第166話 明け方の会話

 なんか、いろんな意味で疲れた……。


 始発よりは遅いが、まだ車両にはパラパラしか乗客がいない。しかも下りだからか、明らかにオールしましたというサラリーマンや、まだまだなりたてのホストなど。酔いが残ってフラフラしている者もいれば、爆睡してしまって今ならスリ放題だろって者までいた。


 麻衣子も多少ウトウトしたものの、仮眠してきたのでそんなに睡魔におそわれることなく最寄り駅についた。

 乗り過ごすことなく電車から降りた麻衣子は、コンビニでお茶を購入してアパートに帰った。

 エレベーターに乗り、部屋の前までくる。

 扉に手をかけると、鍵が開いていた。


「……? 」


 恐る恐る部屋に入ると、電気がついており、慧がベッドに座っていた。


「やだ。びっくりするじゃん。どうしたの? ずいぶん早いね」


 麻衣子は、まさか慧が起きているとは思わなかったから、鍵が開いて電気がついている時点で、泥棒でも入ったのか? とドキドキしたが、慧を見てホッとしたようにスーツの上着を脱いだ。


「……スマホ」

「えっ? 」


 スーツをハンガーにかけ、部屋着に着替えた麻衣子は、慧のボソッとした声に振り返る。


「スマホ見てない? 」

「スマホ? ……ああ、電源落ちてるね」


 麻衣子は、その時初めてスマホの電源が切れていることに気がついた。


「ごめん……、もしかして心配した? 」


 慧も飲み会だと聞いていたから、同期飲みのことはラインで送っておいたが、こんなに遅くなるとは書いておかなかった。

 酔っていて定かじゃないが、多分仮眠室に泊まることも連絡していなかったかもしれない。


「……少しな。まさか、朝帰りするとは思ってなかったから」

「ごめん、ごめん。終電がなくなっちゃって、会社の仮眠室借りたんだ」

「……そう。じゃあ、俺もう寝るわ」


 慧は、ブスッとして布団に潜り込んでしまう。


 今まで起きて待っていたんだろうか?


 麻衣子は、手早く化粧を落とし、慧の隣りに滑り込む。


「本当にごめん! スマホ、電源切れてたの気がつかなくて。ねえ、慧君ってば……」


 慧が寝ていないのは、見るからにわかる。


「ねえってば」


 脇腹を突っつくと、慧はもぞもぞと麻衣子の方へ顔を向けた。


「……同期で飲んだんだろ? 他の奴等はどうしたんだよ」

「二人は帰ったよ。うちより会社に近いから、終電間に合ったし」

「じゃあ、おまえだけ会社に泊まったのかよ」


 そうだよ……って言ったら嘘をつくことになる。やましいことはない(はずだ)のだから、正直に話すべきなんだろうが、やはり下着姿でいたのがひっかかり、口を濁してしまう。


「誰かいたのか? 」

「……社長がいたよ」

「は? 社長が何で? 」

「なんか、同期飲みのはずが、社長も顔出したから」

「ぺーぺーの飲み会に社長がくんのかよ?! 」

「同期の柚奈さんが、デザイン部所属なんだけど、社長もデザイナーだからその繋がりで来たみたい」

「ずいぶんラフな会社だな。で、社長と二人で一晩過ごした? 」

「……うん。でも、社長には可愛い彼女さんがいるし、あたしなんかあれだよ」


 動揺のためか、せっかく「私」になおした一人称が「あたし」に戻ってしまっていた。


「あれって何だよ」

「眼中にないってやつ。……ただ」

「ただ? 」

「記憶にあんまりないんだけど、うちの会社のモデルを引き受けたらしいんだ」

「記憶にない?! アホか! 男と二人でいて記憶なくすバカいるかよ! ってか、モデルって……、おまえの会社、下着売ってんじゃなかったか? 」


 知らずに慧の声が大きくなる。


 こいつって、大学一年の時から何の成長もしていやがらねェッ! と思いながら舌打ちをした慧は、麻衣子が就職した会社の業種を思い出して、再度イラッと舌打ちを重ねる。


「でもね、うちの会社のHPとか見ればわかるけど、メインは下着だから、顔とかはあんまり写らないし、どちらかと言うと、下着のアップのが多いから……」


 彼女の胸や尻のアップが、全国的に流出するってことだろ!


「勝手にしろよ」


 慧は「止めろ! 」という意味合いをこめて言い、麻衣子は「好きにすれば」という意味に受け取った。


「これからはちゃんと連絡するし、充電も切れないように気を付けるから」


 麻衣子から慧にキスすると、自然とそっち方面へ行為が流れていく。身体を重ねれば、麻衣子が嘘を言っているのかわかる。SEXに、他の男の癖が出るからだ。特に、慧しか知らない麻衣子はわかりやすい。


 まあ、他の男の手垢はついていないようだな……と、さりげなくチェックをする慧は、それが気になる程に麻衣子に惚れているし、他の男に麻衣子の下着姿を見せるのなんか論外だと思う程、……麻衣子にベタ惚れだったりするわけだ。


 もちろん、本人はそんなことは絶対に認めないし、麻衣子自身もそこまでだとは思っていない。


 もし、素直に慧が「他の男におまえの下着姿を見せたくないから止めてくれ」と言えば、麻衣子も相手が社長でもきっちり断ったんだろうが、そこまで慧が自分に執着していないと思っている麻衣子は、社長との約束を優先してしまう。


 ほんの一言あれば良かったんだが……。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る