番外編 勘違い男中西君

第154話 番外編だよ中西君

「亜美ちゃん、その前髪、見えづらくないの? 」


 梶川流星、亜美の同級生にして美少年系男子が、女子に人気のアヒル口でニッコリ微笑みながら、亜美の前髪に手を伸ばそうとした。

 普通の女子なら、そんな動作にドキッとして、顔を赤らめる場面かもしれないが、相手はあの亜美である。

 素早い動きで流星の手を跳ね上げると、淡々とした調子で甘味を口に運ぶ。

 和菓子の店と聞いてついてきたが、甘味処であんみつやみつ豆、餅や白玉、心太など、亜美の想像していた抹茶に和菓子とは少し違っていたが、これもこれで美味なので良しとした。

 亜美の前には、田舎汁粉とクリーム白玉あんみつ、焙じ茶の和パフェが並んでいた。

 もちろん流星とシェアすることなく、一人で食べるのである。


「亜美ちゃんのそういうつれないところ、凄くいいよね」


 流星は顔は良いし、女の子にもモテまくりだが、彼のポリシーは自分より十センチ以上小さい女の子と付き合うことだった。

 いくら可愛い女の子でも、自分より背が大きい子は論外だったし、同じ目線もアウトだ。

 自称160センチ、実際は157センチの流星にとって、15センチ以上身長差のある亜美は、まさに理想的な恋人であり、多少顔が……でもそれを補って余りあるベスト身長だった。


 といって、亜美も同じように考えている訳でも、流星の甘いマスクにうっとりする訳でもなく、和菓子に釣られなければ用のない相手として、そっけない態度をとり続けていた。


「亜美ちゃんは、四年の徳田先輩の……ファンなの? 」

「ファン……とも違う。なぜ? 」

「よく隠し撮り……いや、写真撮ってるから」


 亜美が写真を撮っているのは正しいが、麻衣子のことが好きだからではない。亜美の好きな男が麻衣子のことを好きだから、研究のために記録として残しているのであり、最近では麻衣子の許可をとり、隠し撮りではなく、真正面から撮りまくっている。


「麻衣子先輩は完璧だから」

「ああ、まあ、スタイルいいし、美人だし、服のセンスも自然でいいよね」


 一年の時のド派手な麻衣子を知らないからこそでる言葉だろう。

 亜美は、初めて流星の前で笑顔(目が見えないから口元だけだが)を作る。亜美にとって、麻衣子はライバルではなく師匠みたいなものだった。彼女のようになれれば、きっと中西の視線は自分に釘付けになるはずだから。


「あんな素敵な女性はいない」

「うん、そうかもね。でも、僕は徳田先輩より亜美ちゃんのがいいけどな」


 誰もがポーッとなる魅惑的な笑顔を浮かべる流星を、亜美は信じられない物を見るように(しつこいようだが、亜美の目は簾のような前髪の中だ)見ると、吐き捨てるように言った。


