第4話 ウソ~ッ?!

 いつもと違う温もりを背中に感じつつ、布団の中で麻衣子はモジモジとしていた。


 昨晩のことは、断片的にしか覚えてないけど、身体の違和感が脱バージンを証明していた。


 恥ずかしくて起き上がれない。


 でも、いつまでも裸で寝ているわけにもいかないし、拓実( だと勘違いしている慧 )に朝ごはんも作ってあげたい。

 なにより、拓実( だと勘違いしている慧 )が起きる前に、化粧をしなければならなかった。


 麻衣子は、意を決して拓実( だと勘違いしている慧 )の方へ向きをかえた。

 起きてないか確認して、布団を抜け出そうとしたのだ……が?


 ダレ?!


 麻衣子の身体が硬直する。

 驚き過ぎて声もでない。

 見覚えがなくはない。でも、誰だかわからない。


 麻衣子の痛いばかりの視線を感じたからか、布団の中の男が目を開けた。


「……おはよう」

「……おはようございます」


 挨拶をされたので、挨拶をしかえす。


「風呂……借りていい? 」

「……どうぞ」


 男は、素っ裸のままとくに隠すでもなく、ユニットバスへ向かう。


 昨日のあたしの初H……、相手はあいつ?!


 麻衣子は、頭の中でウソ~ッ!

 と叫んでいた。


 それにしても、いつまでも裸でいるわけにもいかず、下着をつけて部屋着に着替える。

 部屋に散らかった服をたたみ、男の服もたたんだ。さすがにパンツに触るのはためらわれたが、シャツとズボンの間に押し込んだ。

 布団をたたみ、テーブルを戻す。

 台所で洗顔し、化粧をした。


 いつもの麻衣子が鏡の中に現れる。


 鏡の中の自分は、昨日までの自分と何も変わりはしない。誰だって一度は経験することだ。やってしまったことは、悔やんだってどうにもならない。


 問題は、あの男が誰か?

 あたしがバージンだったのがばれているか?……だ。


 見覚えがあるから、たぶんサークルの人だと思うし、もしそうならあたしがバージンだとばれるのは、過去の地味な自分までばれてしまいそうで、なんとしてもさけたい。


 麻衣子は、考えながら器用に朝食を作った。食費を切り詰めなければならない麻衣子にとって、二人分用意するのは辛いが、まさか自分の分だけというわけにもいかず、目玉焼きにカリカリベーコン、トーストを焼いてコーヒーをいれた。


「わりぃ、タオル貸して」


 男が顔だけドアから出して言った。

 麻衣子は、たたんだ男の洋服とバスタオルを手渡した。

 脱衣所はないから、トイレで着替えてもらわないといけない。

 男は、キレイにたたまれた洋服と、化粧済みの麻衣子の顔を見て、ふーんとつぶやいた。


 男が洋服に着替えて部屋に戻ってくると、テーブルの前に正座して座っていた麻衣子の前に、アグラをかいて座った。

 ズボンに入れてあった銀縁の眼鏡をかける。


「松田君?! 」


 眼鏡をかけた顔を見て、初めて男が同級生の松田慧だと気がついた。


「えっ? ああ、うん。なんでそんなに驚いてるんだ? 」


 名前を叫ばれて、慧は今さらどうした? と顔をひきつらせる。


 派手でイケイケ( 死語だ )だと思われている自分と、真面目そうな松田君。なんだって接点のない自分達が、いきなりHしちゃってるの?


「これ、食っていいの? 」


 二人分用意してあるテーブルを指差した。


「あァうん。どうぞ召し上がれ」


 テーブルの上の料理に、慧はすぐさま手をつける。


 ベーコンはカリカリで、卵は半熟。

 なかなかどうして、うまいじゃないか! ……と、慧はガツガツとたいらげる。


「あのさ、なんで松田君がうちにいたりなんかするのかな? あ、よかったらこれも食べる? あたしあんま食欲ないし」


 実際二日酔いで、作ったはいいが、食べれる気がしていなかった。


「まじで?! 食べる! 」


 細い身体のわりには、朝から食欲旺盛な慧である。

 まあ、昨日麻衣子と四回もHしたのだから、食欲があって当たり前かもしれない。


 慧の史上最多記録だ。


「それで……? 」

「ああ、林に押し付けられたんだよ。同じ方面だから送ってけって。おまえ、泥酔しまくって、一人で歩けなかったから、ここまで連れてくるの、すげえ大変だったんだぞ」

「それは……どうも」


 送ってもらったのは有り難いが、だからってなんだってH?


「あのさ……あたし達って……、したよね? 」


 慧は、最後にコーヒーを飲み干すと、ゴロンと横になった。


「した? セックスのこと? 」


 直接的に言われ、麻衣子は赤面してしまう。それを隠すように、食器を台所に片付けて洗い物をする。


「いや、まあ、その……。たいしたことじゃないけど、ほら、あたし酔っててあまり記憶ないっていうか……」


 初めてなのに記憶がないのはあり得ないのかもしれないが、実際に覚えてないのだからしょうがない。拓実との幸せな夢だと思っていたし。

 もしかしたら、最後まではしてないかもしれない……という淡い期待をこめて聞いてみた。もしかしたら夢かもしれないし……。


「ふーん、たいしたことじゃないんだ」


 慧は、麻衣子の後ろから近づくと、ウエストに手を回した。てっきり、バージンを奪ったと罵倒でもされるのかと思っていた慧は、まさかの朝食までご馳走になり、すっかりセーフだったんだと気が大きくなった。


「ヒェッ! 」


 思わず叫んでしまい、麻衣子は慌てて何でもないことのように取り繕う。


「いきなりはびっくりするから。ほら、お皿危ないし」


「いきなりじゃなきゃいいわけ?じゃあ、胸揉ませて」

「えっ? 」

「いきなりじゃなきゃいいんだろ? 」

「まあ、それは……。」


 拒否するのも今さらな気もする。


「別にいいけど! 」

 

 麻衣子は開きなおった。


 慧は、真っ赤になっている麻衣子の耳を眺めながら、ついつい苛めたい気持ちがムラムラと湧いてくる。


「やっぱ待った、ちょっと待った! 洗い物しないとだから」

「すればいいじゃん」


 ここまで遠慮なく触ってくるということは、これは確実にやっちゃったやつだ!


 最後までしてないかもという淡い期待は、麻衣子の中で弾けとんだ。


 ということは、あたしがバージンであったということは、何がなんでも隠さないといけない! 地味でイケてない自分なんて、過去に葬ったんだから!


「ね、マジで待とうよ。朝っぱらから……ねえ? 」

「朝じゃなきゃいいんだな」


 素直に慧は麻衣子から離れ、麻衣子は安堵した。


「すぐそこにコンビニあったよな? 」

「あるよ」

「俺、歯ブラシ買ってくる。なんかいるのあるか? 」

「特には……」


 慧は、財布を片手に部屋を出ていった。


 いや、そのまま帰ってくれてもいいんだけど……。

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