第105話 赤い水着

「いらっしゃいませ、ようこそシーホースへ! 」


 麻衣子と和佳が並び、団体客を迎え入れた。

 団体客……そう、TSCの夏合宿のメンバーだ。


「麻衣子、お疲れ~! 」


 理沙が真っ先に身軽に入ってくる。その後ろから拓実と慧が続き、佑に中西や他の一年男子も大きな荷物を運んで続いた。

 どうやら、自分の荷物プラス、サークルの荷物を運ばされたらしい。中には理沙の荷物もありそうだ。


 麻衣子が荷物を運ぶのを手伝おうとするが、さすがにサークルの部員は先輩である麻衣子に手伝わせるわけにもいかず、自分達で部屋まで運ぶ。


 理沙は麻衣子と同室になり、一階の男子部屋に拓実と慧、佑、中西が入った。この面子は、唯一一週間フル参加する顔ぶれで、他は二泊三日の入れ換え制となる。


「うわあ、こっち側オーシャンビューじゃん」

「そう。男子達は道路側なんだけどね」

「あいつらはいいっしょ。ね、どう大変? 」

「まだ今日初日みたいなもんだから」

「龍ちゃんや和佳とはどう? 」

「よくしてもらってるよ」


 理沙は荷物をほどきながら、じゃじゃ~ん! と水着を取り出した。


「これどう? 」


 大胆な真っ赤なビキニで、理沙には少し大きそうに見えた。特に上の方が。下はほぼTバックか?!というくらい布地の面積が少ない。


「派手だね。でも、可愛いと思うよ」


 パットを三枚重ねくらいにすれば、なんとかいけるのかもしれない。けれど、理沙はそんな見栄をはるタイプではないのだが、何か心境の変化でもあったのだろうか?

 人の趣味を貶すのもなんだから、麻衣子は自分では絶対着ないけどね……と思いながら、水着をほめてみせた。


「じゃ、はい」

「はい? 」


 理沙は、赤い水着を麻衣子の手に乗せる。


「海の家の制服。あとで和佳にも渡してこよう。短パンははいていいからねえ」

「えーと、あたしが着るの? 」


 赤い水着を自分にあて、戸惑いの表情を浮かべた。

 理沙は目を細めて手をかかげ、麻衣子に照準を合わせる。


「うん、似合う! 着替えといてね」


 理沙はもう一着を荷物から出すと、ちょっと行ってくる~と部屋を出ていった。


「これ……着るの? 」


 素直な麻衣子は、とりあえず言われたまま水着に着替えた。

 トップは麻衣子には少し小さく、胸に食い込む感じはあるが、着れなくはない。ただ、本当に布地が少なく、万歳すると胸がペロリと出てしまいそうだ。

 さすがに下はもっと布地が少な過ぎ、お尻がほとんど出てしまうため、短パンを履いた。


「おい! 」


 ノックもなくドアが開き、慧が入ってきた。


「……おまえ、バイトなんじゃねえの? 」

「バイトだよ。これから海の家だし」

「なんでそれ? 」

「理沙が……」


 慧は理解したようにため息をつくと、いきなり麻衣子の水着のトップに手を差し入れた。


「ひゃん! 」


 胸をかきあげるようにし、水着のトップの中に麻衣子の胸を納めようとする。しかし、下乳まで水着に入れようとすると、微妙に乳輪が出てしまう。


「これ、サイズ合ってないだろ」

「そうだけど、しょうがないじゃん」


 麻衣子は水着のトップを引っ張り、乳輪まで隠れるようにすると、今度は下乳がはみ出る。

 慧が自分が着ていた白いTシャツを脱ぎ、麻衣子の頭から被せた。


「これ着とけ」

「でも制服だって理沙が……」

「また、前みたいな男に目つけられっぞ! それでもいいのか? 」


 前みたいなとは、二年前の合宿のナンパ男達のことだろう。たまたまシャワー室で盗み聞きしていなかったら、部屋まで押しかけられ、悪くすればレイプされていたかもしれなかった。


