第146話 真田信武という男
「どうも夜分遅くにすみません」
「いえ、こちらこそ、ご足労いただきまして申し訳ありません」
こちらの用事で来てもらったというのに、ドアを開けた途端丁寧にお辞儀をされ、つい麻衣子も丁寧に返してしまう。
真田は、そんな麻衣子を見て、わずかに目を細めて微笑んだように見えた。
真田と名乗った男は、サラリーマンのような地味なスーツ(色味が地味なだけで、値段は高そうだが)を着て、山のような荷物を抱えて立っていた。
身長は190センチくらいあるだろうか? かなり高身長で、お洒落めな茶髪角刈りで、男臭い感じのいい男だ。
年齢は忠直とそう変わらないのだろうが、忠直とは違い、いい感じに中年の渋さが滲み出ている。身体を鍛えているのか、体型もがっちりとしていて、逞しい感じだった。
その後ろに隠れてしまっていた杏里がひょっこり顔を出した。当たり前のように何も持っていない。
「入るねぇ」
杏里はお気軽に部屋に入ると、勝手に指示を出して、真田に突っ張り棒をセットさせる。慣れているのか、手際のいい真田は、あっという間にロールカーテンをセッティングしてしまい、部屋はベッド側とキッチン側にきれいに分けられた。
「普段は、もっとベッド寄りにセットすれば、来客があった時にベッドを隠せますよ。あと、その紙袋の中のカーテンは……気に入らなければ捨ててください」
「ここにくるの、あたしくらいだけどね」
「おまえもくんなよ」
ベッドに座って見ていた慧が、初めて口を開いた。
「ひっどーい! ノブ君、どう思う? 妹が姉に会いに来たっていいよね」
杏里は、ごく自然に真田の腕を取り、真田にピッタリとくっつく。真田も当たり前のことなのか、全く動じていない。
「おまえは、遠慮がないからな。あんまり迷惑かけるなよ」
杏里の頭をクシャリと撫で、その頭に軽くキスをする。
「じゃあ、行くからな。すみません、仕事の途中なんで戻ります。麻衣子さん、今度事務所に遊びにきてください。忠直も喜びますから。彼氏さん、夜分にお邪魔しました」
「あ、あたしも途中まで乗せてって」
「途中って、逆だよな? 」
「わかってんじゃん」
真田は軽くため息をつくと、麻衣子達に頭を下げて、杏里に腕を引かれて部屋を出ていった。
お茶を出す暇もなく、閉まってしまった扉を見て、麻衣子は慌てて玄関から出て見送りに行く。
しばらくして戻ってきた麻衣子に、慧はポツリとつぶやいた。
「あの二人……ヤってるな」
「は? 」
何を言っているのかわからず、キョトンとして慧を見る。
二人の空気感、実際の距離、雰囲気に至るまで、杏里と佑よりもしっくりくるものを感じた。佑は杏里に引きずり回されているだけだが、真田はそんな杏里の手綱を握っているように思われる。
話したわけでもないし、真田を知っている訳でもないのだが、多分二人に隠す気もないからか、一見しただけで二人の関係性はモロ分かりだった。
「やだ、変なこと言わないでよ」
「変じゃないだろ? 」
「だって、今だって佑君ちに送ってもらったみたいだし、あの二人は親子くらい年が違うのよ」
全く信じようとしない麻衣子に、慧は特に熱弁するでもなく、どうでもいいやと話しを流した。
「なあ、これ、カーテンだよな?」
慧は、杏里が置いていった紙袋を足で突っついた。
「ああ、うん。サイズ合うかな?」
「サイズの前に、本当にこれかけるのか? 」
麻衣子が杏里達を送っていた間に中身を確認した慧は、心底嫌そうに紙袋を蹴り倒した。
中身が床に出て、麻衣子もウッ……と声をなくす。
お姫様の寝室にかけてありそうな、淡いピンクのフリフリレースのカーテンが顔を出したからだ。
しかも、ハート柄の……。
「これは……」
「俺は、このカーテンがついている限り、この部屋には帰ってこないからな」
