第162話 部屋選び

「まいちゃーん!!! 」


 待ち合わせの駅につくと、すでに紗栄子が駅前のベンチに座って待っており、いつも通り元気に手を振っていた。

 その隣りには、スーツ姿の男が立っており、麻衣子に頭を下げる。

 麻衣子も走って紗栄子に近づくと、サラリーマンに軽く会釈した。


「おはようございます」

「おはよう! あら、慧は? 」

「なんか、レポートが終わらないから家でやるそうです。あ……私に見てこいって」

「あらあら、しょうのない子ね。いいわ、まいちゃんと私で決めちゃいましょう。えっとね、こちら不動産会社の真壁まかべさん。物件を紹介してくれるわ」

「はじめまして、大貫不動産の真壁です。今日はよろしくお願いします」


 真壁は名刺を取り出し、麻衣子に差し出す。


「ありがとうございます。冴木麻衣子と申します」


 名刺を受け取り、麻衣子も新品の名刺を差し出す。


「冴木さん……、松田さんの……? 」

「息子の彼女」

「ああ! (婚約者か)失礼いたしました。では、こちらに車がありますので」


 近くのパーキングに停めてあった車は、不動産会社の車とは思えないくらいの黒塗りの高級車だった。


 ベンツ?

 不動産の紹介をするだけでこんな高級車使うって、不動産会社ってもうかるんだな。


「あのね、とりあえずいろんな物件の中から、五軒選んでみたのね。とりあえず、新築が三軒に中古が二軒。でもね、中古っていってもリフォーム済みだし、新中古っていうの? 築年数は新しいのよ」

「はあ……」


 見取り図を見せられたが、どんな部屋かわからない。ただ、今まではワンルームだったのに、ほとんどが3DKか3LDKの部屋ばかりで、二人で住むには広すぎる。いわゆるファミリー向け物件ではないだろうか?


「あの……、広すぎないですか?」

「あら、そんなことないわよ。だって、これから慧は勉強が忙しくなるだろうから、勉強部屋は必要だろうし、寝室と、あと一部屋は将来のために……。まあ、このくらいは必要よ! 」

「まあ、確かに慧君の勉強部屋は必要かもしれませんが……」

「それに、お母様達が泊まりにいらした時のゲストルームがあった方がいいでしょ? 私達もたまにお邪魔するだろうし」

「そう……かもしれないですけど……」


 それにしても、こんな部屋を借りたらいくらになるんだろうか?


「でも、私達にはお高いんじゃ?私もまだ社会人になりたてですし」

「それは気にしないで。とりあえず、見に行っちゃいましょう」


 まずは中古(賃貸で中古って、当たり前な気がするが)と言われている物件を見に行った。

 十階建ての八階の部屋は、日当たりも良く、目の前が芝生の公園だからか、開けた感じもして見晴らしが良かった。リビングダイニングになっている広々とした部屋は、それだけで今の慧と住んでいる部屋よりも大きく、システムキッチンも三口のIHで、使いやすそうで、グリルと食洗機は備え付けのようだ。

 部屋は全て押し入れ並みの収納スペースがあり、二部屋がフローリング、一部屋は和室になっていた。


「中古に見えないくらい綺麗ね」

「そうですね、前のオーナーが長期の海外勤務になり、購入後すぐに手放してますから。風呂と畳はリフォーム入ってます。後はクリーニングですが、十分新築並みに綺麗かと。そのぶん、フルリフォーム入っている部屋や新築物件よりはお手頃価格かと」

「ふーん。私は新築のがいいと思うけど、まいちゃんどう? 」


 部屋を見て回っていた麻衣子は、最後の「お手頃価格」というところのみ聞きかじる。


「凄く綺麗ですね。それに、ここならうちの会社まで三十分ちょっとくらいかしら。慧君の大学までも自転車で行ける距離ですよね?」

「はい。バス出てますので、バスで十分くらいです。麻衣子さんの職場も、乗り継ぎになりますがバスと併用すれば二十分でつきます」

「そうなんですか? 」


 バスと電車の路線図を見せてもらうと、確かに最寄り駅から電車に乗っていくよりも近い。


「それにね、実はうちからも遠くないの」


 紗栄子は嬉しそうに路線図を指差す。


「ほら、急行なら二十分かしら?」

「そうですね。電車に乗ってそれくらいです」

「まあ、きっとこれくらいの距離感がちょうどいいのかもしれないわね。私としては、お味噌汁が冷めない距離がいいのだけど」


 とりあえず、部屋の写メを沢山撮り、他の不動産も回った。

 途中で優雅にランチをしたり、お茶をしたりで、五軒見終わったのは、日が傾いた頃だった。


「あら、もう夕飯のお時間ね。慧ももう勉強は終わったでしょ。呼び出して夕飯にしましょ。まいちゃん電話してくれる? 私がかけても出ないから」

「あ、はい」


 電話をすると、ゲームの最中だったのか、ツウコールくらいですぐに電話に出た。

 紗栄子はスマホを麻衣子から受けとると、出かける準備しときなさいとだけ言ってすぐに電話を切る。


「真壁さん、送ってくださる? 」

「はい、もちろんです」


 麻衣子は「え?」と真壁を見る。

 まさか、そんな運転手みたいなことやってくれるはずないと思っていたからだ。


 もしかして、松田家で懇意の不動産会社とかなんだろうか?

