第104話 ペンション シーホース

 ジリジリと焼けるような太陽にうんざりしながら、麻衣子はなかなかこないバスを待っていた。

 一週間分の荷物はかなりあり、慧から借りたスーツケースに、自分の旅行鞄を乗せていた。とても持ち上げられる重量ではなく、バスに運びこめるのだろうか?という不安もある。

 理沙の親戚のペンションにバイトのために向かっている最中で、合宿にくるサークルのメンバーは明日到着予定だ。

 洗濯ができるかわからなかったので、一応一週間分の洋服と、水着数着持ってきていた。夏だから、布地が薄い分衣服はそんなにかさばらないが、花火大会をするから浴衣持参でと理沙に言われて持ってきた浴衣セット一式が、かなりかさばっていた。


 駅前のバス停は、日を避ける物もなければ、椅子もない。時刻表はあるが、字が薄れて読めず、かろうじて今の時間にバスが二本通っていることはわかった。つまり、どんなに待っても三十分、すでに五分待っているので、あと二十数分もしないうちにバスはくるはず。……いや、来て欲しい!

 熱中症になったらヤバいと思い、さっきから水分はとっているのだが、汗ですぐに流れ出てしまう。


 このまま太陽にさらされていたら、確実に干からびてしまうと思った麻衣子は、荷物はそのままに木陰に避難した。


「徳田麻衣子さん? 」


 マイクロバスが駅の目の前に停まり、キョロキョロと辺りを見回していた男性が、木の根もとにしゃがみこんでいた麻衣子に声をかけてきた。

 男性は麻衣子より少し年上だろうか?真っ黒に日焼けし、白い歯が爽やかに映る好青年を絵に描いたような男性だった。

 なんとなく親しみやすさを感じるのは、気安い彼の性格のせいだろうか。


「ごめんね、ちょっと仕入れに手間取って、時間過ぎちゃったね。荷物はあれ? 」


 男性は麻衣子の荷物の方にズンズン進んで行き、麻衣子は慌てて追いかける。

 男性が荷物に手をかけた時、麻衣子はやっと男性に追い付いた。


「あの、ちょっと……」

「ああ、自己紹介しないとね。僕はペンションシーホースのオーナーの息子で、夏休み中アルバイトにきてるんだ」

「じゃあ、理沙の従兄弟の龍之介さん? 」


 理沙から従兄弟がバイトしているはずだと聞いていた。確か、国立大学の大学院生で、微生物だかなんかを研究してるとか。名前と経歴が見た目にマッチしておらず、龍之介本人だとは思ってもいなかった。


「そう、林龍之介です。一週間よろしくね」

「よろしくお願いいたします」


 麻衣子が丁寧に頭を下げると、龍之介はクスリと笑った。


「見た目とギャップがあるんだね。しっかりしたお嬢さんだ」

「そんな、普通です」

「じゃ、乗って。バスだとうちまで遠回りなんだよ。車なら十分くらいだから。だから、お客さんの送迎するんだけど、麻衣子ちゃん免許は? 」

「すみません、ありません。実家戻ったら取ろうとは思ってるんですが」

「まあ、都内じゃ必要ないしね」


 マイクロバスは広く、麻衣子は運転席の後ろに座った。

 荷物は龍之介が車につんでくれた。


「うちは、ペンションと海の家をやってるんだけど、昼間は海の家を手伝ってもらうことになると思う。接客はやったことあるかな?」

「居酒屋でバイトしてます」

「いいねえ、呼び込みは僕か妹がやるから、麻衣子ちゃんには中頼むね。」

「妹さんもいるんですか? 」

「ああ、理沙とタメだよ。ちょっと気が強いというか……。まあ、理沙の友達なら大丈夫かなあ? けっこう似た者従姉妹だから。あとね、夏の海は不埒な奴もいるけど、何かあったらすぐに僕か妹呼んでね。一応、二人共黒帯だから」

「理沙も黒帯ですよね? 空手でしたっけ? 」

「うちらは柔道。組んだら理沙にも負けないよ」


 林家は格闘技を習う習慣でもあるのだろうか?

