第202話 麻衣子、慧、結婚について考える

 年末を松田家で過ごし、カウントダウンは元の居酒屋で慧の友人達と飲みながら迎えた。

 近くの神社でお参りし、明け方近くに慧の家に帰った。


「さみいな、おい。」

「お酒入ってるからって、薄着するからよ」

「だってよ、店の中暑かったからさ」


 慧は、そう言いながら、麻衣子にくっついてくる。わずかに身体が震えているから、本当に寒くて麻衣子にすり寄っているのだろう。


「酔いさめた〰️! 」


 慧をべったりと張り付けながら、寝静まった松田家の玄関を静かに開け、なるべく音をさせずに慧の部屋へ向かう。

 もう慣れたが、慧と同じ部屋に、ベッドに枕が二つ並んで置いてある。毛布と布団だけは二組ベッドに乗っていて、初めて松田家に泊まった時には用意された敷き布団はもうない。


 一緒にベッドを使うのが当たり前

 という扱いは、何やら恥ずかしいような……。


 布団に入ると、モゾモゾと身体を触ってきた慧の手の甲をつねる。慧はそれなりに(かなりの量飲酒している)酔っぱらっているのか、大きく欠伸をすると、不満も言わずにすぐに鼾をかき始めた。

 そう滅多に深酒することはないが、飲み過ぎると大きな鼾をかくようになった。

 前はこんなことなかったな……と思うと、何やらもう若くないような気分になる。


 慧が卒業するまで……と頑なに思っていたが、働いてみたらそれなりに給料は貰える(残業必須だが)し、二人で生活できないこともなさそうだ。


 結婚も考えていいのかな……。


 今回の慧の浮気で、麻衣子は別れるという選択肢をどうしても選べなかった。勿論、考えなくはなかったが、体調を崩してもなお踏ん切りがつかなかった。

 ならばいっそ、結婚して慧の言うように子供でも作って、家族という縛りをつけるのもありかもしれない。


 そこまで考えて、麻衣子は苦笑してしまう。

 夢も希望もない結婚観だなと思う。無論、慧のことは大好きだ。でも、大好きだから結婚したいとか、この人の為に朝ご飯を作りたいとかいうホノボノとした理由ではなく、(すでに五年間、料理はしまくっているのだから)浮気防止の為とか、そろしろ独立して生活できるからとか、現実感が半端ない。


 第一、ずっと一緒に生活していて、お互いの両親とも親戚付き合いみたいに親しくしてもらい、結婚していない今と、結婚した後で何か変わるか? と言えば、何も変わらない気がする。せいぜい、名字の変化とか役所的な手続きくらいじゃないだろうか?

 後は、表だって子供が作れるくらい。それも、今だって麻衣子さえGOサインを出せば、慧は積極的に子作りに協力するだろう。

 一人親で育ってきた麻衣子にとって、実は慧が考えている程子供と家族の縛りは濃くはない。だから結婚・家庭・子供が麻衣子の縛りになることはないが、慧の考えは違うらしい。

 ならばいっそ……と考える。


 麻衣子は高鼾の慧の鼻を摘まむ。


「ちゃんとしたプロポーズしてよね」


 きちんとプロポーズしてくれたら受けると言ってあるのだから、後はめんどくさがりの慧が腰を上げればいいだけだ。

 結婚OKという前提の元であるから、ちょっとした気恥ずかしさを克服すればいい。


 もしかしたら、今年は正式にこの家の家族になるかもしれず、年末には大きなお腹を抱えてこのベッドに寝ているかもしれない。

 まさか、すでに川の字で寝ていたりして……。


 今度は苦笑ではない笑みがこぼれる。


 慧が眠りながら麻衣子に足をからめ、腕を麻衣子の肩の上にのせる。その重さを感じながら、こんな関係が自分達らしいんだとしみじみ思いながら目を閉じた。


 ★★★


 明け方……と言っても、すでに八重は階下で新年の料理作りをしており、部屋もうっすら朝日で明るくなっている。

 トイレに目覚めた慧は、二階のトイレに行き、慧用に廊下に置かれている小さな冷蔵庫から麦茶を取り出した。

 冷えた麦茶は、慧の頭と身体を冷やす。

 ブルッと震えた慧は、バタバタと自分の部屋に戻り、麻衣子の隣りに潜り込んだ。


 麻衣子は爆睡しているのか、全く起きる気配がない。それだけ慧の実家でも気兼ねしていない証拠だろう。


「マジで、化粧映えし過ぎだろ」


 麻衣子の頬をツンツン突っつく。


 慧の幼馴染み達は、みんな麻衣子を美人だと誉めるし、慧にはもったいないと大絶賛このうえない。


 顔も良く、スタイルも良く、性格も良い……って、どんだけ最強なんだよ?!


