同時にスマホの通話を切る。


「松田君、遅いじゃん! 荷物置きっぱだから、待っててあげたんだからね」


 なぜ隣りに座っていた佐久間じゃなく、麻衣子達が残ってくれていたのか不思議だったが、慧はとりあえず美香に礼を言う。

 鞄には財布が入っていたし、一ヶ月分の生活費が入っているので、盗まれたら洒落にならない。


「まいがね、松田は財布にいつも全財産入れてるから、待ってたほうがいいって言ったんだから、まいに礼言いなよ。あたしは付き合っただけ。ってか、財布落としたら洒落になんないじゃん。使う分だけ下ろすとかしないわけ? 」

「めんどいんだよ。麻衣子、サンキューな」

「ううん……」


 一ヶ月ぶりに会話をした。


「麻衣子、今日も政でバイトか?」

「ああ、うん」

「ふーん……。夕飯、食べに行ってもいいか? 」

「別に、あたしの店じゃないし、好きに来ていいよ」


 まあ、そりゃそうだ。


「じゃ、行くわ」

「松田、そんなら今日は麻衣子のこと頼めない? えーと、三日間?そう、月曜日まで」

「ちょっと、美香! 」


 美香は、慌てる麻衣子を制しながら、慧に両手を合わせる。


「うちの彼氏が出てくるんだわ。三日間うちに泊まるから、麻衣子いる場所がなくなっちゃうの」

「そんなの、適当にするからいいよ。理沙もいるし」

「理沙は実家でしょ? 三日間お世話になるのはきついよ」

「でも……」

「別にかまわねえよ。おまえの荷物そのままだし、三日間くらい戻ってくれば?」

「いいの? 」


 逆に好都合だ!


 そう叫びたいのを我慢して、慧は何でもないことのように装う。

 三日間一緒にいれば、なんとかよりを戻すきっかけができるかもしれない。


「悪いね、松田君! でも、だからってまいに手を出さないようにね」

「出すかよ! 」


 いや、出したい! 無茶苦茶出したい!

 合意なら問題ないよな?

 一ヶ月女断ちしてるオトシマエつけてもらわないと!


 美香に牽制され、慧は不機嫌そうにそっぽをむく。

 実際は、不機嫌でもなんでもなく、ニヤケそうになる顔を隠すために顔を背けたのであった。


 美香のスマホが鳴り、美香が麻衣子の肩を叩いた。


「じゃ、月曜日にね。彼氏駅についたみたいだから迎え行かなきゃ」


 美香は教室から出て行った。


 教室に二人きりになり、沈黙が二人の間に流れた。

 慧は麻衣子の表情を盗み見る。

 困惑しているようだが、決して嫌がってはいないようだ。


「……迷惑じゃない? 」

「別に。おまえ、三日間どうするつもりだったわけ? 」

「美香は、彼氏とラブホでも泊まるからいいよって言ってくれてたんだけど、さすがに……ね? 理沙は家に来ていいって言ってくれてたし、一日くらいお世話になって、後は漫喫にでも泊まろうかなって」


