第58話 慧の誕生日3 ~慧の浮気

「どうぞ、入って」


 清華に指定されたのは、駅からすぐにある分譲マンションだった。

 3DKの部屋は、荷物は少なめですっきりしていた。


「買ったの?」

「夫がね。会社の方針で、単身赴任を推奨してるのと、持ち家があると転勤が少なくなるらしくて」

「そうなんだ」

「月の半分以上は出張だから、転勤と何が違うんだって感じだけどね」


 慧は部屋の中に通されると、清華はごく自然に慧の上着を脱がせ、唇を寄せてきた。


 痩せ過ぎの麻衣子と違い、女性らしい肉付きの清華は、抱きしめるとほどよい弾力がある。

 慧は、貪るように清華の唇を吸った。清華も答えるように口を動かし、舌を絡める。


「慧君の味がする」


 清華は、少し垂れた目尻をより下げて笑った。

 綺麗ではないが、愛嬌のある可愛らしい顔つきをしており、年齢よりもずっと若く見える。

 会えなかった二年半の年月はどこにあるんだろうというくらい、何もかも変わっていなかった。


 ふくよかな胸も、張りのある尻も、誘うようなそのイヤらしい身体つきは、一ミリの増減もなさそうだ。


「なんか、少しだけ引き締まった? 運動でもしてるの? 」


 慧の身体を指でなぞりながら、清華は慧のズボンのボタンを外し、ファスナーを下ろした。

 部屋に入り、会話もあまりないままお互いを求め合う。

 二年半のブランクがあっても、それは変わらないらしい。


 すっかり元気にさせられた慧は、今度は清華をソファーに押し倒した。

 スカートの下には下着をつけておらず、胸もノーブラだった。

 久しぶりに味わう清華の味は、サラッとした麻衣子のものと違い、溢れ出る蜜のようだ。

 のけぞる肉感的な身体も、艶っぽい声も、全てが慧がのめり込んだ二年半前のものと変わらない。


「やっぱり、私達、身体の相性がいいよね」


 清華は、旦那とはイッたことがないと昔言っていたが、それは今でも同じなのだろうか?


「そう……かもね」


 清華は、脱ぎ捨てられたワンピースを着ると、キッチンへ向かった。

 コーヒーを二人分いれて戻ってくる。


「慧君ってさ、B型だったよね?」

「そうだけど、何で? 」

「別に……何となく気になっただけ。うちの夫もB型なの。失敗しても大丈夫だなって。フフ……」


 なんか、笑えない冗談を言われた気がした。


「二回目、いっとく?次はベッドに行きましょ。」


 コーヒーを一口飲むと、清華は待ちきれないように慧の腕を引っ張って寝室へ連れ込む。


 さっきはお互いに無我夢中で求め合ったが、二回目となると冷静さを取り戻していた。


「ゴムいらないわ」

「何で?」

「子供、できにくい体質みたい。夫と六年子供できないのよ。基礎体温もはかってるし、今は安全日だから大丈夫。なんなら、中で出してもいいくらいよ」

「それは無理……」


 慧はごそごそと自分でコンドームをつけた。

 さすがに、生でするのは気が引ける。Hしてる時点で真っ黒なんだが、生でするのは完全に麻衣子を裏切っているような気がしたのだ。


 どんな理論なのかわからないが、一般的には完璧アウトな行為であるはずなんだが、慧の中ではセーフにカウントされていた。


 外が薄暗くなってきて、慧は初めてヤバい! ということに気がついた。旦那が帰ってくるとかそういう心配ではなく、麻衣子が帰ってきてるはずだ。

 昼のラインで、バイトは休むと言っていたし、大学は五時には終わるはずで、家にはとっくについている?


「ヤバ! 今何時? 」

「六時前かな」

「帰らなきゃ」


 シャワーなどを浴びる時間もなく、慧は慌てて洋服を着る。


「何で?今日、夫は出張だし、泊まって行けばいいのに」

「彼女が帰ってきてるんだ」

「彼女? 」


 清華の眉間がわずかに寄る。


「慧君、彼女できたの? 」

「ああ、大学の同級生。じゃ、帰るから」

「待って! せっかく久しぶりに会ったんだから、彼女には適当に言えばいいじゃない」


 清華は慧の腕を掴んだ。


「そうもいかないだろ。バイト休ませてるし。一緒に住んでるから、泊まりはないな」


 清華の表情は険しくなり、慧のことをジッと見つめる。しかし、すぐに笑顔になると、掴んでいた慧の腕を離した。


「いいわ。今日は帰してあげる。でも、また会いましょうね? 」

「ああ、またくる」


 慧は財布とスマホをズボンにねじ込むと、清華をかえりみることなく部屋を飛び出した。


 マンションを出てスマホを見ると、着信が三件、ラインとメールが入っていた。


 怒っているというより、心配気な麻衣子の様子に、初めて罪悪感のようなものに襲われる。

 正式に付き合う前に、一度セフレとヤるにはヤったが、きちんと付き合ってからは初めての浮気であった。

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