第69話 復縁の予感 2

 居酒屋政、相変わらず繁盛している。サラリーマンがほとんどであるが、中には親子連れなどもいた。食事が美味しいからというのもあるだろうが、喫煙所を設けて店内禁煙にしているせいかもしれない。

 飲み屋にしては珍しいことだが、最近は分煙が定着してきているせいか、今のところ文句はでていない。


 慧も店外の喫煙所で一服してから、店内に戻った。もうすぐ麻衣子のバイト時間が終わるはずだが、まだ店が忙しいからか、麻衣子はあがる気配なく働いている。


 慧はスマホゲームをしようとスマホを取り出して、げんなりとした。

 つい最近まで清華からの連絡がこない日もあったというのに、今日大学に現れてから、恐ろしいほどの着信とメール、ラインが入っていたから。あまりにうるさいから、消音にしてあるのだが、バイブは切っていなかった。


 今も着信がついていて、スマホがブーッブーッと震えていた。


「慧君、電話でないのかい? 」


 常連のおっちゃんが話しかけてきた。

 このおっちゃん、くる度に毎回いる。麻衣子いわく、毎日きているらしい。名前は知らないが、おっちゃんが愛称になり、みな名前ではなくおっちゃんと呼んでいた。


「いや、まあ、面倒なんで……」

「でてやりなよ、さっきから何回もかかってきてるだろ? 急用かもしれないよ」

「はあ……


 慧はスマホの通話をスライドさせる。


『慧君、どこいるの? なんで電話でてくれないの? 』


 慧はスマホを持ち店外に出た。


『いい加減しつこい』

『ひどいわ!私、まだ慧君の大学にいるから』

『バカなの? 俺はもう大学にはいないよ』

『じゃあ、家に来て。すぐに帰るから。来てくれないなら、大学でずっと待つわ』

『行かない。行けない。もう止めてくれよ』

『嫌よ! 今日じゃなきゃダメなの!! 』

『とにかく無理だから』


 慧は着信を切り、電源までおとした。


「慧君? 」

「ああ、なんでもない。バイト終わった? 」

「うん、これから賄い食べるとこ」


 慧はスマホをポケットにしまうと、麻衣子と店内に戻った。

 すっかり、酔いもさめてしまった。


 それから最終の時間まで政で飲み、なんとか最終ギリギリで電車に飛び乗る。

 上り電車だからか、最終でも電車はすいていた。


 麻衣子は走ったからか、少し酒が回ったのか、目の回りまでうっすらピンク色になって、息を弾ませている様は、なんとも色気があった。

 慧も赤い顔をしつつ、そんな麻衣子をチラチラと見る。

 急げ!と走る際、麻衣子の手を握ったが、その手は電車の中でも繋がれたままだった。


「そのペンダント、つけてるんだ」


 慧の首筋にチェーンが見え、Tシャツの中に、プレートのペンダントトップがあるのがわかった。


「ああ、これ? 」


 慧はペンダントを取り出した。麻衣子が置いていったペンダントで、麻衣子が慧の誕生日プレゼントに買った物は、麻衣子のバッグに入りっぱなしだった。


「首輪だから、自分につけてんの」

「えっと? 」


 そう言えば、貰った時に首輪だって言ってたけど……。


「放し飼いはまずいだろ」


 もう少しストレートに話して欲しいんですけど……。


「慧君、意味不明だよ」

「フン……」


 慧は麻衣子の手を引き寄せると、自分のウエストに回させた。


「いや、電車の中だからね? 」


 あまり人が乗っていないとはいえ、パラパラとは乗客もいる。


「電車じゃなきゃいいんだな? 」


 慧の最寄り駅につき、電車の扉が開いた。


「ほら、下りないと」


 手を繋いだまま電車を下り、真っ直ぐ慧のマンションへ向かう。


 マンションにつくと、まず襲われると思いきや、慧はいきなり床に正座した。


「どうしたの? 」


 麻衣子の手を離さないから、麻衣子まで引っ張られるように床にペタンと座る。


「……」


 慧は言葉がでてこないのか、口を開きかけては閉じるを繰り返す。


「風呂、そうだ、風呂入るか? いれてくる」


