第156話 番外編だよ中西君

 年末、乗車率200%の新幹線で帰郷した中西は、やることもなく実家でボケッとしていた。


 麻衣子の実家にまでついてくる慧を見て、さすがに麻衣子とのことは過去(思い込みである)のことと、諦めもついてきていた。麻衣子の母親が厳しいことは知っていたし、その母親公認となると、自分の入る術なんかないと、悟らずにはいられない。


 そんなこんなで、正月から無気力で、怠惰な中西は、家族からも疎まれ、自分の部屋以外に居場所もなく、ただただベッドに転がる以外にやることはなかった。


「和兄、あけましておめでとう」


 毎回のことであるが、亜美が窓から入ってくる。

 隣り合う幼馴染みの鉄則ではないが、部屋は向かい合っており、ベランダからベランダは小学生でも飛び移れるくらいの距離だ。

 ちなみに、なぜか梯子がベランダには固定されており、より安全に移動できるようになっていた。


 中西が亜美の部屋に行くことはとんとなくなったが、亜美は思春期関係なく中西の部屋を訪れ、中西の部屋の片付けは母親ではなく亜美に任されているくらいだ。なので、中西が窓に鍵をかけることはなく、それは中西がいない間も同様だった。


「おう……」


 覇気のない声に、亜美は眉をしかめる(見えないが)も、ベッドの端に腰をかける。


「初詣……行く」

「やだよ、混んでるから」

「行く! 」


 亜美に腕を引っ張られ、中西はベッドから転がり落ちるように引きずり出された。


「わーったから、引っ張るな。今準備するし」


 ジャージを脱ごうとした中西は、ピタリとその手を止める。


「おまえ、下で待ってろよ」


 トランクス姿を見られるくらいなら、そんなに抵抗はないのだが、今日のトランクスはちょっと……。


 亜美はジャージを引っ張って脱がせようとする。


「うるさい、急げ! 」

「止めろって、パンツまで下がるだろ」


 ずり落ちたジャージの下から、以前亜美が買ってくれた魔女っ子アニメのキャラクターが顔を出す。


「ああ、わかったから、もういい」


 中西は諦めてジャージを脱ぎ、ジーンズに履き替える。

 もちろん、好んで履いていた訳ではなく、たまたま適当に取ったトランクスがこれだっただけだ。


 亜美は、そこまで気に入ってくれたのかと、次も同じ物を買おうと決意する。


 中西はしっかりと防寒をすると、亜美と揃って近所の神社へ向かった。

 初詣といえばいつもこの神社で、小さいなりに屋台も出ていて、近所の人達はだいたいここへくる。


「中西じゃね? 」


 背後から低い声で呼ばれ、中西は振り返ってゲッ! と聞こえないくらいの声でつぶやく。

 そこにいたのは、小学生時代のいじめっ子で、もちろん中西もいじめられていた。名前は確か……大輔だいすけ。名字は忘れてしまっていた。



「なんだよ、おまえ。東京の大学に行って、ずいぶんあか抜けたじゃねえか」 

「ああ、どうも……」


 つい昔のイメージで、ペコペコと頭を下げる。


「なあ、東京のいい女とか紹介しろよ。友達とかでいねえかよ」

「いや、そりゃ……。でも東京だし」


 大輔は中西の首根っこに腕を回し、馴れ馴れしく冗談でブローを入れようとした時、その後ろで大輔に怒りのオーラを発している(何度も言うが前髪で目は隠れて見えないが)亜美と視線があった(気がした)。


「樫井……? 」


 大輔の手がピタリと止まり、慌てて中西から離れると、わざとらしく洋服の埃を払うように中西の肩を叩いた。


 学年も違うはずの亜美を知っているのは、もちろん亜美が中西を虐めた子らに報復していたからで、身長体重性別すら超越して、亜美はいじめっ子達にとって脅威的な存在であった。


