第155話 番外編だよ中西君

 数日前、中西の部屋の電気が消えるのを茫然と見つめていた流星は、ゴホゴホと咳をしながら教室に入った。

 今年度一番の寒さを記録し、雪までちらついたあの晩、流星は何時間も立ち尽くしていたため、次の日に高熱を出した。妹にはこのクソ寒いのに濡れて帰るなんて馬鹿じゃないの? と罵られ、姉にはうつさないでねと、優しく隔離され、母親は以前からチケットとってあったから……と、芸人のクリスマスコントに出かけてしまい、実家にいるというのに、誰の介抱を受けることなく、ただひたすら自力で熱を下げたのだ。

 今年度最後の講義、気合で何とか出席することができた。


 すでに中西と亜美は教室にいて、中西は数人の女の子達とバカ話しをしており、亜美はその二つ後ろの席で静かに本を読んでいた。


「やあ、おはよう」


 亜美はチラリと視線を本から上げたが、すぐに視線を戻した。


「この間はご馳走様」


 まるで台詞を読んだような口調だったが、返事があっただけ進歩かもしれない。


「また行こうね、……ゴホゴホ」


 亜美は鞄の中からマスクを取り出し流星の前に置いた。


「くれるの? 」

「風邪がうつったら迷惑だから」


 亜美の優しさとして受け取ることにする。


「ねえねえ、俺と初日の出、拝んじゃう? 」

「やあよお、年末は彼氏と旅行だしぃ」

「またまたあ、俺が実家帰るから泣く泣く予定入れたんでしょ? 無理しなくていいのに」

「なかにーってば、冗談ばっかなんだからあ」


 女の子達はギャグで、中西は限りなく本気で話しているが、回りからは女子とチャラチャラしているようにしか見えない。

 イケメンを気取った三枚目キャラとして、中西は笑いをとっており、女子にもそこそこ人気があった。もちろん、人気があるといっても、あくまでも友達になりたいNo.1であり、彼氏にしたいわけではない。


「昔からあんな感じなの? 」

「何が? 」

「中西さん」


 二浪しているからか、男子には付けで呼ばれている。そんなところも、中西の勘違いを増長させているのかもしれない。


「全然。……昔は地味ないじめられっ子タイプ」


 中西のことならば、亜美は口を開くらしく、いつもはぶっきらぼうで必要最小限の会話しかしないのに、若干会話になった気がする。


「同郷なんだよね? 家が近かったりするの? 」

「隣り」

「隣り?! じゃあ、兄妹みたいなもんだね」

「兄妹ではない」


 前髪で隠れたあの視界で、どれだけ本が読めているのかわからないが、亜美は顔を一ミリも動かすことなく、淡々と答える。


 亜美は本を読みつつ、中西の動向を伺い、雑音のように入る流星の会話に返事をしていた。


「いや、まあ、兄妹ではないだろうけど、兄妹みたいな付き合いってことで、ちょっと妬けちゃうな」

「……」


 流星の主観が入ると、もう返事をしてもらえなくなる。


「お泊まり……とかは普通だったりする? その……男女の関係じゃなくて」

「……」


 この質問は意味が分からず返答しなかった。

 亜美はパタンと本を閉じる。


「先生きた」


 今度は前を向いて動かなくなる。

 授業が始まるから話しかけるなというオーラをバシバシ感じた。

 それからは、小さな声で話しかけてみたがガン無視され、しょうがなく流星は中西の観察を始めた。


       ★

 見れば見るほど、中西の薄っぺらさが際立ち、女子達にいいようにあしらわれているなというのがわかる。

 中西は男友達はいないのか、常に数人の女子とからんでおり、ひたすら口説いている。エロい話しとかもしているのに、女子に嫌われていないのは、中西と女子との間に距離感があるせいかもしれない。決して女子のパーソナルスペースは侵さず、触れることもない。