「いや、さすがにないわ……」
麻衣子は丁寧にカーテンを紙袋にしまうと、壁際に置いた。
「カーテンだけ女の子チックでも、なんか逆に違和感でちゃいそうだし、このままでいいと思う。うん、女子だってクール系が好きな人いるし、全然問題なし」
麻衣子的にも受け入れられなかったのだろう。
「だな。ほら、いかにも女の部屋って外から分かっと、防犯面でもよくないっつうから」
「そうそう! それで通そう! 」
気に入らなければ捨ててくれと言われたカーテンは、後日TSCの部室に持っていかれ、しばらく寝かされた後、文化祭の時の仮装の衣装に変形することになるが、それは麻衣子達が卒業した後のことである。
★
車に乗り込んだ杏里は、助手席でクスクス笑っていた。
「どうした? 」
「あのカーテンを見たお兄さんの顔を想像したら……」
「あれはないっつったろ?」
「だって、女の子らしい部屋にしなきゃいけないって言うから、目一杯ブリブリなのを選んだんだけどな」
「彼氏はともかく、姉ちゃんも困るぞ」
「それはヤダ! ……明日、ちゃんとしたの持ってくもん」
「そうしろよ」
まだ麻衣子と会ったばかりの頃、慧の人柄を見るためにも、慧に迫ったことがあった。慧が自分になびかなかったことを、麻衣子のためには良しとしたが、実は少しばかり根に持っていた杏里は、ちょこちょことイタズラをしては、気をはらしており、今回のカーテンも、慧に対する嫌がらせ以外の何物でもなかった。
その話しを聞いていた真田は、杏里になびかない男として慧に興味があったが、麻衣子を見て納得してしまった。
「まあ、あの姉ちゃん相手じゃ、おまえにはなびかんよ」
杏里はプクッと頬を膨らませる。
「わかってるもん! でも、身体ならあたしだって、若くてピッチピチなんだから」
真田は片手でハンドルを握ったまま、杏里の胸にソフトタッチする。
「やっぱ、まだまだだな。姉ちゃんのが数段デカい」
「これでも、昔よりは成長したでしょ? 」
特に振りほどくこともなく、真田の手をすんなり受け入れた杏里は、真田の手をつかんでさらに胸に押し当てる。
「そりゃ、Aカップの時よりはデカくなったろ」
「失礼ね! あの時だってBカップあったもん! 」
「で、今はCカップ? 」
「残念! Cに近いBだよ」
会話の内容の割には、イヤらしさのない話しぶりだが、その手はずっと杏里の胸にある。
「ちょっとは動かせば? 」
触るだけで全く動かない手に、杏里はイライラしたようにさらに手を胸に押し当てるように押さえる。
「おまえね、今からどこ行くの?」
「佑んち」
「じゃあ、これはまずいんじゃないの? 」
「ノブ君は別! 彼氏は彼氏、ノブ君はノブ君」
「意味わかんねえから」
「ノブ君とは、コミュニケーション。会話してるみたいなもんでしょ」
「彼氏にはそれは通らんでしょ?」
杏里は盛大に膨れっ面になり、真田はしょうがない奴とつぶやきながら、車を路肩に停めた。
「コミュニケーションしとく?」
座席が倒され、杏里は真田の首に手を回し、引きずり込むように倒れる。
さっきまで動かなかった真田の手が、杏里のピンク色のセーターを押し上げ、純白のブラジャーをずらす。
どうすれば杏里が吐息をもらすか、身体を震わせ可愛らしい喘ぎ声をあげるか、真田は知り尽くしていた。それを開拓したのは真田であり、痛みから初めての絶頂に至るまで、杏里の性の成長を見守ってきたのも真田だった。
恋人であった時期がないだけに、今までもこれから先も、この関係は続いていくのかもしれない。もちろん、彼氏である佑が受け入れられれば……であるが。
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