第203話 まさか、ここまで?!

「あの、慧坊っちゃま、お友達が……」


 リビングでくつろいでいた慧のところへ、困惑気味の八重がやってきた。

 慧の地元の友達なら、八重は慧に確認するまでもなく部屋へ上げるし、慧にわざわざ友達の来訪を告げることはない。


「誰? 」

「女の子でございます」

「女? 」


 昔馴染みのセフレだろうか?

 家まで押しかけてくるような重い奴はいなかった筈だが……。

 とりあえず、麻衣子が母親の紗栄子と初売りの買い物に行っていて良かったと、胸を撫で下ろす。

 元旦にあんなライン送っておいて、次の日に昔の女が家に現れるとか、プロポーズを断ってくれと言っているようなものではないか?


 一日たってもまだ麻衣子からの返答はなかったが、慧的にはもう返事は決まっているとたかをくくっている面もなきにしもあらずで、返事は二の次になっていた。


 慧は面倒くさそうに玄関に向かうと、そこに立っている人物を見て、口をポカンと開けた。

 ジャージに寝起きで寝癖のついたボサ髪の慧の前に、まるで勝負に来ましたと言わんばかりの派手な化粧(見るからに塗りたくっただけ)に、似合わないフリルの洋服を着た佳奈が立っていたから。


 いや、何だ?! この物体……。


 何故ここにいるのかが一番の問題である筈だが、何よりもそのあまりに似合わない頑張りすぎましたという容姿に、慧の思考が一瞬ストップしたのだ。


「明けましておめでとうございます。本年度もよろしくお願いいたします」


 丁寧に頭を下げた佳奈に、慧はお願いされたくない! と、返事をすることはなく、喉の奥にひっかかる物を出すように咳払いをした。


「な……んの用? 」

「新年のご挨拶です」

「それはもう聞いた。じゃあもう用事は済んだな」


 早々に追い返そうとするが、佳奈は玄関の中に入って、出て行く気配がない。


「麻衣子さんは? 」

「今、出かけてる」

「まあ、一緒に帰省ですか? 仲がいいですね。麻衣子さんにもご挨拶したいから、待たせてもらってもいいですよね? 」

「いや、こら……」


 勝手に上がろうとする佳奈を押し留めようとするが、まるでブルドーザーのように突進してきて、慧の制止も意味なくリビングに上がり込んだ。


「坊っちゃま、お友達でようございましたか? 今、お茶を用意致しますね」

「お茶なんか出さなくていい! 」

「おかまいなく。麻衣子さんに新年のご挨拶をしましたら、すぐにおいとま致しますから」

「はあ……」


 そう言う訳にもいかず、八重はお茶とお茶菓子をリビングに運んできた。


「ごゆっくり」

「ありがとう存じます」


 背筋をピシッと伸ばしてソファーに座った佳奈は、お茶にもお茶菓子にも手をつけることなく、貼り付けたような笑顔で、慧を正面から見つめた。


「何で、うちがわかった? 」

「学生簿ですよ。実家ものってたから」

「……」


 話すことなどなく、慧は黙りとしてお茶をすすった。

 麻衣子を呼び戻そうか、逆に帰ってくるなと言おうか悩む。


 会わせなくない気もするが、会わなければ帰らないだろうし……。

 この際、用事があると言って外出してしまおうか?

 いや、俺が出掛けてもこいつなら居座る気がする!


 結局、麻衣子に緊急事態、早く帰れとラインを送った。

 どうしたの? と、すぐに返信があったが、帰ればわかるとだけ打って放置する。


 駅前のデパートの福袋を買いに行っただけだから、すぐに戻ってくるだろう。


「麻衣子さん、一人でお出かけですか? 」

「いや、母親と」

「まあ、家族とも仲がいいなんて、まるでお嫁さんみたいですね」

「いづれ、そうなる予定だ」


 だから、もう俺に構うな! と、暗に言っているのだが、佳奈はとびきりの笑顔を浮かべた。


「赤ちゃん、できたんですものね。もう、ご両親には報告したんですか? 今回の帰省はそれが目的ですか? 」

「いや、それは……」


 すっかり忘れていたが、佳奈には妊娠の話しをしていたのだった。


「松田君は長男? 」

「次男だけど」

「お坊ちゃまなんて呼ばれて、今時お手伝いさんがいるような立派なおうちが実家なんですね。お父様は大きな病院をしてらっしゃるとか。凄いですね。麻衣子さんにしたら、とんでもない玉の輿じゃないですか」


