第70話 復縁

 麻衣子が風呂から上がると、慧が布団に転がってスマホゲームをしていた。


「上がった?ああ、また髪の毛乾かしてない」


 慧はスマホを枕の上に置くと、起き上がって脱衣所へ行き、ドライヤーを手に戻ってきた。


「座れよ。乾かしてやる」

「いいよ」

「いいから」


 いつもは、濡れた髪の毛が触ると気持ち悪いからと、慧が麻衣子の髪の毛を乾かしてくれていた。いわば、Hするための前準備であるのだが、今日は布団も別に敷いてあるし、麻衣子の髪の毛が濡れていようといまいと、慧には関係ないはずである。


 それでも、慧はドライヤーで麻衣子の髪の毛を乾かした。

 ドライヤーの温風をあてながら髪の毛を慧の指ですかれていると、何か頭を愛撫されているようで、首の後ろがゾクッとした。


「慧君ってさ、いつもは無愛想だし、すっごい面倒くさがりだけど、こういうのはマメにしてくれるよね? 」

「そうか? なんか風邪引きそうで嫌なんだよ。それに、髪の毛乾きかけのうなじが見える感じが好きなんだよな」


 慧が首筋の髪の毛をかき分けるようにすると、思わず麻衣子の身体が震え、吐息が漏れる。


「アッ……」

「変な声出すなよ」

「慧君が変なふうに触るからでしょ」

「髪の毛乾かしてるだけだろ」


 そうは言われても、耳の辺りや首筋に指がかするだけで、ゾクゾクするのは止まらない。

 おなかに力を入れ、感じないようにふんばりながら、麻衣子の視線が慧のスマホにいった。

 なんか、さっきからビービー鳴っている。


「スマホ、でなくていいの? 」

「うざいからいい」

「うざいって……」

「相手わかってるし、もう会うつもりないから」


 慧の顔は見えないが、声は本当にうっとおしそうだった。


 それはそれで可哀想というか、どんな人かわからないけど、きちんと話し合う必要があるんじゃないだろうか?

ヤるだけヤって、はいさようならでは、さすがに鬼畜過ぎる。


「聞いてもいい? っていうか、聞く権利はあるよね? どんな人なの? 」


 慧は、ドライヤーを止めると、テーブルの上に置いた。


「あいつは木梨清華、二十……六だったかな。旦那と二人暮らしだ。地元にいる時のセフレで、あいつの旦那の転勤で会わなくなった。」

「そんなに年上なの? 」

「ああ、見えないけどな」

「向こうから連絡があったの? 」

「そうだ。なんか、こっちにマンション買ったとかで。」

「会って……したんだよね? 」

「……」


 否定はなかった。


「あたしと別れてからは会った?」

「会ってない。……今日、大学に押しかけてきたけど、俺は会うつもりじゃなかったから」

「もう、会わないの? 」

「会わない」

「なんで? 」

「……」


 その答えが麻衣子が求めるものなんだが、慧は言うことができない。

 一番は麻衣子とよりを戻したいからだが、あまりにしつこすぎるし、少し常軌を逸しているようにも思えたからだ。


 まさか、あいつの頭がおかしいから会う気にならないなんて言ったら、なんでそんな相手とヤったんだって話しになるよな?


 慧は、とりあえずスマホをとってくると、麻衣子に見せた。


「見ていい。ってか見て」


 慧は、ラインを開いた。

 清華からの膨大な量のライン。その全ては、何で会えない? 連絡して欲しいというもので、慧が会っていないという証拠にもなっていた。

 今日だけでも凄い量がきている。


 昔を懐かしむような言葉や、赤裸々な二人の過去のHの様子。

 恋人とか夫婦以上の深い繋がりがあるとか。

 慧に彼女がいても、根本は自分のものだとか。

 自分以上に慧を満足させられる相手はいないとか。

 彼女とよりを戻すのはかまわないけど、自分を最優先するべきだとか。

 三日間でいいから、自分と毎月SEXしなければならないとか、……そんな内容が、エンドレスで綴られている。


「なんか……少し怖い」


 渡辺美和といい、思い込みの激しい女性に好かれるのだろうか?