 海という開放的なシチュエーションで、ナンパ目的の男達は沢山いるだろうし、変なのしつこくされたらバイトに差し障りがでる。龍之介からも、しつこいナンパ男に捕まったら、自分か和佳を呼んでねと、しつこいくらい言われていたから、その手の輩が多いのだろう。


「じゃあ……」


 慧のTシャツに手を通そうとした時、ドアがノックされて龍之介が入ってきた。

 半裸(下は水着だが)の麻衣子と、その麻衣子の腰に手を回し、尻を撫でていた慧を見て、龍之介の顔つきが変わる。摺り足のような足さばきで一瞬にして慧に近寄ると、慧の腕を掴んで麻衣子から引き剥がし、大外刈を綺麗に決めた。そして袈裟固めで慧を押さえ込む。


「麻衣子ちゃん、大丈夫?! 」

「……」


 あまりのことに声もでず、麻衣子は唖然として龍之介と慧を見下ろす。


「チカン? 警察に電話する? 」

「ち……違います! 同じサークルの慧君、あたしの彼氏です」


 龍之介の力が弛み、慧が龍之介の下から這い出てくる。


「びっくりした~ッ! なんだよおまえ」

「ごめん、ごめん。麻衣子ちゃんが襲われてるかと思って」

「慧君、龍之介さんよ。ここの息子さんで、理沙の従兄弟」

「ああ……」


 理沙から話しを聞いていたのか、慧はぶっきらぼうにうなづいた。龍之介が手を差し出すと、その手を取って起き上がる。


「君、ちゃんと受け身とってたね。経験者? 」

「高校の授業でやっただけ」

「へえ、じゃあ運動神経がいいんだね。マラソンでもやってるの?持久力がありそうな筋肉がついてるけど」

「いや、運動はなんも」


 龍之介は、慧の腕や胸をペタペタと触り、ヘエ~フ~ンと呟いている。慧は気色悪そうに龍之介の手から逃れると、半歩龍之介から離れた。


「もういいだろ。で、あんた用事があってこいつのとこにきたんじゃないの? 」

「ああ、うん。海の家を開く時間だから迎えにきたんだ」

「すぐに行きます」


 じゃあねと慧の肩を叩くと、麻衣子は龍之介の後ろについて部屋をでた。

 そんな麻衣子と龍之介の後ろ姿を見つつ、慧は首を傾げた。

 なぜだか麻衣子と龍之介が一緒にいても、危険な雰囲気を感じなかった。

 もしかすると、龍之介にはすでに心に決めた彼女がいるとかで、麻衣子に対して性的な意識を持っていないからかもしれない。

 最近、佑に対しても同様に危険な雰囲気を感じなくなってきていた。最初は隙あらば! という感じだったのが、今では全くの羊状態で、その理由についても薄々勘づいてはいる。

 麻衣子などは全然気がついていないようであるが……。


 まあ、自分の女に向けられる性的な視線に無関心な男はいないだろう。

 そんなわけで、ここにくるまでは理沙から従兄弟の話しを聞き、かなり警戒していた慧であったが、どうやらあの男は安全みたいだと、胸を撫で下ろす。まあ、だからといって絶対何もないとは言い切れないけれど。


 理沙が持っていった水着をそのまま持って返ってきたのを見て、慧はもう一人の従姉妹も、理沙の親戚にしてはまともなのかと安堵する。あれを嬉々として着てしまうような従姉妹なら、道徳観念に穴があるという証だろう。


「それ、渡さなかったのか? 」

「うん、イヤミか! って突っ返された。あの子、私よりナインペタンだったの忘れてた。カパッカパで、パットを入れても着れなかったんだよ」


 つまりは、着るつもりで試着した……ということか。


 若干の不安を感じる慧だった。


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