 慧はムッとしたように佳奈を睨み付ける。


 そりゃ、親に頼りっきりの生活ではあるが、それは慧が甘ったれた考えだからで、麻衣子は玉の輿だと思って慧の側にいる訳じゃない。

 慧を知っている誰に聞いても、麻衣子に慧がもったいないではなく、慧に麻衣子はもったいないと言うだろう。


「おまえ、うぜーよ。俺が家継ぐ訳でもないし、将来はただの薬剤師の嫁だ。玉の輿でもなんでもねぇだろ」

「やだ、一般論を言っただけよ。そんなに目くじらたてなくても」


 いちいちムカつく。何がという訳じゃないのだが、表情から喋り方まで見ているとイライラする。


 慧は、麻衣子が戻ってくるまで無言を貫いた。佳奈も別に居辛いというふうでもなく、リビングを見回しながら二十分程を無言で座っていた。


「あの、ただいま……」


 麻衣子が帰宅した際、無言で向かい合う慧と佳奈を目の前にし、何事が起こっているんだろう?と、とりあえずドアをノックして帰ってきたことを告げた。


「麻衣ちゃん、何してるの? あら、お客様? だから早く帰ってこいなんて言ったの? もう少し麻衣子ちゃんと買い物したかったのに」


 紗栄子が麻衣子の後ろから顔を出し、佳奈を見て会釈する。


「どうも初めまして。松田君の大学の同級生の西条と申します。今日は新年のご挨拶に参りました」

「あら、ご丁寧に。麻衣ちゃんじゃなく、慧のお友達だったのね。明けましておめでとう」

「明けましておめでとうございます。麻衣子さんも、明けましておめでとうございます」

「明けましておめでとうございます」


 頭を深々と下げて挨拶した佳奈に、つられて麻衣子も深々と頭を下げた。


「用事はすをんだろ? もう帰れば? 」

「やあね、慧ったら。せっかくいらしてくれたのに、そんな口をきいて。ごめんなさいね、この子ったら口のきき方が悪くて」


 紗栄子が気にしてフォローをいれるが、慧の明らかに不機嫌な様子と麻衣子の戸惑ったような様子を見て、招かれざる客なんだとさとる。


「いえ、お気になさらず。松田君はサバサバしていて、気兼ねしないというか、彼のいいところですから」


 おめーに誉められたくない! と、慧は大きなため息をついた。帰れオーラ全開である。


「この度はおめでとうございます」

「はあ、ありがとうございます」


 何がめでたいのかわからないが、佳奈に言われて紗栄子も返事を返す。


「そのことで、麻衣子さんにお話しが……」

「新年の挨拶に来たんじゃねぇのか」

「ついでというか」

「こいつはおめーと話すことはねぇよ」

「あら、そうかしら? いえ、まあ、別にここで聞いてもいいんですけど。麻衣子さん、よろしいかしら? 」

「はあ? 」


 佳奈はニンマリと笑顔を浮かべる。そして、怒涛のごとく話し出した。


「まず、妊娠おめでとうございます。それについてなんですが、私なんかよりご本人達の方がご存知のことだと思うんですが、そのお腹の子供、松田君の子供ではないですよね? いえ、何もおっしゃらなくてもわかってます。松田君の浮気が原因なんでしょう? 」

「あんた、浮気って……」


 言葉を挟んできた紗栄子を手で制する。


「お母様、松田君は悪くないんですよ。たまたま大学に色ボケした化け物みたいな中年女がいて、その色香に惑わされただけですから。ただ、麻衣子さんは辛かったですよね。それで、つい魔が差してしまった。松田君以外の子種を宿してしまったんですよね」

「あの……何を? 」

「私、知っているんです。お二人、しばらくは関係してなかったですよね? それで松田君の子供だなんて、言える訳がないですよね? 」


 どうだ! と言わんばかりに鼻の穴を開いて、佳奈の言ってやったわよという顔を、慧はただ呆気にとられたように見つめ、麻衣子も紗栄子も廊下で聞き耳をたてていた八重まで、ただただ無言でポカンとするしかなかった。

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