 慧はスクッと立ち上がると、始めて麻衣子の手を離して風呂場へ向かった。

 シャワーで流す音がし、ジャージャーと風呂をためる音に変わる。


「すぐたまるからな」


 慧は戻ってくると、部屋の中を大雑把に片付け始めた。

 麻衣子がいた時よりも荒れているのは、しょうがないのかもしれない。麻衣子はキッチンへ行き、たまった食器を見てゾッとする。

 料理はしてないようだったが、インスタントラーメンを作った鍋や、コーヒーを飲んだマグカップ、いつ食べたのかわからない食べかけの弁当やらが流しにたまっていた。


 麻衣子は、ゴミを分別して捨て、食器を洗いながら、さっきの正座はいったいなんだったんだろうと考える。

 まあ、たぶん麻衣子に謝ろうとして言葉にできなかったというところか?


 だからといって、言外の気持ちを汲み、ナアナアにするつもりは更々なかった。


「慧君、さすがにゴミは捨てようね」

「めんどい……」


 慧がベランダを開けてなにやら捨てる音がした。

 キッチンの掃除が終わり、まさかね……と思いながらベランダを覗くと、たぶんゴミの入った袋が二つ。捨てるのも面倒だったんだろう。無造作に投げ捨てられたゴミ袋と、倒れたゴミ袋からこぼれ落ちたゴミが、ベランダをちらかしていた。


「慧君、ベランダはゴミ捨て場じゃないから! 」


 麻衣子は、ベランダに出てゴミをまとめ、台所からでたゴミとまとめて慧に渡す。


「これが燃えるゴミ、こっちがプラ、これはペットボトルね」

「……」

「捨ててきて」

「……はい」


 慧がゴミを捨ててきている間に、クローゼットを整理し、掃除機がかけられないから床にクイックルワイパーをかける。

 ベッドも綺麗にし、テーブルを片付ける。


 ゴミを捨て、ついでに一服してきた慧は、部屋が信じられないくらい片付いているのを見て、感心したように麻衣子を見た。


「一ヶ月で、よくこれだけ汚せるわね」

「そうか? 別にこんなもんだろ、男の独り暮らしなんて」


 確かに、麻衣子が慧の部屋に越してくる前も、この部屋の大掃除をしたが、あれはほとんど帰ってきてないから埃まみれなのかと思っていた。だが、どうやら違うらしい。普通に掃除をしないのだろう。


 こういうのを見てしまうと、自分がなんとかしないと……と思ってしまうのは女心なのだろうか?


「なんか、部屋が明るくなったような気がするな」

「それは気のせい。ほら、お風呂止めといたから入ってくれば? 」

「一緒に……入らないよな。先に入れば? 」

「あたしはもうちょい片付けるから、先に入って」

「はい」


 慧は素直に先に風呂に入る。

 一応、風呂に入りながら風呂場の掃除をする。

 といっても、洗剤でこするとかではなく、なんとなくシャワーで流したり、シャンプーボトルなどをキレイに並べるくらいであるが。


 風呂から出ると、麻衣子は流しを徹底的に掃除していた。


「入れば? 」

「ああ、うん」


 麻衣子は、クローゼットに置いてあった下着と部屋着を出すと、覗かないでねと一言言って風呂場へ向かう。


 麻衣子が風呂に入っている間、慧はシャワーの音を聞きながら悶々とする。

 セフレとなら何も考えずにヤればいいだけで、楽しくできれば良かった。一緒に一晩過ごして、何もなしってことはあり得ない。

 でも、麻衣子とはそれじゃダメな気がする。

 今だって、麻衣子と同じ部屋にいるだけで、押し倒してあれやこれやヤりまくる想像をしては、下半身がドクドクいうくらいだ。


 たぶん、麻衣子は最終的には足を開くだろう。麻衣子の身体のことは、麻衣子以上に熟知していたし、拒絶不可にさせるのなんて、三分もあれば十分だ。


 でも、それじゃ麻衣子は戻ってこない。


 ただ、誠意を持って謝る……それしかないことはわかっているのだが、それが簡単にできたら、一ヶ月女ひでりになんかなりゃしない。


 慧はベッドの下に布団を一組敷いた。

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