 美香の彼氏が上京してくるのは本当で、金曜土曜日は麻衣子は美香の家を出るつもりだった。

 ただ、彼氏が帰るのは日曜日の夕方なので、日曜日まで泊まる必要はなかった。


 何故、美香が月曜日まで麻衣子をよろしくと言ったかというと、麻衣子のスマホにさっき電話がかかってきたからで……。


 相手は理沙。


 とにかく聞いて! と言われ、美香と二人で耳をすませていたら、慧と女性の話し声が途切れ途切れではあるが聞こえてきたのだ。

 それから、理沙達が部室に入ってからの会話はバッチリ聞こえた。

 聞こえにくかった部分は、慧が教室に戻ってくる間に、理沙が全部話してくれた。


 清華との会話を聞いた美香は、清華が三日間は慧にアプローチしてくるとふんで、とりあえずは月曜日までは慧といた方が良いと判断したのだ。


 麻衣子は、嬉しくてニヤケそうになる顔を引き締める。

 慧が自分とよりを戻したい、麻衣子じゃないとダメだと言っていたのは、スマホから直に聞こえたから。


 さっきのを目の前で言ってくれたら、すぐにでも戻るんだけどな……。


 麻衣子はチラリと慧を見る。

 同時に、慧も麻衣子の方を見て、視線が重なった。沈黙が気恥ずかしく、慧が視線を泳がせる。慧の耳だけが赤くなっていた。


「おまえ、仮にも女なんだから、漫喫に泊まるとかないだろ。なんかあったらどうすんだよ! 」

「……心配してくれてる? 」

「バッ! そんなんじゃなく、一般論で……」

「一般論か……」


 麻衣子が残念そうな表情を見せると、慧はより耳を赤くする。


「いや、少しは、その……。とにかく、バイトは何時から? 」

「五時から」

「あと一時間半か……。茶でもするか? 」

「うん」


 慧は、教科書やノートを鞄につめて帰り支度をし、教室を出ようとした時、慧のスマホが鳴る。

 慧は麻衣子に隠すでもなくスマホを見ると、ゲッとつぶやいた。

 どうしたの?というふうに麻衣子に見上げられ、慧はどうしたもんか……と頭をかいた。


 清華が来たことは知らないと思っていたし、余計なことを言って、今日こないと言われても困る。


「あのさ、裏から出ない? 」

「裏? 」


 麻衣子はピンとくる。

 そして、麻衣子の想像はあっていた。

 慧のスマホに届いたメールは理沙からで、内容は清華が校舎脇で出入口を見張っている……というもので、その様子の写メまでついていた。


「裏ね、いいよ。じゃあさ、裏門から近い喫茶店、この間理沙に教えてもらったんだけど、そこ行く? 」

「行く行く! じゃ、裏口から出よう」


 校舎の裏から喫煙所を抜けると、こじんまりとした裏門に出る。正門のように常に開いてはいないが、この時間はまだ鍵はかかっていなかった。


 裏門を出て、喫茶店までの道、慧は麻衣子の手を掴んでズンズン歩いた。麻衣子も、手を振りほどくこともなく、喫茶店までの道案内をする。


 喫茶店に入ると、明るい店内は学生達がたむろしており、学生御用達の喫茶店らしかった。

 窓際のカウンターに並んで座り、メニューを見る。

 メニューの下に、勉強する場合は一時間ワンドリンク……と書いてあった。

 つまりは、この窓際のカウンターは勉強してもよいスペースらしい。充電できるコンセントもあるから、ノートパソコンなども使えそうだし、なにより区切りが広い。一人分がゆったりスペースになっていて、資料を広げながらのレポート書きも可能っぽかった。

 駅近の某チェーン喫茶店が、勉強禁止! とデカデカと貼り出しているというのにだ。


「凄いな、学生オンリーじゃん」

「あ、値段も凄く安いよ」

「本当だ。」


 慧はアイスコーヒー、麻衣子はアイスミルクティを頼んだ。


「そうだ。春休み、慧君のお母さん、何か言ってた? 」

「おまえの心配してたかな? 働き過ぎるなって。バイトが忙しくて来れないって言ったから」

「別れたこと、言わなかったの?」

「言ってないし、これからも言うつもりはない」

「なんで? 」

「……めんどいから」


 慧は、思っていることを言えずに、ストローをギリッと噛んだ。


「なんだ……それだけか。アハ、反省して元に戻るつもりなのかと思った。でも、無理か。慧君だもんね。浮気、止められないでしょ?」

「……もうしねえよ」


 慧は、聞こえないくらいの小さい声で言う。


「はい? 」

「なんでもない! 」


 浮気はしない、戻ってきてくれ!

 それだけなのに、どうしても切り出せない慧だった。

 もちろん、自分が悪いんだし、麻衣子とよりを戻したくてしょうがないのに、いざ目の前にすると、なんでか言葉がでてこない。


 それから、麻衣子のバイトに行く時間ギリギリまで喫茶店で喋った。話題はくだらないことばかりだったが、一ヶ月ぶりだからか、珍しく慧もよく喋った。


 まだ三日あるし!三日の間に必ず!!



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