第163話 同期会プラス1 part1
ただ借りるだけと思っていた……というか、今住んでいるところ、まさかマンションごと私物ってのは想像もできなかったが、賃貸じゃないんなら引っ越しなんて絶対に言わなかったのに……。
PCに向かいながらため息をついていたら、同期の安西が声をかけてきた。
「冴木さん。今日、同期会やろうかって羽淵さんと話してたんだけど、都合どう? 」
「今日? 」
今日は、慧も部活の飲み会に参加してみると言っていたから、空いていると言えば空いていた。
何部か聞いても教えてくれず、ちょっと怪しい……などと考えていたが、まさか大学に乗り込む訳にもいかず、とりあえずは慧を信用しようと考えていた。
「まあ、仕事が終われば」
「了解! 羽淵さんにも伝えとく」
比較的無表情で、何を考えているかわかりづらい柚奈と、一見真面目そうに見える筋肉オタクな安西。同期と言えばこの二人だけなのだが、三人で飲んで話しが盛り上がるのか? ……そんな一抹の不安を感じながら、麻衣子は午後の仕事に集中しなおした。
なんとか二時間の残業で仕事を終わらすことができ、フロアを見回すと安西はまだPCに向かい合っている。
社内メールで仕事終了とメールを送ると、安西は振り返って手を合わせながらやってきた。
「ごめん、もう少しなんだ。先に店に行ってて。羽淵さんが店とってくれてるはずだから。えっとね、店の名前は……」
安西はスマホで確認する。
「駅ビルの中の店みたいだ。居酒屋魚匠」
名前からするに、お洒落な居酒屋というより、がっつりおじさん向け居酒屋っぽい。
「わかった。先に行くね」
「すぐ終わらせるから」
手伝おうか……とも思ったが、柚奈が一人で待っているのなら、それも可哀想だと思い、居酒屋へ向かうことにしたのだ。
化粧を軽くなおしてから、麻衣子は駅ビルに急いだ。
駅ビルの最上階、一番奥に居酒屋魚匠はあった。普通のサラリーマン御用達の居酒屋だ。この雰囲気は居酒屋政を思い出して懐かしい。ただ、女子が一人で待っているには、多少敷居が高いというか、居づらいに違いない。
そう思った麻衣子は、店に入るとキョロキョロと辺りを回す。
奥の座敷にこちらを向いて柚奈が座っていた……が? 一人じゃない。
同期会じゃなかったのかと、柚奈の目の前に座っている人物に目をやる。いや、わざわざよく見るまでもなく、後ろ姿で人物の特定ができてしまう。
ピンクのメッシュの入った少し長めの髪、白地にいろんな色の線が交じり合った独特の布地は、ゆったりとしたドレープがとってあり、不思議な形の上着になっている。サラリーマンの着るスーツでは決してない。
こんな格好の人物を、麻衣子は一人しか知らなかった。そう……入社式で見たあの人物。
社長の武田忠太郎意外いない。
なぜ…………???
呆けたように立ち尽くしていると、柚奈が麻衣子に気がついて手を振った。それと同時に振り返ったその顔は、まぎれもなく社長と合致し、麻衣子は回れ右をして帰りたい衝動に駆られる。
「お……遅くなりました」
「いや、いい。うちの伝統でね、とりあえず新入社員は無理させるんだ。この時間で仕事が終わる冴木は優秀だ」
忠太郎に労われ、麻衣子は恐縮しながら柚奈の隣りに座った。
「冴木麻衣子、何を飲む? 」
「じゃあ、生ビールで」
「了解」
柚奈はタブレットで注文をすます。人員削減なんだろうが、元居酒屋店員としては寂しい感じがする。
「冴木麻衣子、安西渉は? 」
「安西君はまだ仕事。……羽淵さん、フルネームで呼ばれるのはちょっと……」
「なぜ? 冴木麻衣子だろう? 私は羽淵柚奈だ」
「そうだ! 羽淵! フルネームで人を呼ぶのはよせ! 」
忠太郎は、ここぞとばかりに主張する。
「なぜですか?武田忠太郎社長」
「だ・か・ら! それを止めるんだ。今すぐ止めろ」
「わかりました、忠太郎社長」
忠太郎は、プルプルと震えながら頭を抱えた。
「嫌がらせか? 嫌がらせだな……」
忠太郎は自分の名前にトラウマがあるのか、心底嫌そうにつぶやいていた。
最近は○太郎とつく名前は珍しいかもしれないが、頭を抱えるほど嫌な名前とも思えなかった。
忠太郎が嫌なのは、○太郎の太郎ではなく、「
名前をからかわれ、喧嘩をしていくうちに、どんどん腕っぷしは強くなったが、名前のトラウマは依然残ったままだったのだ。
「あの、羽淵さん、同期会って聞いて来たんだけど……」
上司どころか、社長が新入社員の飲み会に合流している意味がわからなかった。
「羽淵柚奈! 」
「……柚奈さん? 」
柚奈な満足そうにうなづく。
「この飲み会って……? 」
「同期で飲むって忠太郎社長に話したらついてきた」
確か、柚奈はデザイン部で、社長もデザイナーを兼任していたはずだけど……、まさかデザイン部で仕事している訳じゃないよね?
