第43話 慧の幼馴染

「慧、おまえ帰ってきてるんなら連絡よこせよ! いつも既読スルーしやがって! 」


 二階から直に部屋に上がれるらしく、ドアを開けるといきなり六畳間になっていた。

 ベッドに一人、センターテーブルのところに二人座っている。

 そのうちのベッドに座っていた男が、慧の方へ歩いてきて肩をバシバシ叩いた。


「今帰ってきたんだよ」


 慧は勝手知ったる……というふうに靴を脱いで持って部屋の中に入ると、新聞紙が敷いてある上に靴を置いて、ベッドにドカッと座った。


「おまッ、ラインくらいよこせよ」

「さっき送ったぞ」

「マジ? 」

「ほんとだ。グループライン入ってる。ツレって? 」


 男子三人の視線が、ドアの外にいる麻衣子に注がれる。

 入っていいものかわからず、とりあえず紹介してもらえるのを待っていたのだが……。


「はじめまして。徳田麻衣子です。慧君と同じ大学です」


 紹介などしてもらえないから、自分で名乗った。みな、ポカンとして麻衣子を見ている。慧が女の子を連れてくるというのが、よほど珍しいことなのだろうか?


「えーと、もしかして……彼女?

「それはねえだろ? 慧だぞ」

「だよな。……慧だもんな」


 いったい、慧君ってどんな高校生活送っていたんだろう。


 麻衣子はひきつりそうになりながらも、なんとか笑顔をキープして部屋の中に上がる。慧と同じように靴を脱ぎ、新聞紙の上に置いてみた。


「俺がなんだよ? 彼女だっつうの。ほら、こっちこいよ」


 慧がベッドの横を叩く。


「おまえね、ここは俺の家な。どうぞ、こっちに」


 麻衣子は勉強机の前の椅子をすすめられた。


「なあ、琢磨、裏の小屋ってまだ使えるの? 」

「へっ? いや、まあ、使えるけど、使うつもり? 」

「だってよ、こいつ、家だとダメだって言うんだもん」


 なんとなく話しの流れから、どんな内容の話しをしているか推測がつく。

 つくが、それは……。

 たぶん、裏の小屋というのは女子を連れ込むための場所なんだろう。高校生だった慧達に、ラブホテルのお金を調達するのは厳しかっただろうから。


 麻衣子は慧を睨み付けた。

 慧はシレッとして、スマホをいじっている。


「あの、俺ら慧とはガキの頃から一緒でさ、俺は上野琢磨うえのたくま、こいつは木田孝介きだこうすけ、こいつは佐野元さのはじめ

「どうも、突然お邪魔してすみません」

「いや。元、麻衣子ちゃんにお茶」

「あ、俺もね」

「おまえは勝手に飲め! 」


 琢磨は慧にペットボトルを投げつけた。


 琢磨はいかにもスポーツマンみたいな見た目をしており、長身にスポーツ刈りで、色黒の肌に白い歯が光っている。たぶん、凄くモテるだろう。

 孝介と元はヤンチャ系というか、孝介はがっしりとした体格で、角刈りで硬派っぽかったし、元は背は小さいけれどチャラい感じだった。

 この中にいかにも真面目っぽい慧が入ると、まったくもって共通点が見当たらない。


「こいつさ、見た目だけは真面目だけど、中身は滅茶苦茶だろ? 大学でうまくやれてるのかな? 」


 琢磨は元が持ってきたお茶を麻衣子の前に置くと、麻衣子の目の前に座った。他の二人も麻衣子に興味があるようで、回りに集まってくる。

 一人椅子に座り、上から見下ろすのも居心地が悪く、麻衣子も絨毯に直に座った。


「たぶん。グループが違うから、あまり大学では一緒に行動してないですけど、友達は男子も女子もいますよ」


 女子は……まあ、微妙だけど。


「そっか。こいつ、超無愛想じゃん。面倒くさがりって言うか、口も悪いし。ラインとかも既読スルーは当たり前だし。俺らみたいにガキの頃から知ってれば、こういう奴だから仕方ないかって思うけど、新しい奴にはムカつかれてないかなって」

「アハハ、あたしには既読すらつきませんよ」


 慧は勝手に喋ってろとばかりに、ベッドに横になり、スマホゲームを始めてしまう。そんな慧に特にかまうでもない三人は、たぶんこんな慧の態度には慣れているんだろう。


「やっぱ、慧は慧か」

「にしても、大学入って彼女連れてくるとは思わなかったぜ。しかも、こんな可愛い子」


 琢磨が言うと、残りの二人もウンウンとうなずく。


「化粧のせいだよ」


 慧は、スマホから顔を上げるでもなく口を挟んだ。


「おまえね……」

「彼女ってのが初じゃね? 」

「だな。色々お手つきしてたけど、彼女にはならなかったもんな。だいたい、こいつと付き合える女いなかったし。面倒くさい系には手出さなかったからな」


 お手つき……って、セフレのことだろうな。


「おまえら、色々うるせーよ! 」

「あ? 慧でも、彼女には知られたくないんだ? こいつ、なんでか女に不自由しなくて、モテてる琢磨なんかよりずっと、女がきれないんだよな」

「でも、だいたい二番手じゃん。彼氏ありばっかだったし」

「後腐れないタイプばっか」

「高岡の彼女に手だした時はびびったよな」

「そうそう! 相手は後腐れないタイプでも、その彼氏がやばかったもん。バレたら半殺しじゃすまないし。今、ホンマモンのヤーサンになったって噂だぜ。そう言えば、小田愛実ともなんかあった?あっちで偶然会って……みないな話し、この前言ってたけど」