 麻衣子は自分も慧のことが好きだということは置いておいて、本気で心配になる。


「少なくとも、昔はこんな奴じゃなかった。もっとさっぱりっつうか、逆に俺が旦那にやきもちやくくらい、俺との関係はドライだったはずで……。こんなに粘着質じゃなかったんだけど」

「ねえ、なんで三日間なんだろう?」


 拓実も疑問に思ったところに麻衣子も触れる。


「知らねえよ」

「ちゃんと話してみたほうがいいのかもよ? 」


 そうじゃないと、いつまでもつきまとってくるような気がする。


「会ったら、確実に襲ってくるぞ」

「やらなきゃいいだけでしょ? 」

「おまえ、男の生理がわかってねえな」

「だから、あたしと付き合ってる時も浮気したわけ? 」

「……」


 都合が悪くなると黙ってしまう。


「二人っきりで会わなければいいんじゃないの? 」

「おまえ、ついてくるか? 」

「バッカじゃないの? 何だって元カレと別れた元凶と会わないといけないのよ?! 」

「まあ、そうだよな。だから、やっぱり無視しかねえだろ? 」

「彼女とよりを戻したとか、適当に言えばいいんじゃない? だから、連絡してこないでみたいな」

「より……戻すか? 」


 慧がにじり寄ってくる。

 息がかかるくらいの距離で、慧は麻衣子のウエストに腕を回した。

 どちらかが顔を傾ければ、唇が触れるだろう。そんなギリギリの距離を保ちながら、慧から触れてくることはなかった。


「バカでしょ? まだなんの解決もしてないのに、なんでよりが戻せると思うの? 」


 麻衣子は顔を赤くし、慧と距離を置こうとする。でも、距離は変わらない。


「もう会ってないし、会うつもりはないって言ってる」

「でも、こんなに連絡きて、大学にも押しかけてくるじゃない」

「だな。なんなら、旦那にでもばらすか? 」

「止めなさいよ。離婚にでもなったら、責任とらないとでしょ? 慰謝料だって請求されるかもだし」

「俺、まだ未成年だぜ? あっちに問題あるだろ」


 確かに、慧は十九になったばかり。ずいぶん達の悪い未成年である。


「とにかく、旦那さんを巻き込むのは止めなさい」

「じゃあ、やっぱり俺らがより戻すのが一番じゃね? じゃなきゃ、やっぱり旦那にどうにかしてもらうしかないよ」


 慧は、麻衣子が好きだからよりを戻したいとか、反省の言葉を述べることなく、麻衣子とよりを戻そうとしていた。


「どっちがいいと思う? 」

「……ずるいわ」


 慧が麻衣子を布団の上に押し倒した。


「好きだ……」

「ずるい……」


 麻衣子の太腿の間に、慧は膝を割り入れてくる。

 抵抗なく膝を滑りこませると、慧は麻衣子の頬を撫でた。


「嫌なら避けろよ」


 慧は再度顔を近づけ、ギリギリの距離で止める。


「避けなくていいんだな? 」


 慧の唇が麻衣子の唇を塞いだ。

 舌が絡まり、麻衣子の口から吐息が漏れる。


 一ヶ月ぶりのキスは濃厚で、しばらく離れることなくお互いの唇を貪った。


「ちょっと待って……」


 慧の手が麻衣子の洋服を脱がしにかかった時、麻衣子が慧の手を止めた。


「無理! 待てないし」

「いや、そこは待とうよ」

「なんで? 」


 慧は麻衣子の胸をまさぐり、下半身にも手を伸ばす。


「ちゃんと話しをしてからじゃない? 」

「ヤりながら話せばいいだろ」


 こうなると、慧は遠慮がなくなる。


「また、付き合うわけだよね? 」

「ああ」

「もう浮気はしないでね? 」

「ああ」

「次は絶対別れるからね」

「ああ」

「清華?さん?とも、しっかり終わりにしてね」

「ああ」

「もう……一回、……もう一回言って? 」

「何を? 」

「あたしのこと好き? 」

「好きだ……好きだよ」


 麻衣子は慧の体温を感じ、その重みを嬉しく思った。


 外が明るくなってきた頃、やっと二人は眠りについた。

 何回やったか覚えてないくらい、何度も何度もお互いに求め合い、まだ足りないくらいだった。

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