「おまえ、人を犬みたいに言うな」
「だって、本当じゃないか」
「新入社員と触れ合う機会なんかないから、ちょっと顔を出そうと思っただけだ」
「でも、普通はこういう席に社長はこない」
「おまえ、その淡々と話すのどうにかならないのか? 仕事中とギャップが激し過ぎるぞ」
仲は……悪くはなさそうに見える。
忠太郎と柚奈が言い合っていると、さっきの麻衣子同様、立ち尽くして動けなくなっている安西と目があった。
「安西君」
麻衣子が手を振ると、やっと硬直から覚めたように安西が一歩近寄ってきた。顔はひきつったまま、忠太郎をまじまじと見ている。
席は四人席。麻衣子と柚奈が隣りに座っているから、空いているのは必然的に忠太郎の隣りしかない。
安西が座っていいものか悩んでいると、忠太郎が振り返って隣りの席を叩いた。
「ほら、座れよ。お疲れ。ビールでいいか? 」
「はい! 」
柚奈がタブレットで注文し、改めて四人で乾杯する。
「まあ、今日は俺のおごりだ。好きなだけ飲んで食べてくれ」
「忠太郎社長がくるのが事前にわかってたら、もっとリッチな店を予約した」
「まあ、それは次回な」
次回……もくるつもりなんだろうか?
乾杯をしたのはいいものの、社長相手に何を話したらいいかもわからず、とりあえずビールを傾け、運ばれてくる料理に箸を伸ばしていたら、忠太郎自ら話しをふってきた。
「どうだ?会社に入って少したつが、何か困ったこととかないか?」
「テーブルが小さい。アメニティグッズを置いて欲しい。男子が少ないんだから、もう少し女子ロッカーを広くして欲しい。ウォーターサーバーだけじゃなく、コーヒーや紅茶も置いて欲しい。あと……」
「羽淵、ストップ! おまえには別にアンケート用紙を渡すから、それに書いて提出してくれ」
社長を目の前に苦情を羅列し始めた柚奈に、忠太郎は両手を前に差し出してストップをかけた。
「で、そっちの部署はどうだ? 」
「別に……、仕事は先輩がキチッと教えてくれますし、残業が増えてしまうのは、まだ自分が慣れてないせいですし……。冴木さん、今日ため息ばかりついていたじゃん? 何かあるんじゃないの? 」
三人の視線が麻衣子に集まり、麻衣子はいきなり話しを振られて狼狽えてしまう。
「いや、仕事のことじゃないですから」
「仕事じゃないって……、彼氏のこととかか? 」
「いや、……まあ、彼氏というかその親というか」
「何だ? もう結婚話しとかでてるのか? うちの数少ない男性社員が嘆くな」
「結婚はまだ……」
「じゃあ、彼氏の両親に反対されたとか? 」
「安西渉、捻りが足りない」
「だって、彼氏の親と関わるのって、結婚くらいしか……。じゃあ、実は彼氏んちが名家で、婚約者がいたとか? 」
「ベタな昼ドラだな」
人の悩み事を捻られても困る。悩み当てクイズのようになりそうな雰囲気になったので、麻衣子はさらりと話してしまうことにする。
「あの、今の住まいが職場まで遠いので、引っ越しを考えてるんですが、ちょっとそのことで……」
「なんだ、彼氏と同棲を始めるのがばれたか? 」
「いえ、同棲は大学の時からしていて、彼氏の住んでた部屋に私が引っ越したんです。向こうのご両親にもそれは話していましたし、とてもフレンドリーに接して下さって、それはありがたいんです」
「じゃあ、何で? 」
贅沢な悩みなんだとはわかる。
話したら引かれるんじゃないかと思いながら、重い口を開いた。
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