第57話 慧の誕生日 2 ~久しぶりの電話

 二時間ほど歩き回って、慧の誕生日プレゼントに選んだのはペンダントだった。

 かなり手痛い出費だったが、いたしかたない。

 今、麻衣子の首で揺れているペンダントと同じブランドの物で、シンプルなプレートのトップも似ていた。

 麻衣子が貰ったものよりも一回り大きく、ペアのように見えなくもない。


 慧のことだから、面倒くさがってつけないかもしれないなと思った。

 シルバーアクセだから、お風呂の度に取り外ししないといけないし、外したら外しっぱなしになる可能性大だろう。

 それでもこれを選んだのは、麻衣子の憧れでもあったからだ。


 彼氏とのペアアクセ!


 慧にペアのアクセサリーを買おうと言っても、拒否られる気しかしない。ならば、お揃いっぽく見える物をプレゼントすればいいと思ったわけだ。


 麻衣子は、会計が終わった時点で、慧にラインをうった。


 麻衣子:今、家?


 既読はすぐにつき、五分後短い返信がきた。


 慧:家

 麻衣子:今日、バイト替わってもらえたから、夕飯食べに行けるよ。


 既読スルーされたが、夕飯に行けることは伝えられたのだから、これから出かけることはないだろう。


 大学に戻って残りの講義に出た後、麻衣子はプレゼントを鞄に忍ばせて、マンションへと直行した。

 部屋の鍵はかかっており、開けたら部屋の電気は消えていた。


「出かけたの?」


 トイレにもお風呂にもいない。

 ワンルームだから、探す場所もなく麻衣子は慧のスマホに電話をかけた。



 同じ日の昼過ぎ、慧は家でボーッとしているのにも飽きて、財布とスマホをズボンのポケットに入れてマンションを出た。


 まあ、誕生日なんかどうだっていいし、あいつが俺の誕生日を知らないとしても、全然OKなんだけどな。


 強がりというか、自分で自分に言い訳をしているようで、慧は一人ムスッとして歩く。

 そんな時、慧のスマホが鳴った。

 見ると、知らない電話番号。

 ということは、間違い電話か、昔のセフレということになる。


 知らない番号には出ない……、麻衣子とそう約束していた気もしたが、慧は通話をスライドした。


『はい? 』

『慧君、久しぶりね』


 落ち着いたこの声、忘れるはずがない。

 慧の心臓がドクンと鳴った。


清華さやか? 』

『ウフ、覚えていてくれた? 』


 フワリとほどけるように笑う笑顔が見える気がした。

 木梨清華きなしさやか、中学高校時代のセフレの一人……いや、彼女は他のセフレとは全然違う存在だった。なにせ、慧の初めての相手だから。

 のめり込み、毎日彼女の家に通ったものだ。

 初恋だったのかもしれない。

 七つ年上の既婚女性。

 旦那は出張が多く、寂しいと言っては慧の腕に抱かれていた。たぶん、彼女にとったら、慧はあまり会えない旦那の代わりだったのだろう。


『……どうして? 』

『今日、慧君の誕生日だなって、思い出したら、電話したくなって。ダメだった? 』

『いや、別に……』


 それから、他愛ない会話をした。慧は大学生になり、東京に一人住まい( 正確には同棲だが )し始めたことを告げ、清華はいまだ旦那と二人で、旦那の出張が多いと愚痴った。


 二人が会わなくなったのは、清華の旦那の転勤が原因で、慧が高二の夏に北海道へ行ったからであるが、今は再度の転勤で東京に越してきたらしい。


『また会えるね』


 何かを期待しているような、期待させるような含み笑いに、慧の身体がカッと熱くなる。


『そうだな』


 会えないとは言えなかった。

 清華の滑らかな肌、少し高めの体温、フワッと香るフローラル系のシャンプーの香り……、全てがつい最近のことのように思い出された。


『今、会えるかな? 』

『今?? 』

『うん、今会いたい。会いたくなっちゃった』

『……どこで? 』


 清華が指定したのは、慧のマンションから五つ先の駅だった。

 どうやら、予想外に近場にいるらしい。


『わかった。今から行く』


 通話を切ると、慧は足早に駅に向かった。

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