「眼科へ行きなさい」


 ほとんど表情もわからない、愛想も全くもってない、中西以外の他人を拒絶しまくりの(麻衣子を除く)亜美に好意を抱くなど、よほどの変態としか思えなかった。


「ひどいなあ、信じてくれないの? 」

「胡散臭い」


 一刀両断である。


「やだなあ、亜美ちゃんのそういうとこ好きだよ」


 亜美は完全に無視して、黙々と甘味を完食していく。


「ご馳走様でした」


 おごってくれた流星にではなく、お店の人に対して手を合わせる。


「じゃ」


 まだ食べている流星を放置し、立ち上がって店を出て行こうとする。立っても座ってもあまり高さが変わらないのは、亜美だからであろう。


「亜美ちゃん、ま……待って」


 食べきろうとしている姿は好感が持てるが、足を止めるまでもない。


 会計は流星に任せて、亜美は甘味処を後にする。

 そこに、何故か息を切らせて中西が走ってきた。


「和兄、どうした? 」

「あれ、一人? 」

「私が友達といたことあるか? 」

「いや、まあ、ないこともないような……」


 中西は、辺りをキョロキョロと見渡し、流星の姿を探す。


「和兄、ちょうどいいから買い物付き合って」

「いいけど、何を? 」

「和兄のパンツ」

「ほえ? 」

「洗濯してたら、お尻に穴が開いてた。オナラも大概に」

「オ……ナラなんかしないし! 」


 いい男はオナラなんかしない! と、漫画みたいなことを叫ぶと、前をズンズンと歩いていく。その半歩後ろを歩く亜美の口元は緩んでいた。


 なんとか食べ終わり、会計を済ませた流星は、亜美を探してその遠い後ろ姿を見つけた。亜美の前を歩く中西も発見し、誰も見たことのない表情で中西を睨んだ。

 流星からすれば、中西は中の下、もしくは下の上……、下の中くらいかもしれない。

 顔は今一だし、流星に勝っているのはその背の高さ(男子としては普通)だけ。小さな亜美と並ぶと、高身長に見えるが、ごくごく一般レベルだ。


 亜美を見ている流星だからこそ、……いや誰が見ても、亜美が中西にベタ惚れなのは丸わかりで、他人からしたら、超勘違い男と表情もわからない不思議系女子の恋愛なんて、正~直、どうでもいい話しなんだが、流星の中で歯ぎしりするような感情が生まれる。


「あんな男……」


 とにかく、まず相手を知らないといけない。

 100%流星が勝てる自信はあるが、中西をリサーチすることにする。


 流星は走って二人の後を追いかけた。


       ★

「亜美さん……まさかそれを選ぶ?」


 恐る恐る中西が、亜美の手に取ったパンツを指差した。

 魔法少女が杖を振りかざしてる絵がバックプリントに入ったトランクスを握りしめた亜美は、色違いの物にも手を伸ばした。


「トランクスはス~ス~するから苦手なんだよなあ」


 中西は黒地に赤のストライプのボクサーパンツを手に取る


「これなんか……」


 亜美は無言でスルーすると、色違いの二枚を手に、会計へ向かってしまう。

 このアニメのキャラ、実は中西が好きなのを亜美は知っていた。DVDを毎晩見ているのを、薄い壁越しに聞いていたからだ。


 が! 


 本当の所は、DVDでアニメを流しそれを見ているのではなく、実はノートパソコンでAVを見ていたのだ。DVDは音消しのために流していただけで、内容も何も頭に入っていなかった。


 なので、中西にしてみれば亜美があのトランクスを選んだのは嫌がらせ以外の何物でもなく、亜美にしてみれば、毎晩見るくらい好きなアニメキャラを選んであげる……という、好意以外の何物でもなかった。


 その様子を柱の影で見ていた流星は、あのアニメが好きなのか?! と、親近感を覚える。女姉妹に挟まれて育った流星は、魔法少女アニメの大ファンだった。

 そして、キャラの入った洋服や小物を持ち歩くことはできないが、トランクスならいけるのか! と、目から鱗が落ちる思いだった。

 そして、そのトランクスをチョイスできる亜美を、さすが自分が目をつけた女だと感心する。


「和兄、夕飯は何食べる? 」

「何でもいいぞ」

「それが一番困る」

「じゃあ……カレー? 」

「三日前のこと覚えてないのか? 鳥頭なのか? 」


 本当に好きな人間に対する口調なのか? というくらいきつく、冷たく言い放つ。


「じゃあ……オムライス」

「それは五日前」

「生姜焼きは? 」

「昨日だ! 」


 全て中西が好きな物ばかりなのだが、しっかり押さえている辺り、さすが亜美である。


「もういい! 麻婆茄子にしてやる」

「それは止めて~」


 仲よさげに見える二人の会話に歯噛みしつつ、いくら同郷といえど、ご飯まで作らせているとはどういうことだ! と流星は憤慨する。

 和兄と呼んでいるが、二人に血縁関係がないことは、リサーチしていた。亜美は中西に入れ込んでいるようだが、中西は亜美のことは異性とすら意識していないような感じで、むしろ何か怯えているようにも見えた。何より、中西が片想いしているのは徳田麻衣子で、亜美のことは眼中にないはず。


「それなのに料理作らせるとか、マジ何様だよ! 」


 結局、二人の買い物をリサーチと称してストーキングした流星は、二人の住むアパートまできてしまう。


 ごく自然な様子でアパートに入る二人を見つめ、亜美が帰るのを部屋の電気を見上げながら待った。


 一時間が過ぎ、二時間が過ぎ……。


 街灯が灯り、辺りが真っ暗になったが、亜美の姿はアパートの入口に現れない。

 流星は、亜美の部屋が中西と隣りであることを知らなかった。


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