 これがベタベタ触ったりしたら、いきなり女子達の批判の対象になるだろう。女子達も中西のことは眼中にないため、ボディタッチは皆無だ。


 実際は高校まで女子ともまともに会話したことなく、どちらかというとキモい奴扱いを受けていたため、「自分は変わった! モテるんだ!! 」と勘違いするようになってからも、ヘタレな中西は女子に気軽に触れることなどできずにいた。


 たま~に、度の過ぎた勘違いから、麻衣子に迫ることもあったが、それは前カノ(中西の中だけの事実であり……ただの妄想であったが)だという気安さからだ。


「中西さん、ちょっといいっすか? 」


 流星が中西に声をかけると、中西の回りの女子がザワつき、この二人って知り合いだったの? と色めき立つ。

 害のないただの面白人間だった中西が、流星と仲良くなる足がかりになるかもしれないからだ。


「何だい? 」


 中西は、流星が亜美と甘味を食べに行ったのを見ていたし、よく亜美に話しかけているのも目撃している。

 顔は自分並み(?)に良い流星が、何で亜美に執着しているのかわからずに、ただ亜美と流星が付き合うなんてことになると、非常~に困るとは思っていた。

 もはや亜美に対する感情は、異性というより家族で、しかも兄妹ではなく母子。年上のくせに亜美に依存しまくりの中西だった。


「ここじゃちょっと……」

「ああ、いいとも。俺に相談があるんだな。人生の先輩として、何でも聞こうじゃないか」


 大袈裟な口調は、まさに中西節炸裂で、回りの女子達は美少年キャラの流星が、中西に相談事があるらしいとざわつき、中西の株が急上昇する。

 中西は、流星の肩を抱くと食堂へ向かい、どーんと何でも頼んでくれ! と、券売機に千円札を入れた。


 どーんと……と言っても、一番高い定食で五百円。コーヒーなどは五十円だ。


「じゃあ……、ゴチになります」


 お昼はすでにすんだ時間のため、流星はコーヒーのボタンを選び、中西はクリームソーダ百五十円を選んだ。


「で、相談って何だい? 」


 格好つけて足を高く組み座るが、ふんぞり返った目の前にはクリームソーダが可愛らしく置かれている。


「相談って言うか……、ずばり聞いていいですか? ……亜美ちゃんとは、どういった関係なんでしょう?! 」

「亜美? お……幼馴染みだな、うん」


 流星の勢いに、中西は後ろにひっくり返りそうになる。


「それ以上の感情はないですね?! 」


 中西は椅子を引き、流星との距離を十分にとる。


「どうやったら、亜美に特別な感情をもてるんだ? チビで凹凸なくて女らしさなんか微塵もない。異常な馬鹿力で、男顔負けの腕っぷしだ」

「小さくて可愛いじゃないですか」


 小さくて可愛い?


 そんな目線で見たことはなかった。

 ただ、いなくなると、物凄く困る! 生き死にに直結するくらい、亜美の存在は偉大だった。


「眼科に行ったらどうだい? 」

「必要ありません。視力1.5ですから」

「乱視が入ってるとか? 」

「ありません! 中西さんは、亜美ちゃんを女子として意識したことはないんですね?! 」

「ないないない! 」


 中西はゲラゲラ笑い、流星は微妙にムッとした表情を浮かべる。


「じゃあ、僕が亜美ちゃんと付き合うことになっても、問題はないですよね」

「問題なんかな……」


 ないと言いかけて、中西の言葉が止まる。

 なぜか言葉が続かない。


「問題ないんですよね?! 」


 流星に詰め寄られ、中西は思わず流星の頬にブチュッとキスをする。


「な……な……何するんです! 」

「いや、何となく……? 」


 流星はおぞましい物を見るように中西を睨みつけると、ガタガタと椅子から立ち上がる。


「とにかく、そういうことですから! 」


 走り去る流星の背中を見ながら、中西は渇いた笑いを浮かべてつぶやく。


「やべえ、男と初キッスしちまったぜ」


 なんてことはない、意味不明な行動をとってしまうほど、中西は人生史上最高にテンパっていた。

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