第五章

第145話 母親上京?!

「なんか、奈良さんが放心状態なんだけど」


 大学に遊びにきていた杏里が、クスクス笑いながら言った。


「えっ? 」


 奈良からはぱったりラインもこなくなり、てっきり沙織と仲良くやっているもの……と思っていたが。

 単位も取り終わり、ほぼ大学に顔を出さなくなった沙織とは、たまにラインで連絡を取り合うくらいで、あまり会っていなかった。というか、ほぼ大学にきていなかった沙織が、どうやって単位を取得したのか……、しかも麻衣子達より早くクリアしていたのは、誰にもわからない謎である。


「まあ、それはどうでもいいんだけど、麻希子お母さん、年末はこっちにくるって聞いてる? 」

「はい? 」


 奈良ネタも気にはなったが、母親麻希子の上京には勝てなかった。


 麻衣子が東京に上京してから四年、一度だってきたことはなかった。故に、麻衣子が慧と同棲しているのもバレることなく、いまだに友人(美香)と同居していると思っているはずだ。


 その麻希子が上京とは?!


 今までも、短期では忠直に会いにきていたらしいが、あまりに短期過ぎて、夕飯を一度食べたくらいで、後は後日に杏里などから麻希子が来ていたことを聞いたりしていた。


「なんか、うちに泊まるかお姉ちゃんとこ泊まるか考えてるとか言ってたよ」

「うち~ッ?! 」


 初耳過ぎるし、うちはあり得ないし!


「お姉ちゃんちはねぇ? 」

「無理無理無理無理! 」

「年末、お兄さん実家に帰らないの? 」

「わからない。多分、帰らないと思う。あたしも来なければ、帰ってこなくていいって言われてるみたいだから」

「お姉ちゃん好かれてるね」


 麻衣子は曖昧に微笑む。

 確かに、ありがたいくらいに好意を持ってもらっているが、最近では結婚・妊娠を急かされるような発言が多くて困る。

 慧は薬科大に入学が決まり、三年に転入が決まったし、あと四年間はまだ大学生だ。麻衣子も、会社入社が決まり、いくら女性に働きやすい会社を選んだからといって、入社早々妊娠出産は非常識だろう。

 結婚を考えなくはないが、あと四年間はしないのでは……というのが麻衣子の考えだった。


「そのうち、麻希子お母さんから連絡くると思うけど」

「そのうちって、もう二十日だけど……」


 大学も今日で終わり。

 街はクリスマス一色だが、年末は間近だ。


 杏里は、部室のクリスマスパーティー用のグッズを弄りながら、明日のクリスマスパーティーの準備を手伝っていた。


「なんなら、松田先輩うちにきますか? 僕は二十六日に帰省するんで、部屋貸せますよ。まあ、一日には帰ってきますけど」

「ありがとう。でも、うちにはちょっと連れてはこれないよ」

「女子二人暮らしには見えないもんね」


 家は青系統で統一され、女子っぽい雰囲気ではないし、部屋は広いがワンルーム、ベッドは一つで、女子の同居部屋には見えない。

 元が慧の部屋ということもあるが、ピンクフリフリみたいな部屋にいる慧など想像できないし、これから先もないだろう。


「じゃあ、うちの事務所にあるもので、二人暮らしに見えるようにしよっか? ちょっとくらいならごまかせるかもしれない。その間、お兄さんには実感に帰ってもらうか、佑の部屋に避難しててもらえばよくない? 」