「和兄を虐めたら許さない! 」

「虐めてない! 虐めてない! ほら、仲良く話しているだけだから」


 ことのほか中西とのフレンドリーさをアピールするように、大輔は中西の腕を組む。


「うちが屋台だしてっから、焼きそばとかおごるぜ。こっちこいよ」


 小学生の時、そばを通るのも心臓が破裂する思いだったいじめっ子に腕を引かれ、焼きそばの大盛りをご馳走になる。


「にしても、中西は洒落っ気がでたけど、樫井は全く変わらねえな」

「背は伸びた…五センチくらい」


 餌付けの効果か、亜美はチマッと中西に寄り添うように座り、亜美の顔が隠れるくらい大盛りの焼きそばを食していた。


「おまえ、顔だせば可愛いんだから、前髪切れば? 」

「大きなお世話。髪のうっとおしさより、人が寄ってくる方がうざいから」

「大丈夫だ! この辺りで、ただ可愛いだけで樫井に言い寄ってくるやつぁいねえから」

「可愛い……? 」


 中西は、そういえば流星も亜美を小さくて可愛いと言っていたことを思い出した。


「これが可愛い? 」


 中西は、大胆に亜美の前髪をかき上げる。

 大輔は、亜美の素顔を見て、思わず顔をデレッとさせた。すっぴんでこれだけのクオリティ、芸能人でもなかなかいないだろう。ただし、中身は樫井亜美であるから、下手に近寄ることは命に関わると判断した大輔は、ニヤけた頬を引き締めた。


「いや、もう、可愛いというレベルじゃねえな。超絶美少女? 芸能界入りした方がいいんじゃねえか? 」

「興味ない」


 亜美のベクトルは常に中西に向いているため、自分の見た目さえも煩わしく、他人にどう見られるかはどうでも良かった。


「……可愛い? うーん、よくわっかんねえなぁ。顔が出てればいいのかなあ? 」

「顔出すか? 」


 亜美が前髪を耳にかけて顔をあらわにしたが、中西的には正直……どちらでもいい。

 しかし、亜美が顔を出した途端、すれ違う男共が、亜美を見てボーッと顔をニヤけさせたり、亜美に見惚れたまま歩いて蹴躓いたり、立ち止まって写メを撮ろうとしたりなど、なぜか回りに男の輪が出来上がりつつあった。その様子を見て、これは客寄せに使えると踏んだ大輔は、もみ手で亜美にすり寄った。


「梶井……いや梶井さん、ちょっとこの中に入って、いらっしゃいませとか言ってもらえませんか? 」

「なぜ? 」

「一時間でいいです。バイト代はずみますから」

「やってみれば? 帰り指定席で帰れるかもよ」


 亜美はフム……と考え、しょうがないと焼きそば屋の屋台の中に入る。


「ちょい待ち! 前髪とめちゃる」


 中西は、亜美の三つ編みをほどくと、器用に亜美の髪の毛を片編み込みにし、耳の下の方でおだんごをつくる。


「おまえ、気持ち悪いくらい器用だな」


 編み込みとかできてしまう中西を少し引き気味に見ながら、大輔は亜美にエプロンを渡した。

 ついでに、屋台の中に台を置き、その上に亜美を立たせる。


「いらっしゃいませー」


 亜美が第一声を発すると、遠巻きに見ていた男達が、ワッと屋台に群がってくる。


「中西、おまえも手伝え!裏で焼きそば作りだ! 」


 結局、一時間で一日分の稼ぎをあげ、材料を使い切って店じまいになった。

 料理などしたことのない中西だったため、早々に焼きそば作りを免除(焦がすだけだったから)され、ひたすらパックに詰める係に徹した。亜美は、お金を受け取り、焼きそばを渡すだけであった。もし、亜美が焼きそばを作る方へまわっていれば、味の面でも行列ができたはずだ。


「おまえ、梶井の髪の毛をあんなに器用に結ったのに、料理の才能ゼロなのな」

「料理はお洒落と関係ないから」

「最近は、料理できる男子もモテると聞くけどな」


 一時間のバイトにより、すっかり昔のイメージを払拭した中西は、もう大輔を怖がることなく、普通に接することができるようになっていた。


「マジか? 料理男子はモテるって」


 中西の目がキラーンと光り、昔からの親友のように大輔の肩を抱いた。


「マジだ……マジ! 大マジ! 」


 大輔からしたら適当に言ったのだが、あまりに中西が食いつくものだから、当たり前じゃないか! と中西の肩を抱き返す。

 昔からの知己のように肩を組む二人を、呆れたように見る亜美は、大輔からもらったバイト代を財布に入れた。

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