 理沙の強さは一昨年の合宿で目の当たりにしているし、その理沙に負けないと豪語しているのだから、本当に強いのだろう。


 そんな話しをしている間に、マイクロバスは一軒のペンションの前についた。

 海を見渡せる絶好の場所に建ったペンションは、青を基調にした爽やかな造りだった。ペンションの裏手から階段を下りて、直に砂浜に降りることができ、部屋から水着で出掛けられるようになっている。海の家も、ペンションの真下に造られていた。


「凄い、オーシャンビューですね」

「まあね、それがうちの売りだから。海まで0分てね」


 車から下ろしてもらった荷物を引きながら、龍之介の後に続いてペンションに入ると、すぐに開けた広間みたいになっていた。カフェもやっているのか、テーブルや椅子が並んでおり、カウンターがあった。


「ここはウェイティングスペース兼夜はバーになる。宿泊客だけじゃなく、外の客もくるよ。ここの手伝いは時間外になるからしなくていいからね」


 その奥に食堂があり、一階には他にトイレと大浴場が二つあった。アルバイトの宿泊部屋も一階ということで、先に荷物を置かせてもらった。オーナー家族の部屋も一階にあるらしい。


 麻衣子の部屋は四人部屋になっていた。一応アルバイト用の部屋らしいが、部屋が足りないときは客室にもなるらしい。

 アルバイト用に、男子部屋も一部屋あるらしいが、今年は泊まりの男子のアルバイトはいないらしく、理沙達の宿泊部屋になるということだ。


「風呂は、大浴場……っていっても、MAX五人くらいしか入れないけどね、がうまってたら、うちら家族の風呂使ってもらってもかまわないから。」


 本来、風呂は宿泊客がその日に予約して使うものだが、麻衣子のバイト中は、サークル合宿の貸し切りになるらしく、男子風呂女子風呂にわけて、時間指定なく使うようにするということだった。


 それから二階の客室を案内してもらった。

 二階は十部屋、一部屋頑張れば六人泊まれるらしく、最高六十人まではいけるが、今までそこまで泊まったことはないらしい。

 だいたいがカップルの利用で、たまに家族が入るくらいなので、今回の合宿の予約が、今まででこのペンション最高宿泊人数らしい。

 そのため、バイトを急募したというわけだ。


「バイト時間は朝食の配膳をする七時から、夕食の終わる八時まで。朝御飯は早いけど六時半ね。昼御飯休憩が十一時から三十分、途中三時くらいに一時間休憩とれるから、その時に泳ぐといいよ。拘束時間長いから、ちょこちょこ暇見つけて休んでね」


 なるほど、拘束時間が長いから破格な日給なんだろう。


 すでに今日の帰宅客はチェックアウト済みのため、龍之介に教えてもらいながら部屋の片付けからセッティングまで行った。

 麻衣子の正確でスピーディーな動作に、龍之介も一部屋教えた段階で大絶賛し、他の部屋は麻衣子一人でこなすことができた。


 時間はすぐに過ぎていき、すぐに夕方になり、今晩は泊まりが六組、全てカップルだったため、配膳も片付けもスムーズにすんだ。

 泊まり客が部屋に引き上げた後、従業員の夕飯になり、麻衣子は初めてそこで全員と顔を合わせた。


 オーナーの林夫婦は温和そうな熟年カップルで、主に料理を担当していた。

 娘の和佳わかは、顔つきは理沙にそっくりで、茶髪ロン毛の理沙って感じだ。少しきつそうではあるが、サバサバと明るい感じで、麻衣子には親しみやすく感じた。

 他に通いの従業員が二人いるということで、こちらは海の家がメインということだ。


「明日から忙しくなるから、今日は早めに休んでね」


 オーナーの奥さんの作ったデザートのシフォンケーキを平らげた麻衣子に、奥さんは紅茶をいれてくれながら言った。


「すみません、ありがとうございます」

「それにしても、麻衣子ちゃんは即戦力だよ。理沙に感謝だな」

「そうだな、今回の大型予約にしても理沙のおかげだしな。リピーターにつながってくれれば、万々歳だ」


 麻衣子は片付けを手伝い、オーナー達はバーの営業の準備を始めた。


「どう? バーの方で一杯やる?よければおごるよ」


 片付けが終わった調理場に、龍之介がひょっこり顔を出して麻衣子を誘った。


「いえ、今日はもう休みます。明日も早いし」

「そっか、残念。じゃ、お休み」


 龍之介はしつこく誘うこともなく、すんなり調理場から出ていった。

 最後、和佳が火の確認と消灯し食堂に鍵をかける。


「じゃ、明日からよろしくね。お休み」


 和佳は家族のスペースへ引っ込み、麻衣子は自分の部屋に戻った。空いていた時間に風呂に入り、早々に布団に潜り込む。

 まだ一日目だったが、かなり疲れており、慧に連絡をするのも忘れて、眠りこんでしまった。



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