第164話 同期会プラス1 part2
とりあえず、ビールのおかわりを人数分頼み、新しいビールで喉を潤してから、麻衣子は話し始めた。
「私も彼氏も忙しくて、彼氏のお母さんが物件を探してきてくれたんですが、……全部分譲マンションなんです」
「つまり? 」
「購入するつもりらしいんです。しかも、彼氏はまだ学生で、支払いはご両親になるはずで……。私の職場が遠いから引っ越そうって話しになって、まさかマンション購入させることになるなんて思ってなかったから……」
「買っていただけるものなら、何も問題ないのでは? 」
「羽淵さん、だってマンションだよ? しかも都内でしょ? いくらするんだよ。 冴木さんが悩むのは普通だよ」
柚奈と忠太郎はあまりピンときていないようだ。
忠太郎はこれだけ社員を抱える会社の社長だから、マンション一部屋くらいの売買は問題にしないのかもしれないが、柚奈はいったい……。
「親御さん名義でマンション購入するのか? 」
「わかりません。彼氏にもはんことか身分証明書とか持ってきてって言ってたので、彼氏名義なんでしょうか? 」
「彼氏は働いて何年? 」
「働いてません。今年、大学をもう一つ入り直して、まだ学生ですから」
「なら、ローン組めないな」
「そうなんですか? 」
「まあ、共同名義になるか、親の名義になるのか。冴木さんも働いたばかりだから、高額のローンは組めないだろうし。つまりは、まだ結婚してないわけだから、他人名義のマンションを借用する……って気持ちでいいんじゃないかな? 」
「でも、わざわざ買うって……」
「彼氏ご両親は何してる人? 」
「お医者さんです。病院経営と、地元で少し土地があるとかで、不動産も少しあるとか……」
「うわっ、玉の輿だね」
「玉の輿……かどうかは、わかりませんね」
安西の玉の輿発言を、さらりと柚奈は否定する。
普通なら安西のように、玉の輿じゃん! とはやしたてられてもおかしくないのだろうが、柚奈の反応は微妙にずれているようだ。
「何で?玉の輿じゃないの? 」
「言葉の意味としては合っているかもしれないけど、通常使われる意味合いは、何の苦労もなく金持ちの男と結婚すること。麻衣子は、仕事も出来るようだし、女性としてもキチンとしているように見られる。それに見合う女性であるなら、玉の輿は正しい形容の仕方じゃない」
同期だから、たまに社食で会えば話しをするくらいの関係で、そんなに親しく話したことはないのだが、柚奈は自分の見立ては正しいと思っているのか、はっきりと言い切った。
「あ……ありがとう。そういうふうに見てもらえて嬉しい」
「事実を言っただけだ。人となりは、洋服のセンスや化粧を見ればわかる。デザイン畑をなめるな!それに、新人なら同じ量の仕事を分配されているはずで、安西渉よりも早くこの場についた麻衣子は、安西渉よりは仕事ができるということがわかるじゃないか。それとも、麻衣子が普通で、安西渉が出来なさすぎるのか? 」
「こら、おまえは誰に対しても失礼過ぎるぞ。うちの営業の仕事量は半端ないんだ。新人で飲み会に参加できる時間に終わらせることができるなら、十分に二人共優秀だ」
ムッとした安西をたてるように、忠太郎が割って入る。
「そうか、なら、麻衣子は玉の輿じゃないと証明されたな」
柚奈な、シレッとしてビールに口をつける。
「悪いな。うちの部の新人はデザインは緻密で繊細なんだが、ちょっと対人関係が大雑把なんだ」
「いえ、冴木さんのが優秀なのは本当なんで、気にしてません」
「安西君まで、止めてよ。今日はたまたま私の方が早く終わっただけだし、優秀でもなんでもないから」
あまりに誉められ過ぎると、逆に居心地が悪くなる。
「話しは戻るが、不動産を扱っているなら、そのマンション購入もその一環じゃないか? 」
