セカンドシーズン
第一章
第56話 慧の誕生日 1
「今日、飯食いに行くぞ」
「なんで? 」
「なんでも」
「バイトなんだけど? 」
「ハア? なんでバイトなわけ?」
慧は、不機嫌マックスに麻衣子の上で動きを止めた。
あともう少しだってのに、こいつ意味わかんねえ!
なんだって、今日バイトいれてやがるんだ?
「慧君? 」
もう少しだったのはお互い様で、麻衣子はいきなり動くのを止めてしまった慧を戸惑いながら見上げた。
「バイト休めよ」
「急には無理だよ。」
「あっそ……」
慧は腰を動かし出すと、勝手に一人ではててしまい、ベッドにゴロンと横になった。
いつもなら、そんなに時間をあけずに二回戦に突入するのに、今日は麻衣子に背中を向けたまま触ってもこない。
そのまま大学へ行く時間になってしまい、しょうがなく麻衣子は一人でシャワーを浴びた。
「慧君、支度しないの? 」
シャワーも、当たり前のように一緒に浴びていたのに、今日の慧はベッドにふて寝したままだ。
気分でも悪いのかな?
化粧をしながら様子を伺うが、特に咳をしてるふうでもないし、触れ合っていた時の体温も高くはなかった。
「慧君ってば! 大学は? 」
「サボる! 」
これは、機嫌が悪いだけか。
麻衣子はため息をつき、鞄を持って立ち上がった。
「そう……。じゃああたしは行くからね」
慧は答えることなく、素っ裸のままベッドに転がっていた。
あれじゃ、本当に風邪ひくな……。
季節はもうすぐ春だというのに、まだまだ冷えていた。
麻衣子は、いきなり慧が不機嫌になった理由を考えながら大学へ向かった。
クリスマスも、バレンタインも、ホワイトデーもすでに過ぎ去っていた。特に何をした訳ではない。
お祝いらしいこともせず、プレゼントを交換することもなかった。
麻衣子は一応クリスマスにはマフラーを、バレンタインにはチョコを手渡していたが。
三月十六日。
ごく普通の一日。まだ去年のこの時期は知り合ってもいないから、二人の記念日という訳でもない。
なんだって、バイトまで休んで食事に行かないといけないんだろう?
大学につきそうになった時、麻衣子のスマホに電話がかかってきた。
『まいちゃん? 久しぶり』
『お久しぶりです。どうしましたか? 』
慧の母親からの着信だった。
『いえね、慧に連絡とっても繋がらないもんだから。どう、二人とも元気にしてる? 春休みはどうするの? 二人で帰ってらっしゃいよ』
『そうですね……、慧君と相談してみます』
『お正月、来てくれると思って、いっぱいお節用意してたのよ。春休みはぜひ来てよ。そうだ、慧におめでとうって伝えておいてね。あのこ、メールしても返信ないし、ラインも見てないみたいだから』
『おめでとう……ですか? 』
もしかして……と、麻衣子の頭に慧の不機嫌の原因が浮かんだ。
『そう、あのこの十九の誕生日だからね。』
やっぱり!
知り合ってもうすぐ一年だが、慧と付き合いだしてから慧の誕生日をしたことがなかった。
あんなに偉そうだし、勉強もできるから、てっきり四月とか五月生まれなのかと思っていた。
まさかの早生まれだったとは。
『伝えておきます』
『よろしくね。じゃあね』
『はい、失礼します』
着信は切れ、麻衣子はスマホのスケジュールに慧の誕生日と打ち込んだ。
そして電話帳をタップし、バイト仲間の綾に電話をかけた。
『はいはーい。どうしたあ?』
『綾ちゃん? 麻衣子だけど、急で悪いんだけど、今日バイト入れないかな? 』
『今日? 大丈夫だけど、風邪でもひいた? 』
『そうじゃなくて、実は今日、彼氏の誕生日だったんだ。』
『あらら、お祝いしないとだね。いいよ、今日バイト入るよ。何時から何時? 』
『ごめん、ありがとう!六時十時だけど、いける? 』
『OK! 』
『ありがとう!今度夕御飯奢る』
次は居酒屋政の電話番号を表示する。
今なら、まだお昼前の仕込みの時間のはず。電話をかけても大丈夫だろう。
電話には大将が出て、バイトを休ませて欲しいこと、かわりに綾がバイトに入ることを伝えると、快諾してもらえた。
「まい、おはよう!」
電話を切った時、後ろから抱きつかれて振り返ると、美香が防寒バッチリの姿で立っていた。
この時期、昼間は暖かくなることもあるが、朝晩はかなり冷える。これだけ冬装備ということは、今晩は遊びに出かけるのだろう。
「こんなとこで突っ立って何してんの? そういや、旦那は? 」
最近は、当校は一緒にきているし、席も隣りに座っているから、麻衣子と慧が付き合っていることは同級生には浸透してきていた。
「サボるって」
「あらま! 」
「でね、あたしもちょっと行くとこできちゃって、悪いんだけどノート頼めるかな? 」
「そりゃいいけど、まいがサボるなんて初めてじゃない? どうしたわけ? 」
「慧君が誕生日なの。で、プレゼント買いに行こうかなって」
「誕生日? 今日? 」
「そうみたい。あたしも、ついさっき知ったから、何の用意もしてなくて……。あたしが知らなかったから、慧君どうも拗ねちゃったみたいなんだよね。」
「それでサボり? ガキかって。それにしても、早生まれには全く見えないね」
「だね。じゃ、お願いね」
麻衣子は大学に入ることなく、駅に引き返した。
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