 そういえば、病院だけじゃなく不動産も幾つかやっているって聞いた気もする。その関係の不動産会社なんだろう。


 大貫不動産のベンツに乗って慧の待つマンションへ向かう。

 マンションにつくと、真壁がドアを開けてくれて車から降りると、マンションの前に慧が待っていた。


「慧、こっち、こっち」

「はじめまして、大貫不動産の真壁です」


 慧が車のそばまでくると、真壁が名刺を差し出した。慧はそれを片手で受けとると、見ることもなく尻ポケットにねじり入れる。


「本日は、お母様とご婚約者様に御足労いただきまして、ありがとうございました」


 麻衣子は「えっ?! 」と真壁を見たが、紗栄子はニコニコして真壁の勘違いを訂正しないし、慧も興味なさそうに無視している。


「では、本日はこれで失礼いたします。また、ご契約が決まりましたらご連絡お待ちしております」


 真壁は、車に乗り込むと営業スマイルを残して無音で車を発車させた。


「な……なんか、勘違いなさってたみたいですね」

「あら、遅かれ早かれじゃない。恋人も婚約者も大差ないわよ。ほら、お腹へったわ。お寿司、この辺りで美味しいお店ある? 」

「寿司はあるけど、回る寿司しか入ったことないな」

「あら、やだ! どうせなら美味しいのがいいわよ。いいわ、開拓しましょ! まいちゃん、お寿司好きよね」

「私は何でも……」


 お寿司大好き……というか、今まで食べられな過ぎて、お寿司というと特別な食べ物という意味もあり、一番好きな食べ物であった。

 たまに慧が回転寿司に連れていってくれるようになり、最近では特別な食べ物からは脱却しつつあるが、それでも一番好きな外食であった。


 商店街から一本路地に入ったところにある寿司屋に入ってみる。

 十席ほどのカウンターと、テーブル席が四つくらいの小さな店だが、すでにカウンターはいっぱいになっていた。


「らっしゃい! テーブル席でお願いしますよ」


 カウンターの中の店主が威勢良く言い、席につくと女将が注文を取りに来た。


「瓶ビールを二つと、とりあえずお薦めの刺身を盛り合わせでもらおうかしら」

「かしこましました」


 ビールがやってきて、麻衣子がグラスに注ぐ。

 さすが居酒屋のバイト歴が長いせいか、ビールの泡の割合が絶妙だ。


「じゃあ、乾杯! うーん、まいちゃんの注ぐビールは格別に美味しいのよね!! 」


 紗栄子は一息に飲み干すと、本当に幸せそうにプハア〰️ッと息をはいた。


「慧君、これ今日行った部屋の見取り図と、写メも撮ってきたよ」

「まいちゃんはどれが気に入った? 私はやっぱり三番目かな。やっぱり新築がいいわよ」


 三番目の部屋というと、一番ゴージャスだったところだ。借りるだけでも、普通のサラリーマンの月収くらいかかりそうだった。

 その半分を払う……と考えると、ちょっと無理というか、あんなにゴージャスな部屋は必要じゃないと思ってしまう。五つの中で、一番地味目だった最初に見た部屋だって、立派過ぎて自分で選ぶのならあり得ない。

 しかし、紗栄子の顔をたてなければならないし、何としても選ばなければならないとしたら……まあ一番最初の部屋だろう。


「私は……一番最初ですかね。通いやすそうですし」

「ああ、あそこね。おうちは今一だけど、確かに場所はいいのよね。前が公園なのもいいし」

「慧君は、どれがいいと思う? 」


 慧は刺身を摘まみながら、渡された見取り図をチラッと見たが、あまり興味なさそうに、テーブルにバサッと置いた。


「別に、どこでも。麻衣子のいいとこでいいよ」

「あんた、これからずっと住む家なのよ! もう少し真面目に」

「だから、麻衣子がよければいいって。俺は寝れればいいんだから」

「まあ……そうね。あんたがキッチン使う訳じゃないし、片付けするとも思えないもんね。じゃあ、最初のマンションでいいわね? それとも、一軒家探す? 」

「いえいえ、あそこでお願いします! 」


 一軒家って、まだ夫婦になる訳じゃないから全くもって不必要です!


 麻衣子はそんな思いで最初のマンションを推し、慧もそれでいいとうなづいた。


「わかったわ。じゃあ、あそこで申し込みしてもらう。契約はあんたがしないとだから、次はちゃんと来てね。印鑑と身分証明書忘れずにね」

「へーい」


 それから三人で寿司と酒を楽しみ、紗栄子はほろ酔いで帰っていった。


「けっこううまかったな」

「そりゃ、回らないお寿司だもん」

「あの調子だと、来週には契約、引っ越しもすぐだろうな」

「そうなの? 」

「ああ、母親はああいう時の行動力は凄まじいから。きっと、こっちのマンションのリノベもすぐ手配すんだろ」

「……? 」


 リノベって? リノベーション?

 それって、借りてた人がするもんなの? ……と、麻衣子の頭に「 ? 」が浮かんだ。

 そんな麻衣子を見て、ああ……と慧は鼻をこする。


「うちの部屋……っていうか、あのマンションがうちの物件」

「はい? 」

「だから、あれ、あのマンションがうちの不動産の一つ。俺の大学が決まって、買ったんだよ」


 なんか、話しが大きすぎて理解ができない。


「母親が契約するって、賃貸契約じゃないからな」

「……はい? 聞いてませんけど」

「おまえ、この見取り図、値段書いてあるけど」

「値段?! 」


 麻衣子は慌てて見取り図を手に取る。


 確かに、図の下に値段が……。

 ¥54,800,000……って、えっ?!


 他の四軒よりは多少安いが、はっきり言って全く理解ができない。

 麻衣子の頭は真っ白になっていた。

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