「バッ!! マジおまえらありえねえ! 」


 今まで流して聞いていた慧が、急に慌てたようにベッドから起き上がり、三人の口を塞ごうとする。


 なるほど、カラオケボックスの子の名前は小田愛実さんね。

 わかりやすいからいいけど……。スルーしてたら気がつかないのに。


「全部昔の話しだかんな! 」


 大学一年の麻衣子達にとって、高校時代が果たして昔と一括りにできるのかは謎だが、自分と付き合う前のことまで気にしていたら身がもたないと、麻衣子は聞き流すことにした。

 ドタバタしている男連中に注意する。


「慧君、下はお店でしょ! 暴れたらお客さんに迷惑だよ。ほら、お茶がこぼれる! はいはい、昔の話しなんでしょ。わかってるから暴れないの! 」


 麻衣子は慧を嗜めつつ、気にしてないことをアピールする。そんな麻衣子を見て、琢磨達はオオッ! と歓声を上げた。


「すげえ! 慧の彼女、神だ! 」

「まじ、神! 普通、許せねえって」

「いや、そのくらいじゃないと慧とは付き合えないかも……。浮気も気にしないくらいじゃないと」

「神でもなんでもありません! あと、浮気を許したつもりはありませんから。付き合う前の話しは気にしないだけですからね。付き合ってからの浮気はなしです! 」


 麻衣子は、そこだけは間違えないで! と、慧に詰め寄る。


「もしさ、仮にだよ、慧が浮気……なんかしちゃったとしたら、どうする? 」


 琢磨は、興味本位というか、あり得る話しとして麻衣子に聞いた。麻衣子は琢磨を見て、そんなこと考えてもみなかった……と、キョトンとした。

 大学も一緒。サークルも一緒。同じ部屋に住み、毎日数回Hしていて、浮気する暇なんかないと思っていたが、よくよく考えてみれば、麻衣子がバイトしている間はヤり放題といえなくはなかった。


「浮気……する? 」

「しない」


 麻衣子がおずおずと聞いてみると、慧は即答した。

 まあ、それを鵜呑みにする麻衣子ではないが、信じたい気持ちはある。


「うーん、もし慧君が浮気したとして、慧君が一番イヤがりそうなことって何かな? 」


 それは、幼馴染の三人の方がわかるだろうと聞いてみた。


「慧がイヤがること? 」

「スマホ水没とか? 」

「それはおまえだろ? 慧なら、やっぱりSEX禁止じゃね? 」

「確かに、三日ももたねえな」


 ゲラゲラ笑い合う琢磨達に、慧は枕を投げつけた。


「俺はどんだけ猿なんだよ! 」


 確かに……。それはそうかもしれないが、浮気したからHしないじゃ、より浮気に走るのではないだろうか?


「慧君がイヤなこと……、思いつかない! 」

「じゃ、浮気しかえしちゃう的な? 俺、協力しちゃうよ」


 元が姿勢よく手を上げ、慧におもいっきり叩かれる。


「うーん、たぶんそういうの、あたしの性格的に無理です。やっぱ、そうなったら別れるのかな?

なってみないと分からないや。でも、別れたくないから浮気は止めようね」

「あー、慧の彼女なのに、凄くマトモだ! 慧、いい子じゃん」


 琢磨に肩を叩かれ、うぜえよ!

と言いながら、耳は真っ赤になっている。

 それから、慧達のアルバムなどを見せてもらい、夕飯の時間までグダグダと過ごした。

 なにげに、高校時代のアルバムを見た時、小田愛実の顔写真をチェックする麻衣子であった。


「なあ、裏小屋寄ってから帰ろうぜ。裏小屋、裏小屋! 」


 慧は、ベッドの上でジタバタしながら裏小屋を連発する。


「ほんと、バカなの? こっちにいる間は、そういうことはナシ! 」


 第一、友達の前でじゃあ裏小屋行きましょうなんて言ったら、今からヤります! と宣言しているようなものじゃないか。そんな恥ずかしいこと、絶対無理だし!


 慧は拗ねながらも、スマホをチラリと見てため息をつく。

 慧のスマホには、いい加減に帰ってきなさい! という、母親からのラインが届いていたから。


「しゃあね。じゃあ、帰るか」


 慧は、ベッドから起き上がると、頭をかきながら立ち上がった。


「明日、高校の同窓会っつうか、近所のやつらが集まるんだけど、慧もくるよな? 時間と場所、ラインに入れとくから」


 琢磨がスマホをいじり、慧のスマホにラインの着信がつく。


「気が向いたらな」

「麻衣子ちゃんも来てよ。いろんな方面に声かけてるから、他学年とか違う学校に行った奴らとかもくるしな」

「いいの? 」

「もちろん! 女の子は大歓迎だよ」


 元も孝介も大きくうなずく。


「慧君が行くようなら、お邪魔するかも」

「慧こなくても来てくれていいんだけど」


 慧が元の頭を小突く。

 じゃあねと手を振り、慧と麻衣子は琢磨の家を後にした。

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