「できる? 」

「まあ、いらないロールカーテンとかあるし、そういうの使えば、部屋の分割は可能かな。」

「部屋につけれるの? 」

「大丈夫、突っ張り棒でつけるタイプだから、移動とか簡単だし。あと、カーテンを変えるだけで雰囲気は変わるんじゃない? ピンクのカーテンあるし」

「一応、慧君に聞いてから……」

「OK、じゃあ決まったらすぐやるよ」


 やるのは杏里ではなく、きっと自分が駆り出されるんだろうと思いながら聞いていた佑は、在庫チェックを済ませて立ち上がった。


 その夜、麻衣子の留守電に麻希子から一方的な決定事項を告げる留守録が残っていた。


『麻衣子? 年末そっち泊まるから。二十八日から二日まで。同居しているお友達にも挨拶したいんだけど、いるかしらね? また連絡するわ』


 麻衣子は、スマホの留守電を消すと、ため息をついた。


「慧君」

「ああ? 」


 ベッドに横になった状態の慧が、スマホから顔を上げることなく返事をする。スマホゲーム解禁で、ほぼ空いた時間はスマホとひらめっこだ。


「母親が、二十八日から六日間こっちにくるらしいんだけど、うちに泊まりたいって」

「ああ? 別にどうぞ」

「どうぞって、うちらの同棲は伝えてないんだけど」


 住所だけは伝えていたから、ここで慧と住んでいることがばれれば、最初から女子と同居じゃなく、慧と同棲をしていたことがバレてしまう。


「今さら? 別にバレちゃダメなんかよ? 」


 一応、付き合っていることは認めてもらっている訳だから、同棲してたって構わないだろ? というのが慧の意見だ。


「ダメに決まってるじゃん! うちの母親だよ? 同棲なんて、絶対に反対されるから! 」

「反対されるもなにも、もう三年以上同棲してっけど? 」

「だから、バレたらやばいんだって」


 慧は、面倒くさそうに起き上がる。


「じゃあどうすんだよ? 」


 麻衣子は慧に手を合わせた。


「ごめん、その間実家に帰るか、佑君のアパートに行ってもらえないかな? 佑君には、了解もらってるから。佑君は二十六日から帰省して一日に帰ってくるらしいの。だから、一日の夜だけ我慢して貰えれば……」

「まあ、それでもいいけど」

「いいの? 」


 麻衣子は、つぶっていた目を開け、合わせていた手を下ろす。


「しゃあねえだろ。でも、いつかはバレるぞ」

「うん。わかってる。でね、杏里が同居っぽく部屋を演出してくれるって言うんだけど、少し部屋をいじってもいいかな?」

「好きにすれば。ただし、俺は巻き込むなよ」

「うん、ありがとう」


 麻衣子は、さっそく杏里に電話をし、部屋のことを頼んだ。

 杏里は快諾してくれ、何やら電話の後ろで会話をしている。


『杏里、今どこにいるの? 』


 今はすでに十二時近く、忠直は仕事だろうし、家にいるとばかり思っていた。家に誰かきているのだろうか?


『今? バイト先』

『こんな時間に? 』

『今から帰るとこ。レールカーテンとかもくれるって。カーテンもいらないからどうぞだってさ』

『そりゃありがたいけど……、ねぇ、杏里、あなた何のバイトしてるの? 』

『えっ? 言わなかった? 忠直の会社の系列のとこでバイトしてるけど』

『お父さんの会社って……ホストだよね? 』

『ああ、でもホステスとかじゃないから。健全な仕事だし』


 デートクラブが健全かどうかはわからないが、杏里が相手にしているのは、本当にVIPな客相手に、健全に食事やデートを楽しむだけで、SEX抜きのお付き合いである。

 最近は見た目も大人っぽくなったせいか、パーティーの付き添いなどの需要も増えてきた。こちらは、礼儀作法はもちろん、淑やかさや話術なども必要となるため、目下そのための講習会にも出ていた。もちろん、会社が費用を負担してくれる。


 今日もバイトではなく、そんな講習会に出ていたため、こんな時間になってしまったのだ。


『大丈夫なの? 』

『大丈夫、大丈夫! ここの社長、忠直……父親の親友だし、あたしのこと……私のことも赤ん坊の時から知ってっか……知っているから。帰りはノブ君……社長が送ってくれるし』


 ところどころ喋り方をかえているのは、電話の後ろでダメ出しがでているかららしい。

 何となく、そんな会話が聞こえてきて、親しげなその様子に、悪いところではないのか……と、安堵する。まあ、父親が勤めているところだし、危ないこともさせないだろう。


『ねえ、とりあえず今から運んでもいい? ちょうどノブ君が送ってくれるし、ノブ君の車大きいから、レールカーテンとか運ぶのにちょうどいいや』

『でも、迷惑でしょ? 』


 電話口で、いいよね?! と聞いている杏里に、いきなり野太い声が重なった。


『どうも、初めまして、真田さなだ信武のぶたけです。もし、そちらのご迷惑じゃなければ、今運んじゃいますよ』

『うちは大丈夫ですけど、お仕事中なんじゃ? 』

『いえいえ、お嬢達の運転手も私の仕事ですから。特に、杏里は他の奴には任せられない』

『冴木の娘だからですか? 』

『もちろん、親友の娘でもありますし、私にとっても娘みたいなものだからですよ』


 優等生な会話にホッとしつつ、麻衣子はお願いしますと頼んだ。


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