第44話 公園で

 昨日は、慧の両親と慧の兄のあきらとその婚約者の美鈴みすずと遅くまで飲んでしまった。


 慧の父親は医師で、兄の彬も婚約者の美鈴も同様に医師だということだ。お医者様というと、厳格なイメージがあったが、全くそんなことはなく、フランクに 麻衣子に接してくれた。あまりの居心地良さに、親戚の家にいるかのようにくつろぐことができ、ついつい飲み過ぎてしまったほどだ。


 朝、ボーッとした意識の中、慧の体温を感じつつ起きた麻衣子は、用意してもらった布団ではなく、慧のベッドで寝ていることに気がついた。

 しかも、素っ裸だ。

 昨晩、酔っぱらった慧を拒絶しきれず、ついついヤってしまったのだ。麻衣子の腕の内側には、くっきりと青紫の痣のようなものが残っている。

 声をたてないように、最初から終わりまで、必死で腕に口を押しつけていた証であった。


 麻衣子は起き上がって洋服を着ると、使用されなかった布団をたたんで隅に置いた。

 ベッド横のゴミ箱を確認し、昨日の夜の残骸を拾う。こんなものを残してしまったら、ヤってしまったのがバレてしまうではないか。

 せっかく快く麻衣子を家に迎え入れてくれた慧の両親に、申し訳なさ過ぎる。


 ビニールに入れて固く縛ると、旅行鞄の一番奥にしまった。


 どういうつもりかわからないが、慧はいつでもゴムを持ち歩いている。しかも、いろんな場所から出てくる。

 今回などは、麻衣子の旅行鞄に二箱も忍ばせていた。


 避妊はもちろん大事だ。


 でも、常に持ち歩く必要はないのではないか?

 疑惑の種がムクムクっと芽を出した。


 昨日、慧の御乱行ぶりを聞いたせいかもしれない。

 毎日違う相手を裏小屋に連れ込んでいたとか、高校の体育館倉庫や屋上手前の階段の踊り場で、昼休みごとに女子とナニをしていたとか……。半分武勇伝みたいなノリで話され、麻衣子としては苦笑いで聞くしかなかった。


 つい半年前まで、そんな状態だった慧が、自分一人に満足できるとも思えず、今までで気にしていなかった慧のコンドーム事情に、疑惑と不安が芽生えてもしょうがないのかもしれない。


「起きたのか? 」


 隣りに麻衣子がいないことに気がついた慧は、麻衣子にオイデオイデをする。

 麻衣子は、素直にベッドに近寄ると、ベッドの端に腰かけて慧にキスをした。

 麻衣子をタオルケットの中に引きずり込もうとする慧に、麻衣子は最大限の抵抗をみせる。


「ダメだって。みんな起きてるだろうから。先に下に行ってるよ」


 不満そうな慧を部屋に残し、麻衣子は台所へ向かい八重の手伝いをした。


 夕方近くまで、麻衣子は八重を手伝ったり、慧の母親とテレビを見たりして過ごした。

 八重などはすっかり麻衣子が気に入り、今時の若者にしては珍しくキチンとしたお嬢さんだ、慧坊っちゃまは良い人を選ばれた!と、慧の両親に太鼓判を押しまくっていた。


「じゃ、ちょっと出てくる。何時に帰るかわからないから」

「なによ、麻衣子ちゃんは置いていけばいいじゃない。ね、今晩はステーキにしましょ。美味しいお肉があるのよ。居酒屋の安い食事より、ずっと美味しいんだから」


 慧の母親は、麻衣子の袖をひいて言う。

 正直、ステーキには惹かれたが、飲み会には慧のセフレもくるだろうから、慧を一人で行かせるわけにもいかない。


「安い食事って、元の母ちゃんが泣くぞ」


 どうやら、元の母親がやっている居酒屋を貸しきって集まるらしい。元も料理学校に通いながら、手伝っているということだ。


知恵ちえちゃんとこか。あそこの料理は美味しいわね。ママも行こうかしら? 」

「バカか? 今日は貸し切りだとさ。親連れて飲みにいけっかよ。ほら、行くぞ」


 慧は麻衣子を引っ張って、家から出る。

 しばらく麻衣子の腕を引っ張っていた慧は、公園の真横で立ち止まった。

 小さな公園で、ブランコと滑り台、砂場しかない。小さい頃、ここで遊んだんだろうなと、麻衣子はホッコリした気分で遊具を見つめた。

 まだ日は明るいが、世間ではもうすぐ夕飯の時間。さすがに遊んでいる子供はいなかった。


「ヤってく? 」


 小さい頃の慧を想像して和んでいた麻衣子の耳に、いつも通りに下品な慧の一言が突き刺さる。


「あのね、ところ構わず発情するの止めようよ」

「俺は犬か? 」

「明日まで我慢できないの? 明日には帰るんだよ」

「できない! 」


 慧は、麻衣子を公園の中に連れて行くと、トイレの裏に引っ張り込む。

 うまい具合に通りから死角になっており、茂みまであって、よっぽど覗き込まないと見えないようになっていた。


「かくれんぼするとさ、だいたいみんなここに隠れにくんだけど、けっこうな確率で高校生カップルがいんだよな。よく隠れて覗いたりしたぜ。写真とって売りさばくと、いい小遣いになったりな」


 それは、健全な小学生時代を送ってこなかったという暴露ですか? 小学生時代とはいえ、覗きに盗撮、犯罪ですから。


 呆れながら慧の話しを聞いていたが、高校生の慧もここを利用したんじゃないのだろうか? と、やきもちに似た感情が、麻衣子の胸をムカムカさせた。


「さ……慧君も、……覗かれたりしたわけ? 」

「俺? さあな。かもしれないけど、あんま気にしなかったから」

「そ……れは、気にしようよ」


 麻衣子は、なぜ今回はスカートばかり持ってくるように慧が気にしていたのか、わかったような気がした。しかも、タイトなものではなく、フレアなものばかり選んで、麻衣子に持たせていたのだ。

 つまりは、こういうシチュエーションもあり得るとふんでいて、

 スカートならばどこでもいつでもヤりやすいということなんだろう。


「ほら、写真撮るにしてもさ、メインは下半身じゃん。まあ、女の顔はいれるとしても、男の顔は見切れることの方が多いからな」

「……」


 SEXをしている時の慧は、いつもよりも饒舌だ。それが、麻衣子の聞きたい話しかどうかはおいておいて。


「その写真で浮気がバレた女もいたな」

「最低……」


 最低なのは慧であり、慧を相手に浮気をしている女なのだが、慧は浮気がバレたことが最低なことだと思い込む。

 いつもなら、以前にセフレがいたことも隠していた慧だが、昨日ことごとく暴露されたせいか、隠すことなく以前の情事について麻衣子に語った。

 しかも、麻衣子と身体を重ねながらだ。


「あん時は、女の顔だけ写ってたから良かったけどな。番長みたいな奴の女でさ、ばれたらやばかったよ」

「そういう話し……、聞きたく……ないよ」

「ああ、まあ、そうだよな」


 慧はそれからは黙々と事を成し遂げ、覗かれることも写真に撮られることもなくすんだ。


 慧は満足そうだったが、麻衣子はくだらない昔話を聞かされつつ、こんな真っ昼間からしかも青空の下で……とため息しか出なかった。拒否しきれない自分にも嫌気がさしていた。

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