第165話 同期会プラス1 part3

「……! 」


 忠太郎の手が麻衣子の両肩をグッとつかみ、麻衣子の胸を張らせた。


「手を下ろせ」


 そう言われて手を下ろせるわけもなく、麻衣子は懸命に胸を隠そうとする。


「アンダーヘアが見えてるぞ」


 麻衣子の手が、慌てて下半身を押さえる。


「そのまま動くな! 」


 忠太郎の顔が近寄ってくる……ことはなかった。

 忠太郎はクルリと向きを変えると、麻衣子が寝ていたソファーベッドの向かいにあった椅子に座り、なにやらデッサンを始める。


「……社長? 」

「話しかけるな」

「……」


 忠太郎は黙々と鉛筆を走らせる。

 三十分ほどそうしていただろうか?


「……社長」

「話すなって! 」

「……でも……」

「黙ってろ! 」

「もう我慢できません!! トイレ行かせて下さい! 」


 それでも、麻衣子は十分以上我慢していたのだ。脂汗がでそうになり、やっとのこと悲鳴のような声を絞り出した。


「ブハッ! そりゃそうか。起きたらまずトイレだよな。悪かった。行ってこい」


 かといって、まだ早朝とはいえ、下着姿で飛び出して行く訳にもいかずスーツを探す。スーツはきちんとハンガーにかけられ、コートかけにかかっていた。きちんとYシャツのボタンまでしめてかかっているところを見ると、自分でかけたのだろうか?


「トイレはいいのか? 」


 自分のスーツをジッと見ていた麻衣子に、忠太郎は「もらすなよ」と声をかけつつ、デッサンの手直しを始めた。


 麻衣子は慌ててスーツを着て、仮眠室から早足に飛び出す。

 廊下の端の女子トイレまで走り、一番近い個室に駆け込む。ズボンと下着を一気に下ろし、座るやいなや用を足す。


 間に合った……。


 冷や汗がでるほどトイレを我慢していたので、トイレに座った途端の安堵感ったらなかった。

 そして、その途端にフラッシュバックのように昨日の記憶が甦る。もちろん、全部思い出した訳じゃないだろう。でも、途切れ途切れの記憶の中に、忠太郎とナニをした……という記憶は一つもなかった。

 下着姿だったのは、新作の下着のデッサンのために脱いだだけで、イメージ作りの一貫であった。

 しかも、思い出すと恥ずかしいが、自分からかって出た……気がする。


 思い出す度にため息が漏れる。

 何もなかったから良かったようなものの、 何かあってもおかしくない。自分の貞操観念の甘さに、麻衣子は深いため息をついた。


 今回は、たまたまだ。たまたま、忠太郎が麻衣子に発情しなかっただけで、何があったっておかしくなかった。


 仮眠室に戻ると、忠太郎は黙々とデッサンを書いていた。


「社長、私帰ります」

「ああ、うん。サンキュー」


 あまりにさっぱりした様子に、麻衣子は気が抜けてしまう。


「あの、社長……。昨日ですけど……」

「昨日? 」

「あの、記憶が定かじゃなくて……、それであの……」


 モジモジして言葉がでない麻衣子に、忠太郎は言葉を続ける。


「SEXしたかどうかか? 」

「……してないですよね? 」

「どっちがいい? 」


 そこ、二者択一の場面じゃないですよね?

 まさか、結果が変わったりしませんよね?


「私は……してないと思います」

「じゃあ、俺もそう思います」

「あの! 思うじゃ困るんです!」


 忠太郎は、頭をかきかきスケッチブックを手離した。


「ないって言っても、あるって言っても、信じないんじゃないか?」

「それは……」


 うつむいてしまう麻衣子を見て、忠太郎はクックッと笑いだし、最後には膝を折り曲げて大笑いになる。


「社長? 」

「ハハッ……、いや、悪い! あんまり真剣な顔をしてるもんだから。ないない! 何があるっていうんだ。ちなみに、君が下着姿だったのは、君がモデルを引き受けてくれたからだ」

「モデル?! 」

「そう、下着のモデル。昨日はそのデッサンとってた」


 全く記憶にない。


「オレの趣味はおまえとは対極だしな」


 忠太郎は、スマホの写真を麻衣子に見せた。

 そこには、地味目な女の子が控え目に微笑んでいた。黒髪ストレートで、和風な感じの穏やかそうな少女。ホンワカ……そんな言葉がピッタリする。特別美人であったり可愛い訳ではないが、多分この写真を撮った忠太郎に向けた笑顔が魅力的なんだろう。


「彼女さん……ですか? 」

「知らん女の写真待ち受けにしてたら、ド変態だと思わんか? 」


 いや、彼女を待ち受けにする辺り、ちょっとかなり……だと思ったが、あえて言わなかった。


「お若いですね」

「まあな。八つ下だから」


 ということは二十四?!

 麻衣子よりも年上には見えない!

 下手したら、高校生にすら見えるかもしれない。


「俺はね、彼女だけでいい訳。冴木がいくら魅力的でも、目の前でスッポンポンになっても、勃つことないから安心して」

「ありがとうございます……って、何か違いますね? でも、わかりやすいです。では、これで失礼します」

「ああ。あ、モデルは決定だから、それはよろしく」

「はあ……」


 とにかく、安心して帰ることができる。

 それでヨシとしよう。


 もう明るくなった中、麻衣子はホッとした気分で電車に乗った。

 ただ一つ、麻衣子はすっかり失念していた。

 慧への連絡である。

 しかも、スマホの電源が切れていたことにも気づかず、着信や留守電が数件入っていたことも……。


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