第三章

第42話 慧の実家

 麻衣子は重~い気分のまま、駅前の和菓子屋で和菓子を購入しようと立ち寄った。

 慧の好きなどら焼きの詰め合わせにしたが、セットの個数で悩む。五個入りだと少ないし、十個入りだと二千円近い出費になってしまう。

 麻衣子は悩んだ末、十個入りの物を手に取った。

 大きさ的には、そんなに恥ずかしくもないだろう。


「そんなもんいらねえよ」

「そういうわけにいかないの。第一、おうちにお邪魔するのだってあれなのに、泊まりなんて非常識だよ」

「そんな、考え過ぎだって。兄貴だって、彼女連れてきてるぞ」

「お兄さんいくつよ? 」

「二十六だな」

「それなら、結婚相手とかじゃないの? 」

「そういや、来年籍入れるとか言ってたかな」


 すっとぼけたことを言う慧を軽く睨み付け、お金を払って品物を受け取った。

 麻衣子はこんな見た目のわりには、普通の考え方の持ち主で、結婚するわけでもないのに、彼氏の家に泊まるのは非常識だと考えていた。


 気軽に泊まりにこいって、あり得ないから……。


 そんな麻衣子が、慧の家へ手土産を選んで、泊まり用のバッグを持っている訳は、ひとえに慧に脅かされたのである。


 同窓会とかあるらしいし、セフレとかもくるんだって。三日もヤらなかったら、どうなるかわかんないよな……などと言われたら、ついて行かない訳にいかない。

 ついてこないと浮気するぞと、言われたようなものだから。


 慧の実家は埼玉県にあり、新幹線に乗ることもなく、乗って急行くらいで、麻衣子からしたら通学圏内だった。

 電車を下りて改札を抜けると、慧は右に曲がったり左へ曲がったり、抜け道を行っているのかとにかく色々曲がって、十分ほど歩いた後に一軒の大きな家の前についた。

 一人で駅に戻れと言われても、絶対に無理! と断言できてしまう。

 表札には松田とあるから、ここが慧の実家なんだろう。


「ずいぶん大きな家じゃない? 」

「そうか?田舎だからだろ? 」


 いやいや、周りの家と比べても倍以上ありますから。


 慧はなんの躊躇いもなく玄関を開け、ただいま~と中に入って行ってしまう。

 麻衣子は道さえ覚えていれば、すぐにUターンしたかった。


「なにやってんだよ。入れよ! 」


 麻衣子は大きくため息をついて、覚悟を決めた。

 玄関を上がり中に入ると、奥からふっくらした中年の女性が出てきた。割烹着が似合っていて、慧の母親にしては温和そうな感じだ。


「坊っちゃま、お帰りなさいませ」


 坊っちゃま?!


 麻衣子は硬直したように立ち止まり、慧をまじまじと見てしまう。


八重やえさん、ただいま。母親は? 」

「リビングにいらっしゃいます」

「あの、はじめまして。徳田麻衣子と申します」

「まあ、可愛らしいお嬢様。はじめまして。私、慧坊っちゃまが生まれる前からこちらでお世話になっております、佐藤八重子さとうやえこと申します」


 八重は、にこやかに微笑むと、リビングへ案内してくれた。


「奥様、慧坊っちゃまがお帰りになりました」


 広いリビングにいたのは、スラッと背が高い華やかな感じの女性だった。慧の母親というには、いささか若い気もする。


「お帰りなさい。まあ、やっぱり彼女を連れてきたのね」


 声は留守電と同じ女性のものだった。


「はじめまして。私、慧の母親の紗栄子さえこです。よろしくね」


 親しげに手を出してきた紗栄子は、鼻や口は慧に似ていた。

 麻衣子は慌てて紗栄子と握手をすると、持ってきた手土産を渡して自己紹介した。


「私、これからちょっと出かける用事があるの。夕飯には戻るから、ゆっくりしてね。八重さん、麻衣子ちゃんをご案内してね」


 麻衣子は慧の部屋に案内された。

 二階の角部屋で、部屋の広さが二十畳って……。どうやら、二部屋をぶち抜いたらしいのだが。


「こちらにお布団お運びしますね」

「はい? 」


 八重のニコヤカな笑顔に、思わず聞き直してしまった。

 まさか、こんな大きな家で、泊まる部屋がないわけではないだろう。


「あ、俺が運ぶ。八重さん、腰痛いんだろ」


 面倒くさがりの慧が、珍しく自分から動くと言う。それもそれでビックリだ。


 麻衣子が固まっている間に、慧の部屋に布団は運ばれ、八重は用事があれば呼んでくださいと言いながら部屋から出て行った。


「同じ部屋って……ありなの? 」

「いいんじゃね? 」

「よくないでしょ! 」


 慧がベッドにゴロンと横になり、横をポンポンと叩く。


 いや、いかないし!


 麻衣子は、初めて慧の誘いを拒否した。絨毯にペタンと座り、二泊三日、どうにかして慧の性欲をセーブさせないと! と、頭を悩ませた。


 麻衣子がベッドにこないからか、慧はスマホをいじっていた。


「オッ! 琢磨たくまの奴も帰ってきてるのか? 」


 慧は、どうやらグループラインを見ていたようで、高校の時のクラスのラインだと言うことだ。これで、集まれる人は集まろうと、同窓会が企画されたということは聞いていた。

 慧は、スマホをズボンのポケットにしまうと、ベッドから起き上がった。


「ちょっと、どこか行くの? 」


 まさかの実家放置ですか!?


 信じられない面持ちで、慧を見上げる。


「だって、麻衣子ヤらしてくんないし、ダチが帰ってきてるみたいだから、行ってこようかなって。あ、男だからな」

「いやいや、問題はそこじゃないよ。あ……、それもだけど」

「なんだよ? 一緒行くわけ? 」

「お願いだから、実家に放置は止めて」


 いっそのことマンションに帰りたい! ……麻衣子は喉まででかかった言葉を呑み込む。


「しゃあないな」


 慧はラインを打ち込み、ウンッと顎をしゃくって部屋を出る。

 麻衣子は慌ててバッグを持って後に続き、台所にいた八重にでかけてきますと声をかけた。

 一本道を歩き、五分くらいで商店街に出た。


「ね、これ、駅に続く商店街だよね? 」

「だな」


 だな……って、さっききた道は何だったの?


 慧はニヤリと笑い、何も言わずにさっさと先を歩く。

 どうやら、わざとあっちこっち曲がり、遠回りをして家に案内したらしい。麻衣子が家を見て帰ると言わせないためだろう。


 慧は商店街の自転車屋に挨拶すると、勝手に店の横の階段を上がりだした。麻衣子もお辞儀をして続いた。

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