 みんなに素顔の麻衣子をバラしてやるか? と、慧はスマホを自撮りモードにして、寝ている麻衣子の横で舌を出して写メを撮る。

 一斉ラインに流してやろうかと思ったが、その写メを見て思いとどまった。


 まあ、なんだ、そこそこ可愛いじゃん。


 どこぞの誰かが、麻衣子の寝顔の写真で不埒な気分にならないという保証はなく、そう考えるとこの写真を拡散させる気分じゃなくなった。慧はボリボリと頭をかくと、まだ完璧に戻りきってはいないほっそりとした麻衣子の手首を握ってみた。

 元から細身ではあったが、以前は程よい肉感があり、それが麻衣子の色気だった筈が、今じゃスレンダーもいいとこだ。まあ、尻と胸は残っているが、一回りは小さくなった気がする。全部自分のせいではあるんだろうが、前の麻衣子の方が断然抱き心地が良かった!……などと思う慧は、まあ……新年から相変わらず慧らしいかもしれない。


 妊娠して悪阻で痩せたんじゃなく、自分の浮気を悩んだ結果だと知り、さすがの慧も実は大反省していたのだ。(態度には出ていないが)以前の清華の時のように、家出したりしてくれた方が、謝り様もあったし、分かりやすかった。


 いや、勿論自分が悪いんだし、体調崩す前に怒れよ! と言うのは、あまりに自分勝手で最低最悪だと思うから言わないが、正直そこまで我慢するか? と思わなくはない。

 しかし、それが麻衣子なんだし、見た目と中身にかなりギャップがある奴で、地味で古風、我慢強くて努力家で……。だから、こんなに痩せるまで悩んだりして。


 実際、幼馴染みの言うことは正しいと思っていた。


 こいつは無茶苦茶いい奴だ。見た目はとりあえず、良かろうが悪かろうが慧的にはそこまで問題ではないから、中身は確かに慧にはもったいない相手と言えるかもしれない。

 押し付けられて泥酔した麻衣子を家に送り、なんとなくヤってしまったことから始まった恋愛だったが、こんなに長続きして、しかも結婚まで……こいつとのガキのことまで考えるようになるなんてな。


 まあ、全体的に我慢したりすり寄ったりしたしたのは麻衣子であって、麻衣子の努力の結果と言えなくはないのだろうが、慧にもそれなりに感慨深いところがなくはないのである。


 あんなことがあったから……という訳でもないが、もう麻衣子に心配をかけるようなことはしたらダメだと思う。その決意というか、意思表示として結婚もありかなと思ったのだが、麻衣子にプロポーズは必須だと言われてしまった。


 ガキが欲しいって、立派なプロポーズじゃねぇのかよ?!

 第一、プロポーズしなきゃダメって、プロポーズされるのわかってんなら、しなくたって一緒じゃん。結果拒否るとか意味わかんねぇことしないだろうし、OKなら無意味なことする必要ねぇよな。


 って……、やっぱりやんなきゃだよな……。


 慧は、頭をかきむしりたくなりながら、とりあえずスマホのカメラを起動させた。


 麻衣子が起きないことを再度確認し、自撮りで動画撮影にする。


「ううん! えーっと、まあ、あれだ……。付き合って五年目に突入した訳で、麻衣子には色々迷惑かけたっつうか、これからもかけるっつうか……。その、でも、まあ、泣かせるようなことはしないように努力するっつうか。ああ、もう、つまり! 」


 慧は、自分と寝ている麻衣子が映るようにスマホを固定すると、小さく咳払いをした。


「つまり、結婚して欲しい。学生結婚になっちまうけど、あと三年とちょっと支えてくれ。その後は任せろ。俺がバリバリ働くから」


 慧は録画を止めると、今の映像を確認する。まあ、良い出来ではないが、プロポーズにはなっているだろう。


 面と向かってプロポーズをしたくなかった慧は、目の前できちんとプロポーズをしたぞという小細工の為の動画を撮影したのだ。

 その動画を麻衣子のラインに送信し、ついでに結婚してくださいとウサギが土下座するスタンプを送ると、やり遂げた!! とばかりに横になる。そのままいつしか二度寝してしまい、再度慧が起きた時にはすでにベッドには麻衣子の姿はなく、スマホを見ると動画には既読がついていた。


 この動画、きちんとSDカードに保存され、いつまでも記録として残ることになるとは……。





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