「そうですね。資産としては都内の物件なら値下がりはあまりしないし、いい投資にはなりますね。冴木さん達が他に引っ越すときには、賃貸にすれば家賃収入が入りますし、転売も可能ですよね」
「そう……なんですか? 」
自分のワガママ(引っ越しを言い出したのは慧であるが)のために、慧の両親に散財させてしまうのでは?! と、心を痛めていた麻衣子にとって、少しは気持ちが軽くなる。
「それに、資産分散の意味があるかも」
「ああ、なるほど。それはあるな」
「……? 」
忠太郎は、麻衣子にも分かりやすく説明してくれる。
一ヶ所に資産を集めておくと、何かあった時のリスクが大きい。そのために、株式や不動産、債券購入などに資産を分配しておく必要があるらしい。また、その保有も家族で分けておくことで、いざという時に役に立つ……ということらしい。
また、一括で購入してしまうと財産の譲渡などの問題で贈与税などかかるが、ローンを分割で親が支払う分には、贈与税はかからない。詳しい話しはわからなかったが、いわゆる税金対策みたいな側面もあるとかないとか……。
「まあ、もしかしたら、マンションを購入することで、結婚を意識させたいだけかもしれないがな」
それはあるかもしれない……。
税金だ何だは麻衣子にはわからなかったが、そういう一面がなきにしもあらず……とは思った。
それから、麻衣子と慧の馴れ初め等突っ込まれ、話せないことが多数ある中、話しは忠太郎と恋人のこと、安西の筋肉話しなど、色々と話題がつきなくなり、いつしか酒量がとんでもないことになっていった……。
★★★
「……冴木」
麻衣子は肩を揺さぶられて目が覚めた。
まだ酔いが残っているのか、視界がボンヤリとしているし、胃が気持ち悪過ぎる。
「そろそろ始発の時間だぞ」
目の前に水の入ったコップが出て来て、麻衣子は反射で起き上がって受けとる。
薄いタオルケットが落ち、下着姿があらわになった。
「えっ……? 」
働かない頭で、自分の状況を理解しようと辺りを見回して、忠太郎と視線が合う。
麻衣子はタオルケットを引き上げ、胸を隠すようにすると、麻衣子の細くて真っ直ぐな長い足がギリギリのラインまで丸見えになった。
「水、飲んだら? 」
忠太郎は、そんな麻衣子の姿に動揺するでもなく、麻衣子の手にコップを握らせる。
麻衣子は、言われるままに水を一口飲み昨日のことを思いだそうとした。
昨日、思った以上に盛り上がってしまい、時間も気にせず飲んでしまっていた。もちろん、同僚二人が終電だと騒ぎだしたときには、一時間以上通勤にかかる麻衣子の終電がある訳もなく、どうしようか途方にくれていた時に、忠太郎から会社の仮眠室を使えば? と言ってもらえたのだ。
麻衣子も仕事で終電を逃した時に仮眠室を使ったことが二回あり、存在はもちろん知っていたが、仕事意外で使用するのは……と一度は断った。だが、若い女の子をほったらかしで帰れないと言われて、二人で会社に戻った……。そこまでは記憶にある。
問題はその後で……。
「……あの、私……」
身体に違和感はない。
違和感はないが、何もなかったという証拠もない。
二日酔いもあって青ざめた表情の麻衣子は、水の入ったコップをギュッと握りしめて忠太郎を見上げた。
緊張で震える瞼、赤みを失った顔色、噛み締めた唇、細い首筋に華奢な鎖骨、さらにその下の豊かな膨らみは、つい手が伸びてしまいそうになるくらい魅力的だった。
その表情が、魅惑的な身体が、忠太郎の何かを目覚めさせたのか、真剣な表情で麻衣子の方へ歩み寄ると、麻衣子の手からタオルケットを奪い取った。
麻衣子は悲鳴を出すことも出来ず、ただただ硬直して忠太郎を見つめるしか出来なかった。
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